恋する乙女、逆行する

 その日は仕事休みで買い物に出かけた。そしてふと思い立って近所の神社に寄ろうと思った。明確な理由は無い。なんとなくだ。ただ、こういう“なんとなく”が明確な理由よりも強い衝動や原動力を秘めていることは多い。人間は奇しくもそういう曖昧なものに振り回されやすい。占いを信じたり信じなかったり、自分の勘を信用したりしなかったり、ジンクスや宗教に従ったり従わなかったり。今回の私の場合は勘に当たるだろう。そしてその勘は結果的にいうと、正しかった。しかしそれが判明するのは──私の体感的には──六年以上先のことである。

 大きな鳥居をくぐり抜けて百以上ある段差の高い階段を登りきればそこに神社はある。あちこち虫が巣食っているが、一応人の手で管理はされているこじんまりとした神社だ。小さな頃から毎年お参りしているが、巫女さんはおろか、神主さんの顔すら滅多に見たことはない。売店もなく、本殿と辛うじてお手水場があるのみ。

 今日は別に特別な日ではない。七月上旬のただの平日。何か神様のような偶像的存在に願うべきことも特に思い当たらなかった。……いや、一つ、思い当たった。先日視た夢のせいで、私はまだ田森くんへの恋心を燻らせていたのだ。この恋心をどうにか消化させたい。あるいは今の田森くんに偶然会うなどして、そして左手の薬指に煌めく結婚指輪なんかを目に留めるなどしてはっきりと諦めさせてほしい。神などという存在は信じていないが、適当に願ってみた。毎年の初詣でも願い事なんて受験以外でしたことはないので、たまには願い事をしてもバチは当たらないだろう。


 あるいは本当に神がいたなら、私の心の奥底の本当の望みを、口に出すことは憚られるその望みを、まさにこの時聞き届けてくれていたのかもしれない。


 踵を返して階段へ向かって歩き出した途端、“下”へ落ちる感覚に襲われた。しかしそれはおかしい。地面の下に穴など無かったはずだ。私は一体どこからどこへ落下しているというのか。幸か不幸か、浮遊感が終わる前に私の意識は途絶えた。


─────

───


 気が付くと地面の上に倒れていた。特に痛いところは無く、怪我も見当たらない。

「ん? なにこれ……」

 自分の腕や足に怪我が無いか確認したわけだが、何かがおかしい。“何か”とは何か。それはズバリ、サイズだ。大きさがおかしいのだ。私の腕はこんなに細かったか? 否。私の足はこんなに細かったか? 否!

 私は自らの身体をまさぐり撫で回した。胸が無くなっていた。いや違う。これは────。

「え。は。っえええーーーーっ」

 思いのままに叫べば、予想よりもずっと甲高く幼い印象の声が響き渡ったのが聞こえる。そう、幼いのだ。声だけではなく、どこもかしこも。そして靴だ。私はこんな幼稚な靴は履かない。しかし見覚えがあるデザインだ。私はこの靴を確かに“履いていた”のだ。昔。ベタだが自分の頬を抓ることで痛みの有無を確認し確信を得た。どうやら私は約二十年の時を遡ったようだということ、その確信を。

 しかし確証が無い。確かめなければ。

「鏡……、鏡……」

 手持ちを漁ってみたが何も持っていなかった。女の子なら鏡くらい持ち歩けとは思ったが、小学生なら仕方あるまい。

 何か鏡の代わりになりそうな物を求めて辺りを見回してみて驚いた。さっきまで私が居た場所だったのだ。つまり神社の敷地のド真ん中である。私は“落下”してなどいなかった。落ちる感覚は幻だった。だがこの姿はどうだ、これは幻か? 夢か? 答えは〈不明〉だ。

「とにかく顔を確認して……」

 私はお手水場の蓋をずらして水面を覗き込んだ。背筋に怖気が走った。ひと目で分かる、子供の顔だった。一体どういうカラクリなんだ。なんだか怖いから早く種明かしをしてくれ。


「……」

 私はしばし本殿を睨み付けたが、何も起こる様子はない。

「はあ」

 溜め息を一つ吐いてみる。心境は変わらない。謎だ。不確定要素で満ちている、それだけだ。神社から見下ろす景色も懐かしいものだった。今はもう無いはずの、駄菓子屋さんや習字だったかそろばんだったかの手習いを教えている古民家もある。そして今はあるはずの駅の新しいトイレや増設された駐輪場が無い。

「はあ」

 また溜め息が漏れてしまった。歳だろうか。体は幼くなっても、人生経験はどうしたって三十年になる。ただ、こういう場合の対処法に関しては人生経験の豊富さより性格がものを言う気がする。私はひとまず落ち着いてはいるが、頭は状況を把握するので精一杯といったところだ。ここからさらに情報を収集してどうすべきかという判断を下すだけの勇気が湧いてこない。なので湧いてくるのを気長に待つことにした。


 最上段の階段に腰を下ろしてから三十分は経ったかな。一時間くらい経ったかもしれない。昔のことを思い返していた。それからこうなる直前のことやあの夢のこと、どうして中学ではなく小学生まで遡ってしまったのかということ。答えは出ないが、まあそれもいいと思える精神状態にはなってきた。夢だったとして、いずれ覚めるならそれまで面白おかしくやり直してみようじゃないか。人生何が起こるか分からない。いつ死んでも後悔しないように生きること、それが私の座右の銘なのだ。


 私は「よっこらせ」と立ち上がって直後感動した。身体が軽い。若い身体って素晴らしいな。

「ひゃっほーー」

 私は若返りを堪能するように階段をジャンプしながら駆け下りた。一度転げ落ちそうになって流石にはしゃぎ過ぎたと反省したりしながら。


 神社から家までは徒歩十分程度。子供の足なら歩いて十五分。しかし子供は歩くことを良しとしない。子供というのは駆け回る生き物だ。無論、私は坂道などものともせず走って帰った。この身体にはそれだけのエネルギーが有り余っているのだ。いや、厳密に言えば違う。エネルギーが多いというわけではなく、大人に比べてエネルギーを放出しやすい身体なのだ。

「ただいまー!」

「ちよちゃん、おかえり」

「……」

 家に帰って靴を脱ぐとお母さんの声がした。私は泣きそうになった。十年ぶりに聞いた懐かしい声。九年前に逝去した母親が扉を開けて元気な姿を覗かせた。

「っ……! ふぇ、お、母さ……っおがあざぁあ゙ーーーん」

 私は思わず駆け出して泣きながらお母さんに抱きついて、そして、泥だらけの格好でなんてことするんだとビンタを食らった。




「夢じゃない、だと……!?」

 一晩寝て起きたら元の体に戻って────はいなかった。

 昨夜、時間割を確認しながら今日の準備をする時に教科書の記名欄を見て知ったことだが、どうやら今は小学五年生らしい。そしてカレンダーを見たところ今は七月。夏休み目前である。

 神社の神様が聞き届けてくれたのは恐らく〈田森圭佑くんと青春がしたかった〉という私の無念だろう。

 叶わないと理解しつつも、諦められなかった恋。それが今、過去ではなく未来にあった。

「夢……じゃない。……叶えられる!?」

 夢のようだ。夢かもしれない。だけど夢の中で全力で恋をして何が悪い? 自分の恋心に対しては誠実に全力を尽くしたい。それでこそ恋の奴隷であり恋する乙女、橘八千代だ。

「よっしゃ! 二度目の平成ばっちこい!」

 寝て起きても元の時間軸に戻らずこの不可思議な現象が継続していたので、この幻がいつ終わるかは分からないけれど田森くんとの青春を叶えるという、現実的になった夢に向けて最大限の努力をしながら、やり直しの人生に挑戦しようと心に決めた。


「私、少年野球やりたい!」

 さしあたって、私が彼と仲良くなる方法は一つしかない。ズバリ、中学で野球部に入ることだ。高校野球では女子は公式試合に出られないそうだが、中学の軟式はそうではない。恐らく中学の野球部にマネージャーは許可されないと思うし、野球を選手としてやってみたかったというのも本音としてある。小学生の頃なら、大手を振って野球が出来る。

 実は彼は私とは別の小学校出身なのだ。私は第一小で、彼は第三小。第一小から中学校へ行くより第三小へ行く方が遠い場所にある。彼の家の場所も何も知らない私には〈中学で野球部に所属していた〉という情報しか無いのだ。なんせ当時話したことはおろか、彼の存在を気にかけたことすら無いのだから。せいぜい三年間のうち数回視界に入ったくらいと言っても過言ではない。

 しかし中学から野球を始める猛者は早々居ないと思うので、彼が小学生の頃からの経験者だという可能性は高いと推測出来る。私自身も同じレベルでスタート出来る程度の実力は持っておきたい。それに第一小は他の小学校に比べて生徒数も多いので、この小学校のチームと仲良くなっておけば、中学の野球部でもいくらか安心なのだ。まあ、ここのチームメイトにいじめられてしまえば中学でも続いてしまうという可能性もあるわけだが、ここで尻込みしていても仕方がない。

 前回の人生では、三十年近く野球に見向きもしない人生だったから、この選択は私の人生をがらりと変えることだろう。

「どうしたのいきなり。あんたが野球? 好きな子でもできたの?」

 流石に鋭い。母の勘、恐るべし。図星を突かれた私は動揺を精一杯隠しながらその場でそれらしく言い訳を糊塗ことする羽目になった。

 とはいえ、元々あれこれと習い事をさせたがる母親だったので、すんなり認可してもらえて結果オーライである。


「ていうか、学校って何時からだっけ?」

 当たり前のように用意された朝ご飯を食べて当たり前のように用意された制服に袖を通してからふと我に返ったので思わずポロリと口から零れた素。

「はあ? あんた大丈夫?」

 お母さんがいつも通り起こしてくれなければ確実に困っただろう。そんな有難い存在にやや訝しげな目を向けられながら黄色い旗を持って玄関に出た。懐かしいな、これ。お兄ちゃんが持ってた頃は班長がすごくかっこよく見えてこれを持ちたがったっけ。この黄色い旗、なんて言うんだっけ。そうそう、班長旗だ。つまり、私は班長なのだ。同じ班に六年生が居ないからだ。そして同じ班の同級生は遅刻常習犯なので真面目が取り柄の私が班長、そういう流れなわけだ。


「行ってきまーす」

 視点が低くて少し新鮮というか懐かしい。玄関の扉も、こんなに大きかっただろうか。私がそれだけ小さくなったということか。背低いもんな、私。今更歩幅が狭いことを実感しながら歩いた。


「あら、行ってらっしゃい」

「行っ……てきます」

 背中にランドセル。黄色い帽子。中身はアラサーなのでとても恥ずかしい。しかし近所のおばさん達は温かい目で声をかけてくれる。私が本当は大人だと知っているのは自分だけ。なら、なるべく子供らしく振る舞うようにしよう。いや、そういえば子供って案外、大人が思うほど子供ではないんだっけ。今思い返せば、かなり性格悪いわって我ながら引くようなこともした覚えがあるぞ。よし、誓おう。もうあんなことはしない。三十年の人生経験で培った価値観と倫理観があればあの頃よりは立派な小学生になれるだろう。むしろなれなきゃおかしい。

 人知れず固い決心をしながら住宅地の道路を進み、集合場所へと到着した。誰も居なかった。遅刻した? 否、そうではない。私以外の皆が遅いのだ。ああ、そういえばいつもこうやって一人で待ちぼうけを食らっていたような気がする。再度体験することで色褪せたはずの記憶が鮮明さを取り戻してきた。あー、めんどうくさいな。それぞれが自由に登校すればいいのに、小学生ってなんで集団登校なんだろう。まあそれは危ないからだよなぁ。

「おはようございます」

「おはよう」

 貞廣さだひろくんが来た。そうそう、大抵はこの子と二人で登校する羽目になっていた。なんたってうちの班はその他三人とも遅刻常習犯なのだから。もうこのまま二人で学校へ向かいたいけれど、班長の責任問題としてそうもいかない。一応、彼らの家へ回って迎えに行くか遅刻欠席の意志を聞くかしなければならないのだ。

「貞廣くん、ここで待てる?」

「はい」

 三年生の貞廣くんは大人しくて真面目な良い子だ。彼の爪の垢を煎じて他の三人に飲ませてやりたいくらい。



 学校は徒歩五分だ。そう、激近である。絵の具を忘れて休み時間に取りに帰ったこともあったなぁ。同じ班のみんなも、班の集合には遅刻しても学校の始業に遅刻したことはないだろう。班の集合時刻が早いんじゃないかって? それはみんなで話し合って決めたのだから文句を付けるのもお門違いというものだ。


 五年一組か二組か、自分の教室はどちらだったろうかと、私は廊下の中途半端な場所で一度立ち止まって腕を組んだ。

「おはよう千代。どうかした? 教室入らないの?」

 トイレと教室の中間あたりで仁王立ちしている私に声をかけてきたのは、雨宮あめみや優子ゆうこだった。ややオマセな────というかエッチなことに興味津々の、顔面偏差値上位陣の一人である。相変わらず可愛いな。

「優子おはよ」

 えーと、確か五年生の時は優子と同じクラスだった気がする。これに賭けるとしよう。

「ね、一緒に入ろ?」

 それとなく提案したはずなのでこれで自然に自分のクラスへ辿り着けるはず。そう思った私はどうやら甘かった。

「なんか千代、雰囲気変わった?」

 優子にそう言われて心臓が飛び上がった。まさかそんなはずない、私の中身が実はアラサーだなんてバレるはずない、大丈夫、大丈夫。

「な、な、どこが?」

 不味い。あからさまに動揺を見せてしまった。こういうポーカーフェイスは小学生の頃の方がひょっとしたら上手かったかもしれないと思った。

「それは分からないけどさ、なーんかこう……ん、まあいいや。行こ」

「う、うん」

 助かった。女の勘というやつだろうか。小学生でも勘は働くのか。嘗めてかかると痛い目を見そうだな。私は気を引き締めてから優子に続いて教室の敷居を跨いだ。


 さて、第二の関門である。自分の席が分からない。こんなことなら遅刻してくるんだった。そうすれば、自分の席しか空いてないから一目瞭然だったのに。

「何してんだよ、橘?」

 教室の後ろでまた仁王立ちして何か妙案が出ないか考え込んでいると、声をかけられた。今度は男子だ。私と同じくランドセルを背負っているので、たった今教室に入ってきたらしい。コイツは確か、えーと、そうそう、古城こじょうだ。

「うーんと、えーと、秘密」

 まさか自分の席がどこか分からないとは言えまい。それは最終手段だ。古城は私を訝しげに見てくる。気が散って考えに集中出来ない。何か情報が手に入るかなと試しに軽い気持ちで尋ねてみた。

「古城の席ってどこだっけ?」

 すると古城は「は?」と言って更にジロジロと私を見てきた。なんだろう、何か失敗しただろうか。

 しかし私はそんな視線に晒される中、ついに妙案を思い付いた。

「あっ、いいこと思い付いた!」

 思わず手を打てば傍に居た古城はビクッとしたが構っていられない。私は近くにいる女友達を求めて見回し、一番後ろの席に座っているしげりんを見付けた。丁度良い、ノリが良くて適任だ。

「しげりんっ、ちょっと来て!」

「んー? 何ー?」

 呼べば、しげりんこと峰重みねしげ詩織しおりが後ろを向いて私を見た。

「私目ぇ瞑るからさ、しげりんが口で誘導して私の席へ導けるかゲームしよ!」

 我ながら天才だと思った。

「しょうがない、付き合ってやるか」

 よしっ。かなりだる重な感じのノリだが朝イチだからだろう。

「その代わりちゃんと教室の入口からスタートね」

「え……うん」

 だる重なわりには自らハードル上げてくるなぁ。私は自分の席にさえ辿り着ければゲームなんてどうでもいいのだけれど。というかもし自分の席に辿り着けなかったらそこでジ・エンドじゃん。その前にどうやって成功か失敗か判断するのよ? しげりんの顔色窺って判断するしかないじゃん。あれ、これ全然妙案じゃなかったかも。でも今更やっぱりやめようなんて言い出せる空気じゃない。

「前へ進めっ! ……ストップっ! 右向け右っ! 前へ進めっ」

 うっわ、しかもこれ超恥ずかしい。私、年甲斐もなく何やってんだろう。

「痛っ」

 自分を情けなく思いながら直進していると、もろに何かに衝突して前のめりになった。人ではないらしい。空席かな。

「ちょっとしげりんー!」

「ごめんごめんっ。痛かった?」

「大丈夫」

 しげりんは遊び感覚だが、私は真剣なのだ。痛みなんか屁でもない。すぐに体勢を戻して指示を待った。

「じゃあ右に一歩進んで」

 なんじゃそら。まあいいか。私は右側へ歩幅分動いた。

「前へ進めー……あ!」

 指示を出した後、しげりんが間の抜けた声を上げた。え? と思う間もなく私はまたもや何かに衝突した。いや違う、今度は“何か”ではなく“誰か”だ。

「ぃたっ……ごめん!」

 目を開けると、目の前にはガタイのいい男子が立っていた。その人物の顔を認識して、思わず「げ」と言いそうになる。

「あ痛っ、骨折れたかも。ちょっとこれどうしてくれるんだよ?」

「……」

 奴の名前は平川ひらかわ大河たいが。まあ、一言で言えばクソガキだ。素人のくせにやたらと演技が上手く、肩を抑えて痛がる素振りを続けている。骨が折れたって? 今の衝撃で折れるような骨なら骨粗鬆症こつそしょうしょう間違いなしなので病院に行けと言いたい。いや、どうでもいいな、そんなことは。こんな生産性の無い会話、面倒極まりないので無視したい。うん、多分小学生の頃の私もそうしたんじゃなかろうか。やれやれだ。

「ごめんって。男の子でしょ、ちょっとやそっとの怪我でピーピー言わないの」

「はあ!? 何様だよお前」

 あらら、大人の対応を心掛けてみたのだが、どうやらなけなしのプライドを傷付けてしまったらしい。平川は憤慨した。

「女のくせに危ねー遊びしてんなよ」

 気付けば、クラスの男子が数人、平川の背後に回っていた。

「はあ? 千代はちゃんと謝ったじゃん! それに言いがかり付けてきたのは平川の方なんだけど?」

「私も見てた! 大体男子っていつもそれじゃん。すーぐ骨折れた骨折れたって。何回骨折してんのよ」

 それを見てクラスの女子がちらほらと私の周囲に群がってくる。私の肩を持ってくれるらしい。それは嬉しいんだけど、なんだこれ。どういう状況? なんでこんなに大事おおごとになってんの? 私は当事者のくせに途端に俯瞰的心境になってその場に棒立ちしていた。


「どうした? 何の騒ぎ?」

 やがて担任の清水しみず先生が教室に入ってきた。遅れてチャイムが鳴り渡る。男子と女子で口論を続けているうちにもうそんな時刻か。



「かくかくしかじかで、元はと言えば私の思い付きが原因なんです。みんなにも迷惑かけてごめんなさい。平川もごめん」

 教師の目に止まってしまったので、騒ぎの原因である私が先生に事情を説明して、先手を打ってクラスメイトに向けて頭を下げた。こういうのは先に謝ったもん勝ちだ。ずる賢いが年の功様々である。

「まあ先生は見ていたわけじゃないから詳しい事情は分からないけど、話を聞く限りでは平川も言うべきことがあるんじゃないか? それとも平川には別の言い分があるのか?」

「……俺も、ふざけてごめん」

 先生が促せば、平川が真顔で謝ってきた。なんだよその真顔は。反省してるのか不満たらたらなのか読めなくて怖いわ。まあ、小学生男子はふざけるのが趣味みたいなとこあるもんね、仕方ないね。うん、仕方ない仕方ない。

「気にしてないよ。私が悪いし」

 そもそも平川がふざけたりしなければ、非は私にしかなかったし、それでなくとも一番反省すべきは私のはた迷惑な思い付きのゲームである。小学生だから殆ど問題視されずに済んだけれど、職場や現場などの仕事の場で同じことをやったら神経を疑われるか大目玉だろう。なので、私が悪いのだ。

「よし。じゃあ席につきなさい」

 最後まで立たされていた私と平川に清水先生がそう言った。

 さてと。平川が着席して、残る空席は一つとなった。本日欠席者はゼロらしい。素晴らしいことだ。

 しかし私は該当の席周辺を視野に入れた瞬間、そこへ向かうのを逡巡してしまった。

「どうした橘? 早く席につけ」

「う……はい」

 懐かしいような気がしなくもないその席へ近づき、おずおずと腰を下ろした。先生が先程のことについて軽く言葉を並べているのを耳半分に聞きながら、ちらりと左側を見る。私の隣の席には、古城が座っていた。隣同士目が合って、古城の何か言いたげな視線を受けた私はなんとも居た堪れなくなってしまった。そうだよね、隣の席の奴に「あんたの席どこだっけ?」なんて言われたら、どういう思惑なのかそりゃ訝しんで考えちゃうよねぇ。ごめんね古城。別に深い意味は無いから。どうか忘れてくれ。




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