第3話

 街行く人々の装いは厚めだった。寒さや暑さがどうとか。

今までそんな事を気にできる立場では無かったので、着せられているコートの温かさが心にまで沁みてくるようだった。


 それと同時に私を抱えて歩いている買い手の体温が心配である。



「ごしゅ……じん様、寒くはないでしょうか?」



 私は買い手の事をきょとんとした顔で見下ろすとくすりと笑った。



「問題ないよ。上等ではないけれどスーツを着ているし、温かい君を抱えているからね」


「そうですか」


「君は優しいんだね」



 物好きな人だと思う。わざわざ私なんか。大金をはたいて買ったと思ったら、丁寧に抱えて運んでいる。


私は今の所、高価な割に取り回しが悪い発熱材である。



「そういえば名前教えてないから呼びづらかったね。ごめんね。僕はユーフォルビア・ホーン。それにいつまでも君呼びは気が引ける。なんて呼べばいいかな」


「私は……」



 そう言いかけて自分の名前が分からないことに気が付いた。どこかに行けばそこの通し番号。もっと酷いと番号すら呼ばれる前に手や足がやってくる。


呼称があったとしてもお前やガキだ。



「もしかして分からない?」



 私は頷いた。



「そうだなぁ。何がいいかな」



困ったような口ぶりでどこか嬉しそうであった。


足を止めると私のことをじっくりと見る。複雑な眼である。


何を思っているのかなど私には理解できない。


推し量ることすら憚られるようだった。



「──シャルル。シャルルはどうかな?」



 買い手から発せられたのは綺麗な響きの言葉である。


何故だか昔からそんな名前だったような気がしてくる。


買い手は「気にいってくれたかな」と尋ねる。



「しゃ、る、る」



 私は買い手が新しく付けてくれた名前を繰り返す。



「よろしくね。シャルル」



 買い手はそう笑うと歩みを再開する。どこか楽し気なのが揺れ伝わる体を通して分かった。


 それから、自分のことについて話してくれた。


職業は探偵。


その内実は街の何でも屋という扱いだという。


歳は30いかないくらい。


正確な数は言わなかった。


歳の割に若々しい風貌を気にしているのかもしれない。

向かっている家というのは彼の下宿先であるらしく、


オークションが開かれた街の二つ隣の街にあるのだという。



「厳しい所もあるけれど、気にいると思うよ。何より女性──」



 買い手が下宿先の大家さんの話をしていると、正面から馬車がやって来た。


速度を落とすつもりはないらしい。このままだとぶつかってしまうという所で、馬は高いいななきを上げ急ブレーキをするみたいに止まった。



「ユーフォルビア様。申し訳っありません!」



 馬に跨り手綱を握る青年が謝罪した。



「構わないよ。どうせ中にいるあいつに命令されたんでしょう。それより、怯えている彼のことを気遣ってやってほしい。──ほら、顔を見せたらどうだ。ポルツィ」



 彼が客車の方に向かって問いかけると、窓からひょっこりと男が顔を出した。


白髪だが歳を召しているわけではなさそうである。



「楽しんでくれたかい? ユア」


「全く楽しくない。僕に迷惑をかける為だけに、自分の使用人たちに寿命を縮めさせるような体験をさせるのはどうかと思う」


「うん! 実に君らしい答えだ。さぁ、乗りたまえよ。根城にプリンセスを迎え入れる為の乗り物が、その貧弱な足二つというのはロマンティックさに欠けるというものだ」



 ポルツィと呼ばれた白髪頭はそう言うと、にっこり笑って見せた。


愛称で呼んでいるので買い手の友人だろうか。


買い手はその顔にうんざりとした様子で私の方へ視線を落とす。



「あれは騒がしいが、悪い奴じゃないんだ。いや、あんなことをするから悪い奴だ。だけど僕たちは足を必要としているし、厚意に甘えさせて頂こうか」



 そんなの私に許可を取るようなことではない。


 もちろん私は首を縦に振った。






 客室の中は見た目に引けを取らない上質な座席で敷き詰められていた。


あのソファーのような沈み込む感覚はないがお尻や腿、腰を柔らかく支えてくれる。


何時間でも座っていられそうだ。


 椅子に座ると耳を隠すように掛けられていたコートを取り上げられた。と思ったらブランケットみたいに肩から足まで丁寧に掛けなおしてくれた。


驚いた私は目を見開いて買い手の方を見た。



「耳。蒸れると大変だよね。ここでは隠す必要ないからさ」


「あり、がとうございます」



胸の辺りが少しじんわりとする。



「どうやら気に入って頂けたようだ。ん、顔を見れば分かるとも。この座り心地の良さが分かるとは、レディ。君はユアよりも素質がありそうだ。私の所へ来るかい?」



 違和感を覚えつつ座り心地を確かめていると、ポルツィに話かけられた。


まさか自分が話しかけられると思ってなかったので、耳を疑った。



「どうかと思う。そうやってすぐ自分の物みたいにしようとする。金持ちの悪い癖だ。怖がらせる前に名乗ったらどうだ」


「これは失敬。私はポルツィ・クラッスラ。以後お見知りおきを。隣にいる彼とは親しくさせてもらっているから、それなりに君とは会うことになりそうだ」


「しゃ、シャルルです。よろしくお願いします」


「おや、綺麗な名前だ。ユア、君が名付けたのかい? そうだとしたら大変良いセンスを持っている。もしやゴーストライ──」


「余計なことを言うな」



 買い手はポルツィの声を遮ると、私の方へ顔を向ける。



「気分が悪いだろう。僕はもう早くも降りたくなった。シャルルをこんな奴に渡す気は無いから安心して欲しい。だけど僕も彼を頼りにしている節がある。仲良くしてもらえると嬉しい」


「わ、わかりました」



 私はポルツィに対してお辞儀をする。それに対して「よくできたレディだ」と反応が返ってきた。



「そうだユア。君の家に大勢の警官や見かけない顔が押し寄せていたぞ。あまりに突然のことらしいのでアガベが困っていたぞ。何か知っているかい?」


「ああ。そのことなら問題ない。彼らは正当な権利を実行しているに違いない。だが彼らの方が可哀そうだ」


「ははは、そうに違いない。君は今正当な権利と言ったか──まぁいいや。その話は面白くなさそうだ。それより」



 白髪は彼の答えを聞くと、少し考えるそぶりを見せる。


すぐに人が変わったように興味を無くした。不思議な人だ。



 それから、私は買い手と白髪の談笑?に耳を傾ける。


一方というか白髪が話を振るとそれに対して買い手が小言交えながら返答している。


和やかな雰囲気なので、これは二人なりのコミュニケーションなのだろう。


マネできるわけもないが、最低限の返しが出来るように自分なりの答えを用意しておく。


その用意の出番は無いまま、二つ隣街にあると教えられた買い手の下宿先に着いた。

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