第3話 森の奥へ

 森。そこはモンスターの多く生息する場所。

 俺たちはモンスター狩りをしていた。

「灯、そっちはどうだ?」

 襲い掛かってくる狼型モンスターを適当に狩りながら、灯に声をかける。

「こっちも余裕だね」

 最初の村の近くなだけあってモンスターは歯ごたえのない雑魚ばっかりだった。

「どうしようか。もっと奥に行く?」

「でも、それは……」

 森の奥には行かないほうがいい。先ほど村の人に話を聞いたところそういわれた。

 何でも森の奥には、主なるモンスターが生息しているらしく、森の奥に行くにつれて、誰も倒していないのに、モンスターがぱったりといなくなるらしい。

 とはいえ、そのエリアにたどり着くまでは特に異変はなく、モンスターは少しずつ強力になるらしい。

「とりあえず、例の場所には近づかないことにして先に進もう」

「わかった」

 灯の了承も得て先に進む。


 確かに敵は強くなるものの、それほど苦戦するほどではない。

 若干攻撃回数を増やせば難なく倒せる程度だ。

 それよりうれしいことがあった。

 いつの間にかスキルを習得していたらしい。

 スキル名は『見切り』

 どうやら回避系のスキルらしく、

 戦闘中に一度だけ相手の攻撃を確実に避けることができる。

 とのことだ。

 これはおそらく、大分使えるスキルだろう。

 大技を放って避けれない程の攻撃でも避けることができるのだとしたら相当だ。

 ただ、使いどころを間違えると一気にピンチにもなりかねない。

 今のところ使う予定はなさそうだが。

「ねぇねぇライト」

「ん? どうした」

 灯は嬉しそうにスキルを見せびらかしてきた。

 どうやら灯もスキルを習得したようだ。

「やったね」

「観察眼か。どういう効果なんだ?」

「え~と、ちょっと待って」

 灯はスキルの説明を注視する。

 少しして、また戻ってくると俺の肩を叩いた。

「わかったよ、効果」

「お」

 灯のほうに振り返る。

「観察眼は、普段見えないものを、見やすくする効果がある。だって」

「なんか、曖昧だな」

 灯も「たしかに」と言って頷く。

「普段見えないものってなんだ? さっきの爺さんみたいなものが、見えるようになるとかか?」

「別に見えなくてもいいような」

 灯はさっきと打って変わって、がっかりした様子。

「まぁ仕方ない。そろそろ戻ろうか?」

 そう切り出すが、灯はブンブンと首を振る。

「まだもうちょっと奥に行きたい」

 スキルが思ったより、使い道がなさそうだったのかもうすでに歩き始めていた。

 仕方ない。俺も、もう少しレベル上げをするとしよう。


「流石にモンスターが強い、な!」

「ライトそっち行った!」

 俺たちは二人で固まり、戦っていた。

 それほどまでにモンスターが強いのだ。

「はああ!」

 先ず向かってくる狼にナイフを突き立てる。

 すると被弾した狼は、一目散に逃げだす。

 そこをもう片方がとどめを刺して、または足を攻撃して動けなくしてから追撃などして仕留めていた。先ほどとは違い、攻撃を食らえば体力が10分の1くらい持っていかれる。

 こんなことなら村で防具くらい買っておくんだった。

 何なら武器もか。

 最初から持っていた短剣も、もう刃こぼれして切れ味が悪い。

 そろそろ村に戻ったほうがいいかもしれないな。

「灯、そろそろ村に戻ろう。このままだと、武器も俺たちも持たないから」

「わかった。でも、あの一体だけ追っていい?」

 灯はそう言い指をさす。

 その先には一匹の青白い狼が、森の奥のほうへと逃げ帰ろうと走っていた。

「いいよ。でも急ごう。森の奥まで逃げられるとめんどうだ」

「うん」

 明らかに色の違う狼が一匹。今までの狼は基本的に黒だった。

 レアモンスターなのかもしれない。ならば絶対に仕留めたい。


 全速力で追う俺たち。

 ただ狼のほうも速い。流石といった所か。

「灯、そういえば周りにモンスターはいるか?」

「いない」

 即答の灯。

 まじか。狼を追っているうちに、いつの間にか主のテリトリーに入り込んでしまったというのか。

 一瞬動揺し、狼から目を離した。灯も周りを見ていた。

 目線を戻す。

「「いない!」」

 二人同時に叫んだ。

 先ほどまでいた狼はいなくなっていた。

 一度立ち止まる。

 これ以上進むのは危険だ。

「戻ろう。これ以上は危ない」

「うん、惜しいけど」

 俺たちはさっきまで走ってきた方向に向きなおった。

 直後、灯が叫んだ。

「ライト、避けて!」

 見切り!

 体が最小限の動きで攻撃を躱す。

 正直、何の攻撃なのか、どこからの攻撃なのか、何もかもが不明のまま回避に成功した。

 このスキルはやはり使える。

「よかったぁ」

 灯が一息つく。

 その瞬間、なにかが擦れる音がした。

 上を見上げる。

 そこに敵はいた。忍者のような恰好をしている。


 キィン!!

 

 俺の短剣と忍者のクナイが金属音を鳴らし、ぶつかり合う。

 誰なんだこいつは。

「ライト!」

 灯もそこに加勢しようと短剣で切りかかる。

 直後に俺はクナイで短剣ごと下にはじかれる。

 忍者は上に飛び上がり、灯の攻撃が躱される。


 一度灯のそばに寄る。

 これで少しは死角が減るだろう。

「来るよ!」

 灯が言うと、木の葉の間から手裏剣が飛んできた。

 すぐさまその場を離脱する。


「どうすりゃいいんだ!」

 俺のスキルは戦闘中に一度きり。

 灯のスキルはよくわからん効果。

 かといって普通に戦っても勝ち目はないに等しい。

「逃げるしかないのか?」

「何言ってんの」

 灯が笑いながら言った。

「なんで笑ってんのさ」

「だってワクワクするでしょ。これからライトと力を合わせて戦えるって思ったらさ」 

 そうか。そうだな。ワクワクか。勝てるとか勝てないとか言ってる場合じゃないよな。せっかく戦闘の機会をもらったんだ。

「やってやろうじゃん」

「おー!」

 しかし、姿が見えないとどうしようもない。

 周りを見回すが、どこにも姿はない。

 やはり上だろうか。

 俺が上を見上げた途端、灯が先ほど飛んできた手裏剣を拾って投げた。


 パスン!


 手裏剣は木に刺さったように見えた。

 が、見る見るうちにそこには忍者の姿が現れた。


 今だ!

 俺は間髪入れずに、攻撃を仕掛けた。


キィン!


 また攻撃がはじかれた。俺だけでは手数が足りない。

 

キィン! 

 

 横から灯が突き刺すが、また防がれた。

 二人同時に攻撃する。


キィン! キィン!

 

 再び防がれるが、忍者のほうは大分無理やり止めたようで、押し込めそうだ。

 俺は力を入れる。ただ、力でも相手のほうが上らしい。押し返されそうになる。

「灯!」

「言われなくても!」

 またクナイに短剣がはじかれるが、忍者ももう攻撃をさばききれない様子だ。

 キィン! という金属音が立て続けに鳴り響く。

 いけ、いけ! あと少しで攻撃が届く。

 一、二。

「「はああああ!」」

 タイミングを見計らい、二人同時に攻撃を仕掛ける。


 カン!


 とまた違う音色が鳴る。

 それと同時に忍者のクナイは手からはじき落とされた。


 とどめだ!

 俺は短剣を振りかざす。

 直後俺の手は短剣を持っていなかった。

 はじき落とされたのだ。

 見ると元々追っていた狼がそこにいた。

「やあああ!」

 灯もすかさず攻撃するが、忍者はその場で攻撃を躱した。

「ワン!」

 狼が吠える。

 忍者は刺さっていた手裏剣を抜き、狼の傍へ跳ぶ。

「そこまでだ」

 忍者は喋った。

 どうやら敵対の意思はないようだ。

 俺たちは武器を下した。

「悪い悪い。少し試させてもらったよ」

「何を、ですか?」

 灯が不服そうに尋ねる。

「タッグとしての強さかな」

「俺たちなんてまだまだでしょう?」

 なんせまだ少ししか一緒に戦っていないのだから。

 忍者は少し考えるようなそぶりをしてから言った。

「いや、中々なものだと思うよ」

「やったね、ライト」

「え、あ、ありがとうございます」

 なんでだ。正直追い詰めたと言っても、相手方も奥の手を隠していたわけで、それに実力は、あっちのほうが完全に勝っている。

「あの、すみませんけど理由をきいてもいいですか? 俺たちは完全に貴方に敵わなかったと思うんですけど」

「そうかもしれないね。けど、単純な戦闘能力を言っているんじゃないんだよ」

「じゃあ何を?」

 灯が不思議そうに聞く。

「それは二人のタッグとしての連携力だね」

 その言葉に灯は嬉しそうに微笑む。

 忍者は続ける。

「私に一瞬の隙が生まれた時、それを見逃さずにライト、君は一気に距離を詰め、攻撃に踏み切ったよね。それが私が二人を評価する理由だよ」

「なるほど。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 灯も俺に重ねてお礼を言った。

「けどね、君たちには迷いが見える。特にライト、君の心の剣はなまくらだ。それでは、いうことは言った。さらば!」

 そう言い残し忍者は姿を消した。

 何だったんだ。

 俺はさっぱりわからなかった。なぜゲームをしてまでこんなことを言われるのか。

 そりゃあよく言われたもんだ。「何になりたいか?」と。でも俺はゲームをしていたいと思っていた。それだけが俺の長い年月をかけてきたものだったから。

 ただ、それでいて一つも実績という実績はない。

「なんなんだ俺は……」

 無意識に口から言葉がこぼれる。

 一気に気持ちが落ち込んだ。まさかゲームをしていてこんなことになるなんて誰も思わないよな。

「ライト?」

 心配そうな眼差しで俺を見つめる。

「灯、俺は、俺が何なのかわからない」

 はは、こんなこと灯に言っても仕方ないのにな。

 地べたに座り込んで上を見上げる。木の葉の間からきらきらと太陽が輝いている。

 灯もその隣に座り込む。

 今まで隣に誰かがいてくれたことがあっただろうか。

 ……いや、俺がそれを拒んだんだ。

 さっきみたいに分かるはずがないって言って。


 わからない。

 俺はゲームだけにいろいろなものをつぎ込んできた。

 それが正しかったのか。

 それで本当に良かったのか。

 ほかにも何かできることがあったんじゃないだろうか。

 

 ゲームがしたいからと、人との関りをおろそかにした。

 勉学を適当にこなした。仕事もそうだ。

「わからない」

 頭が雑に塗りつぶされた絵みたいにぐちゃぐちゃになる。

 きっと今まで見えないようにしていただけなんだと思う。それが今になって見えるようになって。けど、見えないほうがよかった。

「ライト、どうしたの?」

 灯はやっぱりよくわかってないようだ。AIだもんな。仕方ない。

「灯、俺は何がしたいんだろうな」

 灯は首をかしげる。

「ライトは私のそばに居たいって言ってたじゃん」

「ああ、確かにそうだ。けどそれだけじゃ……」

 灯が黙り込む。

「どうした、灯?」

「それだけじゃない。その気持ちを大事にしなかったら、私なんて何のためにここにいるの?」

「……ごめん」

 今のはまずかった。どうしようか。一度ログアウトして、それからまた。

 いや、また俺はこのゲームを起動することがあるのだろうか。

 とりあえず一度村に戻ろう。


 名もなき村。

 村まで戻ってきた。

 その道中、二人ともが何もしゃべらなかった。仕方ないが。

 ただ一つ思ったことがある。

 俺、一度一人でこのゲームを少し見たい。

「……というわけで村で待っていてくれないか?」

「わかった。ライトがそういうなら待ってる」

 俺は灯を村で待っているように頼み、村から続いている一本道を進んでいくことにした。

 

 

 

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