第5話

 しばらくすると二人は帰ってきた。私は慌てて立ち上がった。


彼女はお日様みたいだったが、買い手は絞られた果実みたいだった。


何を話したのか声こそ聞こえなかったが今の姿を見れば買い手が劣勢だったことは明らかだ。



「シャルルちゃん。これからよろしくね。何か困ったことがあったら遠慮なく言うんだよ。困ったことなくても頼ってね」


「嫌かもしれないが、僕は不甲斐ないから彼女の力も借りることがあると思う。同じく仲良くしてくれると助かるよ」


「はい。よろしくお願いします」



 私は頭を下げた。



「じゃあ、私はとりあえずお暇するわ。言いたいことはもう直接言ったから。じゃあね」



 彼女は彼に肘打ちをすると、二階へ上がっていった。私はそれを見送ると彼に向き直った。彼からソファーへ座ることを勧められたので素直に受け入れる。


先程と違い隣には私よりも重い力が加わり、体が傾く。



「そのー、服。よく似合っているよ。さっきのより全然良い」


「あ、ありがとうございます」


「分かって貰いたいんだけど、君をオークションで競り落としたのは僕だ」



 そうだ。


だから私は彼の所有物である。

額に飾られる絵画が落札者の物であるように、着せ替えカイロは落札者の物だ。



「だけど君に何かを無理強いしたり。暴力を振るったり。その、──奴、隷みたく扱う気はないんだ。でも正直、君にどう接すればいいかもわからないんだ。いきなり親面するのも違うと思うし、ご主人様と従者っていう関係も多分違うと思うんだ」



 彼は一つ一つ正確に。自分の想いと違わないように言葉を吐き出す。


 私に目線を送りながら、時々目を逸らしたりする。



「一応。あの厭味な書類。公にも認められているあれによると君は僕の所有物。物なんだ。それでこの契約には、とんちみたいな抜け道が実はあって。物は盗まれたら警察に届け出る。それでも見つからなかったら自己責任だ。それがあの契約にも適応される。僕と君を繋ぐものはあれに記入した名前一つさ。その名前すらああやって簡単に変えることができる。ほんと馬鹿げた話で笑えてくるよね」



 真剣に話を聞く私の姿を確認すると、買い手は慌てて笑えてくるという所に訂正をする。


随分マイルドに例えてくれた。私が誰かに攫われて再度、闇取引の現場に連れていかれた場合、現在の契約主の権利なんてあっては無いようなもの。


そう言いたいのだろう。



「今君をどこかへ預けて里親を探すこともできる。でも、出来れば僕はそれをしたくない。信用できないからだ。君が一人で自分の身を守れるようになるまでは僕と一緒にいてほしい。僕は全力で君の手を握る。もし嫌なら──」


「あ、あの!」



 私は彼の言葉を遮るように大きな声を重ねた。彼は驚いたようで目を見開いた。


声を上げたのはいいが、こんな時何を言うべきか分からなかった。


買い手の手を取るのか、別の貰い手を探すのか。どちらを選べばいいか。


どっちを選択したら良いかもわからない。



 なぜ買い手は私のことを買ったのか。なぜこんなにも親切にしてくれるのか。知りたいことも沢山だ。ただ一つ分かるのは買い手と生活するのが嫌だとはまだ小石程度も思っていないことだ。それだけは伝えたい。



「嫌じゃないです」



 彼が。


彼が良いといえなかった。

私の身体に絡みついた鎖。誰かに従わなきゃならないという考えがそれを邪魔した。



「ああ、改めてよろしく。シャルル」



 今はその言葉だけで十分だ。そう言われているような笑みだった。





 ドンドンドン!



 扉を叩く音。彼の家に来客だ。なにやら家の外が騒がしかった。彼の顔を見ると眉間にしわが寄っていた。困ったことがあるのだろう。



「シャルル。突然で悪いんだけど、街の人が君に会いたがってるんだ。彼らにも、その協力して貰っていて……」



 歯にものが詰まったような言い方だった。


おそらく私を競り落とすために用意したお金の中に、街の人たちに手伝って貰った分があるのだと思う。


家財道具はそれでも足りない分の差し押さえ分といった所か。



「わかりました」


「ありがとうね。皆親切な人たちなんだ。悪気がなくて、その、デリケートな問題に触れてしまうかもしれない。軽く流してもらえると嬉しい」



 私は首を縦に振った。



「うん、ありがとう。耳。どうしようか……」



 私の頭の上の耳を指すと、玄関に掛けてあった帽子を手に取った。


タータンチェック柄のベレー帽であった。それを私の頭に乗せる。

少し大きかったが、すっぽり収まるので耳を隠すことができる。



「君がネコミミだからって嫌悪感を示す人はここにはいないけど、いつ君のことを狙っている人が来るかわからないからさ」



 彼はドアノブに手を掛けると私の方を見る。


私は一つ吐いて吸う。


彼の「じゃあ開けるよ」という声の後、開け放たれる扉。


今かと待ち侘びていた人の群れが顔を見せる。



「やぁみんな。紹介するよ。シャルルだ」



 彼は私の背中に触れる。私は促されるように前に出た。皆は目を丸くさせていた。珍しいものでも見るかのように。



「皆様、ありがとうごさいました」



 私は深々と頭を下げた。


私がこうやって体を綺麗にできて、清潔な服を着せてもらえているのは彼らのお陰でもある。


感謝の言葉を言うのは当然だと思った。



「シャルル。顔を上げて」



 彼の言葉に従うように私は顔を上げる。


私の眼に映る人々の顔は皆が苦いものでも食べた時の顔をしていた。



「君とみんなは今初めて会うんだよ。だったら言わなきゃならない言葉は一つだ。わかるかい?」


「はじめまして?」


「ほら、みんなに向けて」



 正面へ向き直る。


さっきと違って、ちらほらと微笑んでいる。



「はじめまして、シャルルです」



 私は頭を下げる。


すると、拍手がぽつりぽつり上がって次第に大きな音になる。



「たいしたもんだ」

「ようこそ」

「かわいいお嬢さんだこと」



 思い思いの言葉があがる。


どれも歓迎の意を表す言葉であった。


じっと目線がこちらへ集まっているのが分かるが、数時間前の視線とは比べようがないほど温かく優しい。



「ね、みんな良い人達でしょ」



彼が小声で私に言う。



「ユーフォルビアさん! あんた人を買うのにお金がいるっていうから、てっきりモテなさすぎて最終手段に出たのかと思ったよ」



中年の男性が彼に話しかけた。



「もうやめてくださいよ。シャルルの前でそういう話はしないでください」



また別の方から声が飛んでくる。



「水くさいですよ。子どもを保護するってなら早くそう言ってくれればいいのに」


「いやいや、理由なんか関係ないでしょ。いつもお世話になっているのは私たちなんだから」


「やーい! ──愛者。」


「ほら、そこの! 今のは聞き捨てなりませんよー」



 和やかな雰囲気であった。


 とても温かい人たちである。



「はい。とりあえず顔合わせはこんなもんでいいですね?」



彼は私のお披露目会議を切り上げる。



「シャルルちゃん。何か不便があったら言うんですよ」


「は! はい」



私たちは家の中に戻った。



「ふぅ、疲れたでしょ。僕の部屋に案内するよ」



彼が私の帽子を手に取りながらそう言った。私は一つ彼に言わなければいけないことがある。



「あ、あの」


「何だい?」


「これからよろしくお願いします!」



彼はにっこりと笑って見せた。


――――――――――――――――――――

ここまで読んで頂きありがとうございます。

これにて、彼女たちの出会いの物語は終わりになります。


ですが、まだまだ物語は続きます。

どんな形で物語を続けるか。

章で区切り、六話として続けるか。

新しく一話として続けるか。

最善手を決めかねております。


決まり次第再開しますので、

お付き合い頂ける方はよろしくお願いします。


シンシア




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