第2話 連続殺人事件発生!?群がる人々は怪しげな
目的の駅に着いたあとは白髪の馬車に乗って森を抜けた。用意周到なもので駅から出るとすぐに白髪の付人が馬車を携えて待っていたのだ。
彼は白髪に向かって「金持ちのすることは良く分からない」と愚痴を溢していたが、小言を気にする様子はなく「君にシャルルを抱えて長距離移動をする甲斐性がないことは知っている」と吠えていた。
結果的には三人仲良く馬車に乗り込んで例の豪邸まで向かった。その豪華な外観に目が行かないほど、門前には人だかりがあった。
私達は馬車から降りて少し遠めから様子を見る。
「おいポルツィ。何なんだこの人たちは」
「知るか。だがよく見てみろ。これはパーティの参加者たちだ」
よく見てみると、二人一組の人達が圧倒的に多かった。それも明らかに身なりも身分も年齢も違く、親子やそれに似た親しい関係にも見えない組みばかりであった。
特別な関係でなければ交わることがない異質な雰囲気を感じるのである。
彼の顔を見ると、眉間に皺を寄せては重力に負けそうな表情をしていた。私は何となくその顔を見ていることが出来ずに体を彼の近くへと寄せた。
私に気がついた彼はそっと私の背中に触れる。
「ここは私に任せてほしい。何があったのか聞いてこよう」
白髪はそう言うと意気揚々と群れに進んでいく。異質な雰囲気の集団に臆することない彼は勇ましいのか、空気が読めないのか。
「こういう仕事はやっぱり好かないよ。しかも、僕が嫌いな人達の巣窟だからね」
彼は初対面の時。自分のことを探偵とは言っていたが、内実は街のなんでも屋だと恥ずかしがっていた。街の人。彼が人間も獣人も分け隔てなく好かれていることは私が挨拶をした時にわかった。
きっと不当な扱われ方の彼、彼女らに心を痛めているのだろう。
「す、少なくとも私は……あなたに助けられ、ました」
こんなこと言うはずじゃなかった。
彼は私の言葉を受けて目を見開いている。
それから彼は膝を折って私と目線を合わせる。
「そうだね。ハオ──シャルルだけは幸せにするさ」
コホン。
わざとらしい咳払いと足音が近づいてくる。
「お取込み中の所悪いが、事態は深刻だ」
「なんだ? 勿体ぶらずに早く教えてくれ」
彼は私のキャスケットの上にぽんと手を置いてから立ち上がった。
「今しがた、この家の主。つまりは今日のパーティの主催者が死体で発見されたらしい」
「それは本当か」
「彼らもこんな嘘をつく必要はないだろう」
「ああ、そうか。それなら早く帰るとしよう」
彼は私のことを促しながら馬車へ足早に向かおうとする。
「どこへ行く気だ?」
「もう用はないだろう。それにまだ犯人が近くにいる可能性もある。シャルルをわざわざ危険に晒すつもりはない」
「ユア。君が犯人を見つけ出すんだ。この事件は君の為にあるようなものだ」
「どういう──」
白髪はそれだけ言うと人だかりの方へ踵を返した。まるで彼が自分の後をついてくるとわかっているようだった。
彼は馬車の方を見た。私を馬車に残すべきか連れていくべきかを思案しているのだろうか。私にはそれを選択できる意思も権利もない。
彼の答えをじっと待つ。彼は下唇を噛みながら拳を握りしめている。しなやかな指は今にも折れてしまいそうだ。
「きっと、シャルルの力が必要になる。そんな気がするんだ。だから一緒に来て欲しい」
彼は肩をふっと下に落とすとそう言った。何か憑き物が取れたような脱力感。様々なことが頭を巡ったのだろう。
私はお辞儀で彼に応えた。
♦
人だかりの奥。門の前には警官が立っていた。白髪は何かを交渉しているようだ。
「もう話はしておいたよ。入れてくれるそうだ」
「はじめまして、オリバー・フロストです」
彼は警官にそう自己紹介をすると手を差し出した。オリバーもフロストも偽名である。今日の彼はいつもより少し背も低く瞳の色も髪型も色も声も違う。私も人間の男の子としてここに来ているが、彼も正体を隠してここに来ている。
「オリバーさん。私は存じ上げておりませんがクラッスラ様の紹介となれば、さぞかし腕が良いのでしょう。もう上に話は通していますので、ご自由に入ってください」
「はぁ……」
彼は至れり尽くせり、都合の良すぎる待遇に苦笑いした。
「そうと決まれば早く行こうではないか」
白髪は警官の見送りなど耳にも届いていない様子だ。ゆうゆうと屋敷へと進んでいく。彼は一連の流れを見た後、私に「便利なものだろう。ああ見えて奴は名のある商会の御曹司だ。だから顔が広いし、街から離れたここの警官ですら頭が上がらないんだ」と小声で異例の状況を説明してくれた。屋敷に目を向けると白髪がこちらへ手を振っている。
私たちはそんな彼の元へと急いだ。
屋敷の中へ入ると、すぐに警官が迎えに来た。先程の人よりも役職が上なことは風貌から察することができた。私たちは広々とした部屋に案内された。
その部屋にはすでに三人のケモ耳メイドと一人の獣人がいた。
メイドは奥のソファーに並んで座っていたが、獣人の方は床に突っ伏して数名の警官に拘束されていた。
「一先ずそちらへお掛けください。現状を説明しますので。ですが、この事件は名探偵様のお力は必要ないと思いますよ」
警官はなんとも嫌味な口調だった。彼は特に反論するでもなく静かに手前のソファに腰を下ろした。私も彼のすぐ隣に座る。
程よく右に沈み込む感覚がすると思うと左に体は傾き中央に沈む。彼の左に白髪も座ったのでバランスがとれた。あまり座り心地が良いものではなかった。
この屋敷で一人の人間が死んだのだ。現場ではないはずのこの部屋ですら異質な雰囲気を感じる。
事件のあらましはこうだ。
私たちがくる数時間前にこの屋敷の主人が遺体で発見された。場所は寝室。致命傷となったのは肩からお腹にかけて引き裂かれるようにつけられた三本の傷。
そして現場に残されていたのはネコのカチューシャであった。カチューシャは遺体の頭部につけられていた。
そうして警官が駆け付けた時に現場にいたのが例の四人であり。それぞれの事情聴取と現場証拠により獣人が犯人だと断定したというのが今の状況だ。
「それで君たちはそこの方がアイロフィサーピーであると思っているから。自信満々なわけだ」
「そうですとも。この忌まわしき獣人こそが今回と件の連続殺人事件の犯人であるのです」
「どう思う? オリバー」
白髪は嬉しそうに彼に話を振った。
「この事件は連続殺人事件とは無関係だ。それにまだ犯人を決めつけるべきではないと思うよ」
彼は続けて静かに言い放った。
「アイロフィサーピーは遺体にカチューシャを付けたりはしない。あいつは明確に人間への恨み。獣を虐げる人間への怒りを持っている。だからこそ人間に耳を付ける行為は絶対にしないはずだ。なぜ憎い対象に自身の誇りをつけてやらなきゃならないんだ。これは連続殺人事件に見せかけた、ただの殺人事件だ」
「貴様、専門家にでもなったつもりか」
「見分けがつかなかった貴方と比べれば、僕の方が十分専門家らしくはある」
ぐぅの音もでないとはこのことだろう。彼は珍しく強い口調で整然と言葉を並べた。彼と警官の間に火花が散りそうになっているのを見かねた白髪が仲裁に入るように声を吐く。
「どちらを逮捕するかの最終的な決定は貴方にあるのだから、彼の意見を一応聞いてみるのも悪くないでしょう」
「クラッスラ様がそう仰るのであれば、一考の余地があるやもしれません」
白髪は彼に片目をパチリと閉じてにやけ顔を送るのだった。
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