第5話 過去
黒鉄山、そこに灯は向かったらしいが、一体何をするつもりなんだ。
一刻も早く追いかけたい。
がしかし、俺は黒鉄山の場所を知らない。
マップにも載っていない。
どうすればいい?
そう悠長に悩んでいる時間も無さそうだ。
俺は手当たり次第に村の人を当たってみることにした。
宿屋の女将さんや、村長、露天の商人など。
しかし誰もが名前を知っているものの、場所は知らなかった。
「ここで最後か」
村の端にポツンとある武具店。
俺はおもむろにドアを開いた。
「いらっしゃい!」
元気な声をともに、灰色の髪で紅い目をした少女が出てきた。
「今日はどういったものをおさがしですか?」
俺のそばに寄ってきてそういう少女。
俺は少しいいづらいのを吹っ切って言った。
「すみません。少し道を尋ねたいんですが」
「いいですよ? どこに行きたいんですか?」
「黒鉄山です」
「黒鉄山ですか」
少女は少し考えるような仕草を見せた後、こちらを向いて言った。
「さっきちょうど黒鉄山に行くと言ってここを出て行った、方がいたんですよ」
「その人はどんな格好でしたか?」
多分灯のことだと思う。が一応確認は必要だ。
「ちょうどあなたと同じような格好をしていたと思います」
「それ俺の知り合いなんです。どうにか追いかけられませんかね」
「できると思いますけど、気を付けてください」
少女の忠告を聞き、俺は村を出た。
どうやら黒鉄山に入るには何かしらの魔法が使えなければならないらしい。
灯はそんなことも聞かずにただ突っ走っていったので、黒鉄山の入り口で止められているのではということだ。
それなら話は早い。
止められている灯を見つけ、戻ってくればいいのだ。
しかし、灯は何をしようとしているのだろう。
留守番を放棄し、行動する。
よくよく考えるとそんなに珍しいことでもないような気がした。
「自由だもんな、灯」
久しぶりだ。こんな風に人の心配をするのは。
だけど追いかけるのもどうなのだろうか。
灯は特に待っていてくれと言ったわけではない。だが、少しくらい灯も一人で何かする時間があってもいいんじゃないだろうか。
俺の中で、灯に対してAIというレッテルは剥がされ、一人の人間としてみていた。
相手のことを考える。今までもそうやって色々な人と接してきたはずだ。
けどなぜだろう。自分を少し抑えて、相手のためになるようにと考えるのは初めてのような気がしてならなかった。
おせっかい。そういわれても仕方がないのだが、正直どちらでもおせっかいになりえるのではないだろうか。
……もう何が何だかわからない。
何になりたい?
その言葉が頭をよぎる。
村へ引き返す足もだんだんと重みを増し来ている気がした。
俺は本当に何がしたいのだろう。
ゲーム自体は好きだ。
灯のことも気に入っている。
だけどAIとはいえ意思があるはずだ。
俺のやりたいことを押し付けるのはどうなのだろうか。
導の化身。そう名がついているくらいなのだからなにか教えてくれるかもしれない。
そんな安易な考えで、俺は村に引き返した。
「一体どうしたらいいんだよ」
自分の中に正しい答えなんてものはなかった。
ただ、選択肢がたくさんあり、それに優劣なんてなかった。
だめだ。
俺は頭を抱えつつ、化身のいる洞窟へと足早に向かった。
祠に向かい、手を合わせる。
目を開けると、化身がいた。
「よくきたのう」
「頼みがあります」
挨拶も忘れて、要件を伝える。
「俺はどうすればいいですか?」
状況の説明を手早く済ませ、答えを待つ。
導の化身は少し考えるような仕草をしてから俺に目線を向けた。
「それは、ワシが答えていいことなのか? ライトよ」
「なぜそんなことを聞くんです?」
「お主がワシのいうことを聞き、灯のもとへ行くか行かないか決めたとしよう。ワシにそのことを聞いたことを後悔はせぬか?」
「それは……」
また、頭の中がごちゃごちゃになる。
誰かに判断をゆだねる。それ自体が悪いことではない、だろう。
しかしそれがもし、悪い判断だった場合、俺はそれを受け入れることができるのだろうか。
化身は俺を見かねた様子で、しゃべり始めた。
「のう、ライトよ」
「はい……」
「ワシの話を少し聞く気はあるか?」
「はい」
化身はふわふわと地面に下りてきた。
「では話そう。ワシの過去を」
「ワシはもともとこの村の人間だったのじゃ。
それでのう、ワシは昔から好奇心が旺盛じゃった。
だからかのう、周りの子よりいろんなことができた。
けどな、いつも一番にはなれなかったのじゃ。ワシは悔しかった。
なのに一番になろうと努力はしなかったのじゃ。なぜか。
それは、他に楽しいことを見つけて別のことを始めていたからじゃ。
周りの人はみんな口をそろえてこう言った。
忍耐力が足りないと。
でも、ワシはよく言っていることがわからんかった。
だって、ワシは楽しいと思うことをずっとやり続けてきただけなのじゃから。
楽しいことはずっとやっていたくなるじゃろう?
けどもしそれが楽しくなくなったらどうじゃ?
当然それはやめてしまうな。だからかのう、ワシはいろんなことを知りながら、何一つ一番だと言い張れることはなかったのじゃ。
周りを見れば勉強がものすごくできるやつ。
運動が誰にも負けないやつ。
植物を知り尽くしているやつ。
そんな奴らがワシの周りにはいたのじゃ。
そしたらワシは思ったのじゃ。
こいつらに任せればワシにすることは無いと。
だってそうじゃろう?
ワシがやることは全て二流三流のこと。
ならばそいつらに任せればいいではないか。
ワシはおとなしく端っこでうずくまっていることしかできなかったのじゃ。
じゃがな、人間転機が訪れることがあるものじゃ。
ワシは恋をしたのじゃ。
年寄りの恋バナなんて聞くに堪えないかもしれんがちょいと聞いとってくれ。
その子は向かいに住んでいてな、毎日ワシに挨拶をしてくれとったんじゃ。
それにワシもいつしか挨拶を返すようになっておった。
そんな日常の一部を、ワシは生きる糧としていたのじゃ。
ある日の朝、いつものように家を出ると、その日はあの子がいなかったのじゃ。
ワシはその子が家を出る時間に合わせて家を出ていたので、それがすぐわかったのじゃ。
周りで話している中で、あの子が病気らしいということを耳にしたのでな。
ワシは思い切ってお見舞いの品を届けることにしたのじゃ。
ワシは一日かけて、品物を考え、結局果物を贈ることにしたのじゃ。
しかしワシはお金を持っていなかった。
これでは贈り物が買えない。
そこでワシは自分で取りに行くことにしたのじゃ。
昼間は村の仕事の手伝いがあるのでそのあとでな。
ワシは一緒に仕事をしている中で、果物のなるところは近くにあるか聞いて調べていたのじゃ。
すると一人のおばあさんが、美味しい果物のなる木を知っていると言ってくれて、場所まで教えてもらった。
早速仕事を終えて、家に帰り、そのまま小さな刃物をこっそり持ち出して、家をでたのじゃ。
森は少なからずモンスターが出ることはお主も知っているであろう?
そのための刃物だったのじゃ。
今思うとそんなものでという気はするが、とにかく贈り物をしたかったのじゃ。
意気込んでおばあさんに教えてもらった木に向かったワシだったが、やはり森にはモンスターがいたのじゃ。
ワシは極力音を出さないようにして、木に近づいて行ったのじゃ。
あと少し。
というところでワシは石につまずいて転んでしまったのじゃ。
その音に気が付いたのかモンスターがよってきおった。
ワシは急いで立ち上がり、果物のなる木に走った。
モンスターは雄たけびを上げながらワシを追ってきた。
ワシは果物を一つかっさらって急旋回。
そのまま村に引き返そうとした。
じゃがワシはモンスターに囲まれて追った。
ワシは幼いながらに悟ったのじゃ。
もうおしまいだとな。
ワシはヘタヘタと地面に座り込んだ。
モンスターたちはじりじりと距離を詰めてくる。
どこにも逃げられるような隙は無かった。
モンスターたちが一斉にとびかかってきた。
その瞬間にワシは目を閉じた。
じゃがいつまでたってもモンスターたちは攻撃してこなかった。
恐る恐る目を開けると目の前には黒い装束の何者かが、立っていたのじゃ。
ワシはお礼を言おうと思ったのじゃが、すぐにそいつはどこかへ消えていったのじゃ。
こうしてワシは無事果物をあの子のもとに届けることができたのじゃ。
その代わり両親からこっぴどく叱られたのじゃ。
あの子はありがとうってその一言だけ言っていたのじゃ。
残念なことにあの子の家族は村を出ていく予定だったらしく、ワシはそれ以降あうことは無かったのじゃながな。
じゃが忘れたくないのじゃ。
あの子にお礼を言われた時、ワシはあの子の一番になれたような気がしたのじゃ。
あの子に何か言われたわけでもなんでもないんじゃがな。
ライト、人とかかわるのは大事なことじゃ。
お主はワシと違って、灯という大切な人がそばにいるのだから、一人であっても、独りではないじゃろう?
もし、灯が心配なら行けばええ。
待っているのであればそれもよし。
じゃけど、もし灯を本当に大切にしているのだったら、信じてあげるのが男ってもんじゃなかろうか。
長くて悪かったな、ライト。
ワシの話はこれでおしまいじゃ」
言い終わると化身は再び姿を消した。
「何が言いたかったんだよ爺さん」
やっぱり考えがまとまらない。
俺は洞窟をでて宿に戻った。
ベッドに身を投げる。
「はぁ、信じる、か」
昔、こんなことがあった。
俺はその時、パーティーの中で一番強かった。
新たに友達がゲームに参入してきた時だ。
「なぁライト、どうして俺たちに戦わせてくれないんだ?」
「そうだよ、俺たち戦ってないから、全然強くならないし」
「ごめん、でも本当に危なそうだったから」
俺はお節介焼きだった。
「じゃあ今度は俺たちが危なくなっても手を出すなよ?」
「そうだよ?」
二人はそろって俺のほうを睨む。
「わかった」
俺はそのあと後ろでただ二人の戦闘を見ているだけだった。
俺は何をしてるんだろう。
一緒にゲームをしたい。そう思ってたのに。
これじゃあ、人がゲームをやってるのを横から覗く人だ。
「ごめん、俺今日はそろそろやめるわ」
戦闘をしている二人に聞こえていたのだろうかわからない。
俺は少しでも早く、そこを立ち去りたかった。
「それじゃ」
そう小声でいい、ログアウトした。
俺はそれから、あまり誰かを誘うということをしなくなった。
独りでただひたすらに強くなる。スキルを手に入れる。
そんなことが何年も何年も続いたのだ。
今回灯に出会うまでは。
だから俺はどうしていいかわからなかった。
人との接し方がわからない。
また拒絶されるんじゃないかと不安になる。
だけどゲーム自体は好きだった。
だから続けた。
即席で作られたパーティーに参加したり、すべてのクエストをソロでやったり、俺のそばにはそんな孤独に頑張っている人がたくさんいた気がする。
けどその人たちとは会話を極力しない。
俺と同じだと思った。
だからその雰囲気が少し好きだった。
みんながみんなゲームが好きで、強くなることを一番に求めていた。
だけどその先には何もなかった。
待っているのは現実に戻った時の憂鬱のみ。
そう。俺たちにとって現実というのはとてもつらいものだったんだろう。
そんな顔見知りくらいのプレイヤーも少しづつ数を減らしていった。
現実で何かしたいという人がいた。
家族ができたという人がいた。
あぁ、俺とは違う。
そう落胆したのを覚えている。
なんで今更現実なんか、ここで頑張るんじゃないのか。
俺の中で二つの思いが渦巻いていた。
俺も現実で何かをしたほうがいいのか。という気持ち。
ゲームを裏切るのか、俺はこの世界が好きだ。まだ戻りたくない。という気持ち。
大半の人は前者を選んだ。
いっそこの世界に入り込んで、現実に戻れなくなってしまえば。
俺はたびたびそう思っていた。
夢を見させてくれるこの世界で生きていく。
そう決めたこともあった。
だけど現実の問題が浮上してくる。
毎日やりたくない仕事をし、その上に成り立っている生活。
現実という基盤がなければこの世界は存在できない。
だからゲームにすべてをかけてそれで生きていくなんてことはできなかった。
今も変わらず。
俺はいつの間にか眠っていたようだ。
目を覚ますとすでに日は落ちているようだった。
「寝ちまったか」
重い体を起こす。
寝ると頭がすっきりするとはよく言ったものだ。
さっきはあんなにぐるぐると悩んでいた頭も、今では静かになっている。
「灯は……まだ帰ってきてないか」
正直心配ではある。
だけど、今度こそ俺は信じたいと思う。
いつまでも同じことを繰り返していても仕方ない。
「さて、どうしようか」
待つとは言ったもののすることがない
夜なので、俺もそろそろ戻ったほうがいいのだろうか。
「そうするか」
俺は一度ここを離れることにした。
灯が戻ってくると信じて。
AI(愛)のあるRPG(冒険)を 春山 隼也 @kyomu_hy10
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