第2話 君のそばに

 転移した先は小さな村だった。

 RPGでよくありがちな村という感じで、それほど栄えているように見えるわけではないものの、道行く人はみな生き生きしているように見える。

 俺は急いでマップを確認する。

「名もなき村?」

「そうみたいだね」

 どういうことだろう。大体名前くらいはついているのが普通だと思うんだが。

「不思議そうだね」

 灯はそう言い、体を傾けて俺の顔を見る。

 それから俺の前方に移動した。

「説明するね」

「あ、お願いします」

 灯がムッとなる。

「敬語」

 灯がポツリと言った。

 これもダメなのか。

「灯、きびしいね」

「ちょっとかしこまった感じだったから、気になって」

「わかった。じゃあ説明頼む……これで、どう?」

「合格! じゃあ始めるね」

 どうやら灯のお眼鏡にかなったらしい。

 普通に話してるけど、一応AIだからな。

 ちょっと融通きかないところもあるのかもな。

「多分ゲームのPR情報とかにもあったと思うんだけど、このゲームは色々なことがプレイヤーごと独自に進行していくんだ」

「で、プレイヤーがそれぞれ最初に転移するところっていうのは一つの世界の形として独立しているんだよ」

「灯、ちょっといいか?」

「なに?」

「それじゃあマルチプレイとかはどうなるんだ? 今の話を聞いてて、そういえば他のプレイヤーを見かけないと思ってたんだが」

「それはね、誰かの世界に参加する。または招待することで一緒に冒険することができるようになるんだ」

「だから、誰かの世界でずっと一緒に冒険すれば、それに対応した世界の変化が起きたりする」

「へぇ~、そんなことができるのか。なんというか、流石だな、灯も含めて」

「えへへ、ありがと」

 ちょっと照れくさそうに笑う灯。

 ほんと、AIだなんて言われても、疑っちゃうくらい凄い。

「で、プレイヤーが何か功績を残せば、名がついたりするんだけど、特に何もしなければ名前がつかないままになったりするの」

「そうなのか。でも特に何かをしなくちゃいけないわけじゃないんだよな?」

「そうだね。それで、逆に名前がもともとついてる町とかエリアがあるんだけど、そういった所は、特に名前が変わるとかそういうことは起きづらくなってるね」

「なるほど、ありがとう」

「どういたしまして」

「それで、ライトはこれからどうするの?」

 灯は小首を傾げてそう言った。

 どうするか。特に指定された試練とかクエストとかもないらしいしな。

「とりあえず探索でもするか」

「わかった」

 俺たちは村の道を歩き出した。

 適当に周りの散策もついでにするか。

「それにしても何の変哲もない村だな」

「そうなんだ、私にはよくわからないけど」

「そうだよなぁ、普通とか言われても普通を見たことないし、まぁでもこれは普通に見えるよ」

 そんな風に雑談しながら、しばらく歩いた。

 

 洞窟の入り口らしき大穴がある。

「ライト、あれなにかな?」

「洞窟っぽいけど、行ってみるか」

 村の正面からぐるっと半周くらいしたあたりで見つけた大穴。

 近づいてみると、奥のほうに明かりが見える。

「誰かいるのか?」

「かもしれないね」

 とりあえず奥へと進む。

 すると、左右の壁についている、宝石らしきものが順に光っていく。

「これは明かりか」

「え、わたしじゃないよ?」

 刹那の静寂が訪れる。

「うん、そうじゃない」

「え~と、ライトってことね」

 再び静寂が訪れる。

「うんまぁ、そうだね。照明だね」

 どんだけややこしいんだ。

 まぁこんなことになる状況ってのも、中々ないんだが。


 変なことを言っている間にどうやら奥についたようだ。

「これは、祠か」

「村の祠かな?」

 おそらくそうだろう。

 何よりまだ新しい供物らしきものが置いてある。

「発見したはいいが、特になにも無さそうだな」

「戻る?」

「一応手だけ合わせていくか」

 俺は祭壇らしき物の正面に立つ。

「じゃあ私も」

 そう言い、灯も俺の横に並ぶ。

 何かを願うわけではないがとりあえず目を瞑り、手を合わせる。

 多分灯も、俺の真似をしているのだろう。

 最後にお辞儀をして目を開ける。

「ん?」

 祭壇の前に半透明の羅針盤を手に乗せた爺さんが見える。

 まさか、イベント発生?

「あのお爺さん何者?」

 灯が俺に耳打ちしてくる。

「俺にもわからん」

 そう返してから俺は爺さんに向き直る。

「あの、お爺さん。聞こえるでしょうか」

 声をかけるとお爺さんはゆっくりと俺たちに視線を向ける。

「おぉ、聞こえているぞ」

 灯がすかさず質問を投げる。

「お爺さん何者ですか?」

 大体聞かなくても答えてくれるような気がするが、まぁいいか。

 爺さんは待ってましたとばかりに得意げな顔になる。

「ワシは、しるべの化身、じゃ!」

 導の化身、神様でもないのか。

「それでどうしてここに?」

 きっと何かあるはずだ。クエストとか、アイテムとか、スキルとか色々。

「そうじゃそうじゃ、お主、ライトと言ったな」

「え、なぜ名前を?」

「さっき話しておったじゃろう。そこの灯とやらと」

 そういって爺さんは灯のほうを見た。

 あの爺さんさっきからずっといたのか。

 ていうか、爺さんはさっきの会話ちゃんとわかってるのか? 一応NPCとかもAIだと思うんだが、個人差ってやつか?

「まぁいい。それでじゃ、お主は何になりたい?」

「何になりたい、ですか。それは難しい質問ですね」

 俺は今までほとんどゲームをして過ごしてきたからなぁ、何になりたいと言われるとちょっとすぐには出てこない。

「はいはい! 私はライトのお嫁さんになりたい!」

「え、ちょっと灯、飛ばしすぎじゃない?」

 俺が即座にツッコミ。

 そこに爺さんは追い打ちをかける。

「お主には聞いておらん」

 爺さん冷たいね。ちょっとくらい聞いてやってくれてもいいのに。

「二人そろって、言わなくたっていいじゃん。わかったよ、私、端で座ってるから」

 灯はそう言い、トボトボと端のほうへ行ってしまった。

「さて、再び問おう。お主は何になりたい?」

「う~ん」

 ゲームのプレイスタイルでいえば短剣使いとかだけども、そういうのでいいのか?

「短剣使いとかですかね」

「ほう、それはどんなことをする短剣使いだ?」

 どんな事 、スキルとか攻撃手段とかのことか?

「相手の攻撃を躱し、連続攻撃で強敵をも打ち倒す強さを持つ短剣使いです」

「うむ、そうではない。何を成す短剣使いなのかを聞いているのだ。例えば国を守るだとか、兵士をまとめるだとか、どういった役割を担うのかを聞いているのだ」

 何を成すのかか。

「すみません。俺にはまだわかりません」

 俺の言葉を聞いて、爺さんは一息ついた。

「ふむ、分かった。では探すといい。そして何か望むものが見つかった時、ここにまた参られよ。それではな、ライトと灯」

 そういうと爺さんは再び見えなくなった。まぁ多分見えなくなっただけなんだろうけど。

 望むものか。俺は何がしたいんだろう。

 俺は端っこにちょこんと座っている灯のほうへ歩いた。

「灯、そろそろ行こうか」

「うん」

 また灯と並んで、今度は洞窟の入口へ歩く。

「ねぇライト、やりたいこととか無いの?」

 不意に灯が俺に問う。

「やりたいことねぇ。俺は今までゲームしかしてこなかったからなぁ」

「そっか。でも、なにかこうしたいとか思ったことはないの? 私だったらライトのそばにいたいってことなんだけど」

「う~ん。灯のそばに居たい、っていうのはそうなんだけど、それはきっと望むというよりは望んでいれば、きっと灯はそばにいてくれるから。って思ったんだけど」

 言いながら灯の顔を見る。

 顔がゆるゆるだった。

「あ、ありがとうライト」

「いや、その、うん」

 なんだか気まずい空気になったところで洞窟から外に出た。

 さて、村をもう半周して戻るか。

 俺が足を一歩踏み出したところで灯が言った。

「ねぇライト」

 俺は灯のほうに向きなおる。

「あのさ、ライトはあのお爺さんに何か望むものはあるのかって聞かれて、分からないって言ってたけどさ、きっとわかるよ。私にはそれが何かわからない。それにAIだから、ライト達人間のことは知らないことばっかり。けどね、ライトはさっき私のそばに居たいって言ってくれたから、きっと私にもなにかできるんじゃないかって思うの。だって、ここはライトの世界だから。ライトの世界でライトがしたいこと、きっと見つかるよ」

 そう語る灯は自然な笑顔で、心を洗われるような姿だった。

 やっぱり灯のそばに居たいと心から思った。

「私との結婚とかでもいいけどね?」

「え~と、それはちょっと考えさせて?」

 やっぱりいつもの灯でした。

 俺がやりたいことは何だろう。

 そう考えつつ、灯と村に戻った。

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