第2話

 毛布を体に掛けられて向かうのは控室であった。落札者の諸手続きが終わるまでの間この部屋で待たされるのだ。部屋の中には四人の先客と一人の監視官らしき男がいた。私は設置されているソファーに腰を掛けることにした。後ろに手を回し感触を確かめながら腰を下ろす。



「ヒャア」



 手を着いた瞬間から底なし沼みたく沈んでいく。そこから、すっぽりと私の体を捕らえるのに時間はかからなかった。こんなにフカフカの椅子には座ったことがなかったので、驚きのあまり小さく声を出してしまったのだ。勿論周りの人には聞こえないほどに小さな声だ。大声なんて誰かの許可や命令がないと上げることはできない。そう生きてきた。


 グッーと沈み込む感覚に心地良さを覚えながら、馴れないそぶりで寛いでみせていると男から声がかかった。



「外に出るからと言ってあまり癇癪を起こすなよ。これは忠告だ。契約上お前を返品する事はもう出来ないが、主人の機嫌を損ねるとそれこそ待っているのは地獄だからな。礼儀正しくだ」



 私は頷いた。お生憎様だが礼儀などまともに教わった記憶はない。期待されていることがどれだけのレベルかは分からないが自信は無かった。


 それから男の案内でロビーまで来た。きらびやかで赤と金色を基調とした豪華な場所だ。この場所が品のある場所だということは私にも分かる。全身の毛が逆立つようで背筋に力が入る。ツヤツヤで毛足の長いレッドカーペット。感触を足裏で確かめながら私は買い手の元へと向かう。ソファーで寛いでいる姿がだんだんと大きくなる。



「お客様、お連れ致しました」



 案内人の男は丁寧に挨拶をする。私の買い手はすぐに立ち上がってくるりと回る。



「ああ。ありがとうございます」


「この度は落札おめでとうございます」



「私はこれで」と男は一礼すると来た道に戻っていった。案外そっけないやり取りであった。面倒な約束事や契約は書類で済ませたからだろうか。



「これからよろしくね」



 買い手は私と目線を合わせるように膝を折る。



「ご主人様よろしくお願い致します」



 私は貫頭服の裾を摘んで右足を引いてお辞儀をする。顔を上げると主人は苦いものでも食べたような微妙な顔だった。



「色々知りたい事も知ってほしいこともあるけど、まぁとりあえず家に帰ろうか。歩きながら話せばいいね」


「わかりました」


「それと、これを着せて抱きかかえてもいいかな」



 買い手は私の頭からすっぽりと覆い被せるように自分のコートをかけた。それでも大きすぎるので、裾を下に引きずってしまっているのが申し訳ない。私の耳や尻尾を隠す為だろうか。



「何も痛いことはしないから」



 買い手は私にそーっと近づき背中に腕を回す。ぞわりとした感覚が体を襲う。私の微かな変化に気がついたご主人様は腕を引いた。



「やっぱり恐い?」



 私は首を左右に振る。



「無理しなくていいんだよ」


「だいじょうぶです」


「そうかなぁ」



 買い手は困ってしまったと顎に手を当てて頭を悩ませている。私は新しい主人を自分の前の教えのせいで困らせたくは無いという一心で買い手の体に思いっきり飛びついた。


 買い手は驚きながらも優しく受け止めてくれた。受け止める力は酷く柔らかい。しかし、先程のぐわりと沈み込んだソファーとは違って揺るがない安心感を覚える。



「恥ずかしい話だけど、手持ちのお金が無くて足が呼べないんだ。だからこのまま君を抱えて家まで帰ろうと思うんだ」


「そんな。私歩けますよ」


「うん。だけど、僕が君にそれを──。僕がやりたいことなんだ」


「わかりました」



 私は完全に体を預けるように脱力する。買い手は私を抱きかかえながら立ち上がると歩き出した。




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