第4話 炸裂!渾身のフォークカップ
「うーん。良い香りだ。それに素敵なカップだ」
私たちは何事もなく部屋へ帰って来た。部屋には変わらず緊張が走っているが、紅茶に舌鼓を打っている白髪だけがえらく気楽げだ。
カップの持ち手に施された意匠を気に入ったらしくペタペタと執拗に触っている。まさか無断で持って帰る気ではないだろうか。
「シャルル。君も飲むといい。乱れた心が落ち着くはずだ。さぁ皆も」
なぜこの人は出された紅茶をいの一番に口へ運ぶことができるのだろうか。毒が入れられていることは考えないのだろうか。
それに私の心が乱されたのは貴方のせいだし、警官からもメイドからも良く思われていないのは私たちである。
そのまま獣人を連行して終わるはずが突然の来訪者によって長引いているのは事実だ。だが、引くほど穏やかに笑う白髪に促されて私も紅茶を一口すする。
ふっと肩の力が抜けたような気がする。鼻に吹き込んだ香りと口にした液体は胃袋ではない体の別の場所に向かうようで。そんな私の気持ちを見透かすように白髪は満足げな顔をしてカップを自身に運ぶ。
交代で紅茶を飲みに来る警官も、向かいのメイドたちの視線も幾分か柔らかくなった気がする。部屋全体の空気が紅茶のお陰で和んだだけに一人だけ拘束されている人がより目立つ。
「選ぶなんて大層なこと出来なくて当たり前さ。今は少し気になる程度の心の揺れに素直になるべきだ。あいつは過保護すぎるが、君に伝えたいことは私とそう変わらないはずだ」
白髪が私にポツリと言葉を吐いた頃。部屋の扉が再び開いた。
「シャルル!」
名前を呼ばれた。私の肩は跳ねる。カップの海が波打つ。
隣からはズルズルとわざとらしく啜る音が聞こえる。「まぁ、落ち着きたまえ」とでも言いたいのだろう。彼は私から目線を外し、部屋全体を見渡す。
「はぁー。現場から直行した場所がまさかお茶会だとはな。失礼した」
「分かればいいとも。君も一度座って飲むといい。警部もよろしければどうぞ」
彼は体を小さくさせながらソファーの真ん中に腰を下ろす。白髪は今日一番の笑みを浮かべているように見える。彼が気の毒でしかない。
「シャルル。嬉しそうだね」
「え」
私は彼の事を見上げる。私はもしかすると笑っていたのかもしれない。不憫なご主人様の事を笑ってしまったのだ。恥ずかしくて顔の辺りが熱くなる。
「笑ってる顔が一番だよ」
彼は涼やかな顔で笑った。
♦
「さぁ、お茶会はこの辺でお開きにして。僕の話を聞いてもらおうか」
彼は注目を集める。
「まず、この事件はアイロフィサーピーによる殺人ではないことは主張したい。やはり奴が一族の誇りであるミミを憎き相手に付けるとは考えられない。それと彼の拘束をそろそろ解いてもらおうか。私は彼を犯人と断定するほどの情報はここにはないと思う」
「それ相応の理由がなければ名探偵様の指示には従えないな」
「ああ。今から見せるとも」
彼はメイドの三人に目線を移す。三人は不審げに彼の目線に応じている。
「おっと、手が滑った」
妙な緊張感が走る中。白髪が手に持っていたコップを向かいの小さなメイドに投げつけた。滑ったなどではない。明らかに投げた。
私と紅茶を取りにいった少女が名前を呼びながら飛び上がるとカップと少女の前に割り込む。
カップが少女にぶつかる寸前で下に落ちたことを確認した後、私の視界は暗くなった。すぐにぎゅっと体を抱きしめられる感覚が襲ってくる。
「「きゃあ!!!」」
高い二つの声があがった。カップに驚いた二人の少女の声だろうか。
「そ、そんな」
パリンとカップが割れる音とは別に、カランと硬いものが落ちる音とドサリと重いものが落ちる音がした。
「シャルル。怪我はない?」
「え」
視界が開ける。
彼に抱きしめられていたことが分かった。次に視界に入るのは床の上の銀と尻もちを付いている大きなメイドだった。彼はその床に落ちた銀を拾う。
「そうそう。これくらいの大きさのナイフが三本あれば、致命傷になったという爪による傷跡。それに見せかけて傷を付けることは可能だと思うんだ」
「「お姉さま!!!」」
彼の平然とした態度を無視するように二人の少女は駆け寄る。
状況を整理すると、白髪が少女に向かって投げたカップに反応するようにしてメイドは私に飛び掛かった。それを彼が防いだということだろうか。あまりに一瞬の出来事であった。
「大切なものに危険が迫った時に、そのものを守るのではなく、君は攻撃に転じたね。なぜなら片方の少女が守ってくれることは信じているから。まるで、これまでにも似たような状況を経験しているような連携だ。シャルルに矛先が向いたのはなぜか。ポルツィ! お前が余計なことを言ったな」
「誰か、箒を持ってきてはくれないか」
白髪は彼への問いかけには答えずに空気の読めない要求をする。
「貴方が殺したのではありませんか」
「「ちがう!!!」」
おろおろと崩れている女性を庇うように少女たちは前に出た。眼光は鋭く耳は反り返っている。彼と彼女たちの間には臨戦態勢が引かれる。
「ほら、警部。ボサッとしてないで彼女たちを彼から今すぐ離した方がいいのでは」
面を食らっていた警部が部下たちに指示を下す。彼女たちは別の部屋に連れていかれた。
「私のフォークボールの腕前はどうだった?」
「その嘘は通用しないぞペテン師。どうせカップにテグスでもつけておいたんだろう」
彼は投球の動作をする白髪に目を向けることなく、少女の寸前で下に落ちたカップの仕掛けについて言及する。
「ふふ、ノーコメントだ。──これからどうするんだ。容疑者達を分断できたわけだが」
「それはもちろん。話を聞くさ」
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