第3話 募る罪悪感!囁きはお茶を淹れるだけだから

 彼は警察官の機嫌を取り持った白髪のわざとらしいウィンクを一瞥するも、見なかったことにした。



「では、現場を見せてもらおうか。何か君たちが見落としていることに気がつくかもしれない」



 それでも不服そうな警官からは舌打ちが聞こえたが、「ついて来てくれ」と案内を始める。私も彼について行こうとソファーから立ち上がる。



「シャルルは待ってて。すぐに帰ってくるから」



 彼は片手を広げると私にそう言った。私に血痕などが残った悲惨な現場を見せたくないのだろう。



「私がシャルルについておくとも。君は安心して見てくるといい」



 体の左側が沈んでは揺れる。



「ああ。変なことするなよ」



 バタンと重く大きな扉を閉じた。


彼が待ってろと言うのであれば、私は幾らでも待つ。それが私に許された唯一の行動である。



「さぁ、私たちはできることをやろうか」



 白髪はそう言うと私の肩をポンと叩く。釘を刺されたばかりじゃ。



「このままじっとしているのも退屈だろう。なぁに、難しいことじゃない。私が隙を作るからメイドから話を聞くんだ」


「え」



 私にだけにしか聞こえない声量であった。これから何をするのか。


私は何をすれば良いのか全く分からない。



「そこのレディたち。私は喉が渇いたから何か飲み物を用意してくれないか」



 白髪は向かいのソファーで身を寄せ合う三人のメイドたちに向かって言葉を発した。


三人は突然向けられた言葉に驚きを隠せていない様子だ。真ん中のメイドは両側で身を寄せるメイドたちよりもいくらか年上なのであろう。


彼女は怯える頭たちを二つの掌で宥めると白髪に顔を向ける。



「お言葉ですが、私達はここに拘束されているんです。警官の方々はそれを許してはくれないのでは」


「いいや。私のおねがいを彼らが聞かないはずはない。やってみよう」



 白髪は一人暇そうに扉の前に立っている警官を呼び寄せると用件を伝えた。


困った様子で、上司に意見を仰ぎたいと顔には描いてあったがそれは叶わない願いだ。



「もし、何かあれば……」


「問題などないさ。君の上司はあちらの獣人の方を容疑者だと決めたようだし、私がお願いするのは小さなメイドの方だ。何か行動を起こすようならここに残る二人に責任を取らせればいい」


「勝手に何を言って!」



 白髪の横暴な意見に真ん中のメイドは立ち上がって声を上げる。



「君はそこに座ってれば何も恐れる事は起きないさ。君の可愛い後輩がお茶を持ってくる。ただそれだけだ」



 メイドは白髪の言葉をグッと飲み込んでソファーに座り直すと不安げに見上げる二人の少女に訳を説明する。


やがて隣に座っていた少女の一人が立ち上がった。



「──私が、行って、まいります」



 少女は頭の上の耳を寝かせるとぎこちなくそう言った。


 私はすたすたと歩いていく少女の背中を見守っていると、白髪から背中を叩かれた。



「さぁ君の出番だ、シャルル。ついて行ってくれたまえ」



 真っ直ぐな目線で体を貫かれているみたいだ。



「飲み物を取りにいくだけだ。あいつが帰ってくる前に戻ってこられるだろう。それに君は現場について行こうとしただろう。何か自分も力になりたいと思ったのではないかな」


「そんなこと」



 私は彼の力になりたいだなんて少しも思っていなかった。彼についていく。私は彼のものだから。


当たり前の思考の後、当たり前の行動をしただけだった。なのに、白髪にそう言われると何だか彼の力になりたいのだと思えてくる。私は胸の辺りのモヤモヤを鎮めるように服を握る。



「出て行ってしまうよ」


「ま、待って!」



 私は立ち上がり少女の元へ駆け出した。呼び止められた少女はもちろん戸惑っていた。それ以上に私は戸惑っている。



「話が違うではありませんか。あの子一人に行かせるのではなかったのですか!」


「いや、一人になった隙に何かされては困るからね。それにシャルルは子供だ。何も危害は加えられないさ。だが、無事に帰ってこないとこの屋敷がどうなるか。それこそ新たな事件が発生することになる」



 白髪はメイドの主張を横暴な態度と冷たい言葉で説き伏せた後「まぁ、その場合この世から去ることになるのは私か」とおどけて見せた。


私のことは爆弾扱いか。


目の前の少女にその意味が伝わったかは分からないが、大きなメイドに顔を向けている。



「わかりました。行ってきなさい」



 少女はお辞儀をすると、ドアノブを捻って扉を開ける。



「シャルル。頼んだよ」



 私は頷き、部屋から出た。





 ♦︎


「こちらへ、お入りください」



 少女に案内された部屋はキッチンであった。鏡面のように磨かれたシンクにズラリと並ぶ大きな食器棚。


ズラリと並ぶ調理器具の数々。どこに何があるのかさえ、覚えるのがやっとであろう。


 少女はレールが引かれているみたいに目的のものへと突き進んでいく。



「すごい」



 少女は私がひとりでに呟いた声を確認するように振り返ると「あまり、うろちょろとしないでください」と静かに言い放つ。


彼女の耳は横に倒れている。私は手際よく戸棚からカップとポットを取り出す彼女の様子をじっとみているだけである。


 白髪は私に何をさせたくて、着いて行かせたのだろうか。私という爆弾を放り込むことで彼がどんな反応を見せるのか楽しんでいるだけなのか。それとも何かを私に期待しているのか。


 やかんを火にかけている少女は常にスカートのソリット部分に右手を置いている。


頭には耳。自分と同じネコミミだ。


おそらく彼女も私と同じように買われてここにやって来たのだろう。



「ここに来て、もう長いのですか?」



 少女は怪訝そうな顔をこちらへ向ける。



「無駄ですよ お姉さまから余計なことは言うなと言われてます」


「そんなわけでは。わ──ぼくも早く戻らないと怒られちゃうから。今も部屋を勝手に飛び出した罪悪感が……」


「ざいあくかん?」


「え、うん。恐い、ってこと」



 彼女は私のことをじっと見る。そんなに変な格好だろうか。彼女は私の頭の上からつま先までをしっかり観察する。



「私も同じ気持ち。お姉さまと一緒じゃないから恐い」


「そ、そう。なら、早く帰ろう」



 彼女は部屋の奥の棚を指差して「あそこから丸い缶を出して」と言った。心なしか彼女の耳は元の位置に戻った気がする。プシューと音を立てるやかんを横目に一歩ずつ棚へと近づく。


出来るだけ彼女から目を離したくなかった。


私に何かあれば大切なお姉さまと片割れに危険があることは分かっていると思うが、もしも彼女たちが犯人であるならば同じ空間に二人きりという状況は居心地が良いとは言えない。


 おそるおそる棚から缶を取り出そうとすると、様々丸い缶があることに気が付いた。どれを選べばいいか分からない。


赤、青、黄色。


新円、楕円、筒。


きょろりと後ろへ振り返ると、彼女はちょうどポットにお湯を注ぎ終わった所で顔を上げた。そして、棚の前で困っている私に首を傾げた。



「手前の青い缶でいいわ」



 私は急いで青の缶を取り出して彼女に手渡しに行く。


 缶の中身は焼き菓子のようで、開けた途端に甘い香りが広がる。



「貴方って不思議ね。お連れの方が偉い人だから、もっとワガママな子だと思ったわ」



 彼女はお皿に焼き菓子を載せながら呟いた。



「何でもいいけれど、お姉さまの邪魔だけはしないでね」



 私が返事を返せずにいると、トレーをもつ彼女に「ほら、はやく」と急かされながらキッチンを後にした。

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