第5話 犯人判明!一人でも多くのものが幸せになるために
今まで警察官に拘束されていた獣人は私たちの向かいのソファーに座っている。その後ろには不機嫌そうな顔の警部が立っている。
「オリバー・フロストです。貴方は?」
「ロベリアだ」
2mを裕に超える身長に筋骨隆々な体。露出した顔や腕、足などからは長く太い丈夫そうな深い紫色の体毛が見える。前に突き出した鼻と口元、きらりと光る犬歯は鋭そうだ。
これだけ顔や身体の見かけは違くても私達と同じようにソファーに腰をかけるシルエットはそう変わらない。
「単刀直入に聞くよ。人間の殺害現場に君と彼女達はいた。他に目撃者はいない。残された手がかりと致命傷になった爪痕から、君の方が犯人である可能性が高いから拘束された。これに関しては何も不思議なことじゃない。だが、僕は彼女達の先程の行動から充分殺害を実行できる力があると思う。だから僕から見ればどちらも怪しいということだ」
人間と獣人の間には圧倒的な力の差がある。今回のような特徴的な傷が致命傷になった場合。爪や牙などの凶器になりゆる身体的特徴を有している獣人が真っ先に疑われることは珍しいことではない。
そうでなければ人間は安全に生きてはいけないだろう。
「貴方は──氏を殺したのですか?」
「いいや。俺は殺していない」
きっぱりとそう言い切った。
「そうですか。ご協力ありがとうございます」
「それだけでいいのか!」
警部は後ろから声を上げる。私も同じ気持ちだ。職業やアリバイやここに来た目的など、聞くべきことはもっとあるのでは。
だが、彼は何かを確信したようで真っ直ぐと犬顔を見つめている。
「余計なことを聞いても、それを確める術が僕にはないからね」
「クラッスラ様。こんなトンチキな者を信用しろと言うのですか!」
「ははは、最高だろう! 警部。心配しなくともこの屋敷を出るときにはそこの名探偵と同じ結論を持つはずだよ。私が保証するとも」
白髪は目を輝かせながらそう言った。そんな二人には構わずに低い声が発せられる。
「俺には分かる。獣人は鼻がいいんだ。たとえ半端者だろうと同族なら分かる」
犬顔はギラリとした目線を彼に向ける。
「そうだろうね。だけど僕の大切な子なんだ。あまり恐がらせないで欲しい」
彼は私の肩に腕を回すと、口元に指を当てる。彼の言葉にピンときていない様子で犬顔は首を傾げると私に初めて目線を向ける。
それから大きな声で笑い出した。
「このまま捕まってもいいと思ったが気が変わった。俺はやってない。それを証明してほしい。そのあかつ──」
「おっと、それは約束できない。僕は君を信じたわけではないよ。だけど冤罪で不幸になる人がいて欲しいとは思わない。一人でも多くのものが幸せになる世界がいいからね。だから次は彼女達の話を聞こう」
「それなら私は警部とここに残って大きな彼を見張っていよう」
「ですが、それだとあのインチキが何をするか」
「大丈夫でしょう。シャルルも連れて同行させれば、彼は無茶な行動は出来ませんよ。それにあちらの部屋には沢山の部下がいるではありませんか」
白髪は私にウィンクを送る。私のことはまたしても爆弾扱いだ。
「分かった。警部よろしくお願いします。それじゃあシャルル行こうか」
「はい」
私達は部屋から出て隣の部屋へ向かった。
♦︎
部屋の中には三人で身を寄せ合う彼女達がいた。地べたに座り込んで身を固めているようだ。私達を余程警戒しているようで警察官も彼女達もこちらへ目を光らせている。
隣の部屋であれだけの騒ぎを起こしたのだから警戒されるのも仕方がないだろう。彼は彼女達と少し距離をとりつつ、しゃがみ込んで目線を落とす。
「先程は恐がらせてしまって申し訳ない。もうあんな強引なことはしない。話を聞いてほしいんだ」
返事は返ってこない。代わりに二人の少女からのキツイ視線が刺さる。彼は「うーん。困ったなぁ」と頭を抱えている。
「僕は何も君たちを陥れる為にあんなことをしたんじゃないんだ。難しい話だけど、よく聞いてくれればわかってもらえると思うんだ」
いくら優しい言葉を投げようが彼女達の心に入り込むことは出来そうになかった。硬くした身体はそのまま心の防壁を表している。
彼からおいでと呼ばれたので、私はすぐに彼に駆け寄る。それから彼は彼女達に聞き流すだけでいいからという前置きをした。
「ところで、主人が亡くなってしまった今。君たちの身柄はこの後どこに行くのか知っているかい? 運良く一つの施設に三人の枠が空いてれば良いが、君たちは別々の場所に行くことになる確率が高い。良い施設に行ければ良いがもし悪い取引きをしている施設に行ったのならネコミミは間違いなくまた売られることになる」
少女達から鋭い眼光は無くなっており、代わりに大きなメイドの顔が上がった。
「これは君たちが殺していなかった場合の話だ。もし、君たちが犯人だった場合はこれから警察に連行されるだろう。そこで聴取を受ける。そのあとはこの家にある君たちの奴隷証書に則って処遇が決まる」
彼女たちの視線はキツくなる。彼女達からすれば自分達は犯行を行なっていないので気分が悪い話である。仕えてた主人への冒涜とも取れる言葉を吐かれているのだ。当然の反応であろう。
彼はそんな彼女達の視線を受け止めるように顔を順番に見る。
「いいかい。これはたとえ話だ。何でもいいけど、このペンが僕の事を刺したとしよう。このことに腹を立てた僕がペンのせいで怪我をしたと訴えてもペンが罪を背負い償うわけじゃない。持ち主の自己責任になるか。これを作った人の責任になるか」
ピンとこない。
「それともう一つ。持ち主と物を繋ぐものは記名された名前だけだ。名前がない持ち主の所有権を主張するのは難しい。また、名前を書き直されたものを見つけることも至難の技さ。記名一つで物の自由意思を奪えるからこそ、しっかりと自分の物は持っておかないといけない」
彼は私の手をぎゅっと握る。時折私に柔らかな目線を寄こしながら、真剣な眼差しで一つ一つ丁寧に言葉を紡ぐ。その様子に最初は警戒していた彼女たちも今では一字一句を聞き逃さなぬように聞き入っていた。
「そこの君! 何も危険なことはしないから、今すぐ私たちの後ろへ行ってくれ。これは僕らのプライバシーに関わることだ!」
一人の警官は強い口調に蹴落とされたのか、口答えもせずに彼に従った。
それから彼は私に耳元で「力を貸してほしい」と囁いた。私は彼の顔を見て頷く。
すると彼は来ていたコートを私に被せ、それと一緒にキャスケットを持ち上げる。
私の頭の上の耳がコートの裏で露出する。
久しぶりに感じる外の空気に少しくすぐったさを覚える。彼女達は目を丸くさせて私のことを見ているようだ。
すぐにキャスケットを直して、彼はコートを床に置く。
「よし、これから言うことにそれぞれがよく考えて慎重に答えてほしい」
三人は互いの顔を見合わせる。
「君は──氏を殺したかい?」
「はい」
大きなメイドは確かにそう答えた。
「自供したぞ!」
警察官が声を上げた。
「まだですよ!」
彼は後ろを向くと警官に向かって言葉を投げる。
「君らは──氏を殺したかい?」
「「……はい」」
両隣の少女達を指差しながらの質問であった。
「まさか、三人が共犯だったとは。これで三本爪にも理由がつく。君らのぴったりな連携であれば同時にナイフを突き立てることも容易だろう」
「自供したとは本当か!」
警部の大きな声と共に扉は開け放たれた。
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