サキュレント・オークション
シンシア
File0 Prologue <Charlotte>
第1話 狂気!オークションの一幕
「さてさて、お次はいかがでしょうか?」
強烈に照らされたステージ。
熱にうなされるように声をあげる観客。
この物騒な会場の指揮を執るのは仏頂面のオークショニア。
私は背中を小突かれる。
そこだけが丸く切り取られたように熱くなったステージの中央。
俯きながらずり足でトボトボと向かう。
パシンと背後で音が鳴る。体にピリつく痛みが走り、嫌でも姿勢は真っすぐになる。
眼前には沢山の座席。そこに踏ん反り返えるは豪華な装いの群れ。
それらの両目の全ては、私のことを映しているようだ。
その事実に吐き気がする……とも思わなかった。
何も感じなかった。
それよりも全身が焼けるように熱くて仕方がないことの方が気がかりなのだ。
「No.5ネコミミの女子供です。皆様がご覧の通り。獣人族でありながら獣としての強さを何一つ持って生まれては来なかった、哀れな生き物でございます。頭の上の耳を揺らしては我々を性的に煽ることにしか脳みそを使えません。可哀そうに。まだ幼いのにそれしか生きる術を教えてはもらえなかったのでしょう。皆様がこの子に何をなさるのも自由でございます。是非、博識な皆様方が丁重にこの世の喜びを教えてあげてください」
余計なお世話である。私の意思に反して、厭味たらしく脚色された言葉は観客たちのヘドロのような心を刺激する。
向けられていた視線は一段と汚さを帯びてギラつく。呼応するように、私の体には一段と強い痛みが襲う。先程よりもしならせた一撃に思わず、私は膝を折るようにして座り込んでしまう。舞台袖の男が激怒しているのは顔を向けなくても分かった。
私は指示に従い上半身を煽情的に反らせると、軽く握り込んだ両手を顔の前に脱力させながら持ってくる。
「む、無知な私に、ご主人様を教えてくださいにゃーん!」
即席で仕込まれたポーズと煽り文句である。これをやっておけば買い手が見つかること待ったなしだと聞かされた。
「おやおや。独りでにアピールを始めましたね。沢山のご主人様候補を目の前にして興奮状態のようです。本能には抗えなかったのでしょう。さぁさぁ、皆様振るって札をお上げください。最初は──からです」
私の開始価格の宣言を皮切りに観客たちはぽつりぽつりと札を上げ始める。
どんどんと上がり続ける自分の値段。自分では一生をかけても手にすることはできないであろう金額。自分ごとの気が、埃程度もしない。
競りは終盤に差し掛かる。札を上げているのが二人になったことが金額を宣言する声色から分かった。
どちらに買われるのか確認する?
顔を見ることすら面倒くさい。どちらにせよこんな悪趣味なオークションに参加している時点で、対して人相に違いがあるとは思えない。
誰だってよかった。私に待っているのは自分の意思を持つことは許されない奴隷としての生活だ。
そんなことを考えていると片方の声が止んだ。
「もう誰も居ませんでしょうか。札が上がらないようならば──」
ドターン!!!
オークショニアの声をかき消すように大きな音を立てながら席の一番上の扉は開かれた。
発音場所を確認するように会場内の観客の誰しもが一斉に自らの後ろへ振り返る。
舞台袖の男もオークショニアでさえ扉の方を見ている。
外から溢れだす逆光により黒々としたシルエットがそこにはあった。
今。この瞬間だけは私ではなく、あれに会場の全ての眼は釘付けである。
静まり返りクールダウンした会場は呆気にとられ、誰しもがあれの第一声を心待ちにしているようだった。
「5──だ」
あれは札ではなく、右手を目一杯開いて高く掲げると高らかに宣言した。すると、会場の至る所で笑いが起こり始める。
ひょうきん者に贈られる暖かで穏やかな笑いではなく、愚か者に向けられる冷ややかで乾いた笑いだ。
熱かった体はどこへやら。全身に寒気を感じるほどに悍ましい笑い。
「そんな大金出せるわけないだろ」
誰かがどこからかそう投げかけた。私もそう思った。なにせ掲示された金額が私には理解できなかった。零がたくさん並んだ数字。そんな桁を知らなかったから言葉として聞き取れなかったのだ。だが、ガラリと場違いな金額だということは空気感から分かった。
シルエットは中央の階段を下りてくる。次第に姿が露わになる。着古したインバネスコート。スーツ姿のスラリとした男であった。
野次を気にも留めない様子で堂々と歩みを続ける。口角を上げてどこか楽しそうである。
男はステージの下ギリギリまで近づく。
「腰を折ってしまってすまない。オークションを続けよう。先程の宣言に誤りはない。私は5──を宣言する」
突然の出来事にオークショニアが言葉を紡げずにいると、先程まで最高額を宣言していた男が立ち上がり不満を漏らす。
「こんなのルール違反ではないのか! もう参加は締め切られているはずだ」
「おやおや、失礼。ここに札はあるとも。大きな音を出したのは申し訳ない。急ぎだったものでね」
男はコートの内側から札を出す。
「オークショニア! こんな出鱈目な飛び入り参加を認めていいものかね」
男は含みのある言い方でオークショニアへ訴えかける。その言葉に顔色を変える。
「は、そ、そうですね。貴方の入札は認められません」
明らかな癒着が感じられる。あの男はこのオークションのお得意様なのだろう。筋が通っておらず、出鱈目なのはそちら側である。
「これはとんだご無礼を働いてしまいました。貴方様はかの有名な石油王とお見受けする。まさかこんなやり方で自らが欲するものを、出し渋って手に入れようとするような御方ではないでしょう。どうか私の入札を認めてはもらえないだろうか」
彼の言葉により他の観客は騒めきを見せる。この状況で鶴の一声を実行しようものならば、男のプライドや評判に傷がつくのは明らかだ。男の隣の人物は何やら説得をしているようである。
おそらく「あんなケモミミごときに熱くなってはいけません」とか「まだオークションは序盤です。これからさらに貴重な種族が登場しますよ」と言っているのだろう。
男は助言を聞き入れると怒りをスゥ―っとしまい込み平然を装う。そして、札を降ろすと席へふてぶてしく踏ん反り返った。
カンカンカン!とハンマーは鳴らされた。
「ただいまより締め切らせて頂きます。なんと!五──で落札されたのはそちらのコートの方です。おめでとうございます」
何事も無かったかのようにオークショニアは進行を再開した。舞台袖の男がこちらへ戻ってくるようにと私に優しく声を掛ける。手には柔らかそうな毛布が用意されている。
男は私の様子を見届けると後ろ手を振りながら踵を返した。
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