空想絵日記
朝日
第1話
穏やかな午後の日差しが、教室の窓側に座る男の癖毛を照らしていた。男の髪色は茶髪で、日に当たる部分を赤っぽく透かしている。
男は教室の白い壁に掛けられている時計の秒針を目で追っていた。
意識は秒針が一秒を刻む瞬間と瞬間に向けられていて、手元にある数学の試験問題などまるで気にしていなかった。
一秒進むと動いていた針が僅かに震えて止まり、またそれが動き出すのを男は永遠と見ているつもりでいた。
ひたすらに動き続ける時計の秒針の音と、周りが試験に夢中になって鉛筆を動かしている音が男の耳には心地良かった。
次第に男はここが教室なのも忘れて、どこか馴染み深く、それでいて奇妙な空間にいるような錯覚を覚えた。男は何も考えていなかった。
だから、いつの間にか時計の秒針が止まっていた事も、周りの人間が一切動かなくなっていた事にも気が付かなかった。
男はただ一点を見つめており、それが時計の秒針であることは既に彼にとってどうでも良い事になっていた。
男の目の前には黄金の幾何学模様が浮かんでいた。男は何も不思議に思わず、ただそれが消えたと思ったらゆらゆらと別の模様に変化していくのを気の抜けた表情で眺めるだけだった。
男がこのおかしな現実に気付き始めたのは、その幾何学模様が幼少期にいつも見て嫌だと感じていた、ある影の輪郭に変化しようとしていた時だった。
その形というのが、男の家の寝室にある四つ葉のクローバーのように並んだ四角いシーリングライトの影だった。四つ葉のクローバーと言えば幸運の象徴だが、男にとってその影は全く別のものに見えていた。
寝室はいつも日が当たっておらず、薄暗い部屋の中で影は端に向かって長くなり、男にはそれが抽象化された巨大で歪な蛾の形に見えていた。
男は虫を嫌っていたわけではなく、むしろ昆虫観察は彼の楽しみの一つだった。
しかしその影は当時の幼かった自分に行き場のない不安を与えるもので、薄暗い部屋の中で何もせずただこちらを見つめる巨大な虫の記号は幼い男にとって不気味の象徴であり、それに対して自分は何もできなかったのだという無力感を同時に与えていた。
目の前に現れたそれは、当時の不安感と無力感を呼び起こす、記憶通りのあの嫌な形をしていたのだ。
空想絵日記 朝日 @asahi12345
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