プロローグ

 夢を視た。自分は子供の頃の姿になっていて、ある男の子と意識し合って甘酸っぱい感じで少しずつ距離を縮めていって恋仲になる夢だ。両片想いというやつだ。寝る前に久しぶりに少女漫画を読んでいたせいかもしれない。

 夢には続きがあって、恋仲になった後に自然消滅して別れ、その数年後に再会して、お互いの気持ちが変わっていなかったことと周囲の後押しもあり復縁する。


 そこで目が覚めた。目が覚めても、私はまだ夢の中の彼に恋をしていた。

 というか、あの顔、どこかで見たことがある。どこだっただろうか。名前は思い出せない。ええと、そうだ、確か、いや多分、中学校の同級生じゃなかったかな。

 私は寝所から飛び出して中学の卒業アルバムを探して開いた。ページをめくると、意外にもその子はすぐ見付かった。

「いた! ……うわぁ、夢と同じ顔」

 その子は一組だったのだ。名前は田森たもり圭佑けいすけ。そういえばそんな名前の子が居たかな、という程度の記憶だ。同じクラスになったこともなければ会話を交わした覚えすらない。それなのに15年越しにあんな夢を視るなんて、私の頭はどうかしているのではないだろうか。いや、そんなことよりも。どうかしているのは確からしい。何故なら私は、どうやら夢の中の田森圭佑くんに本気で惚れてしまったらしいからだ。

 夢の中の彼と実際の田森くんは別人だ。私は田森くんと話したことがないのだから当然のことだ。だけど不思議なことに、卒アルのあちらこちらの写真から見つけ出した田森くんを見つめていると、彼の人柄が分かるような気がしてくる。部活動の見開きを隈なく探せば、彼は野球部だった。これも運命だろうか。今や私にとって野球は特別だ。好きな人が野球部だった、それだけのことにこんなにも感動している。

 修学旅行のページや合唱コンクールの写真、体育祭のページなんかも目を皿のようにして田森くんの顔を探していった。

「……」

 全てに目を通した後、なんだか自分の行為がストーカーみたいだということに思い至り、卒アルを閉じた。

 残念だったのは、中学の卒アルには写真以外の卒業文集や将来の夢などの個人コーナー枠が全く無かったことだ。これでは本当に顔と名前しか情報が無いではないか。

 私はそれから毎日のようになんとはなしに中学の卒アルを開いてしまう日々を過ごした。

田森くん、今は何してるんだろう。どんな大人になってるんだろう。結婚してるかな、……してるだろうな。

 私は寂しい三十路の独身女だけど。出会い無いからそもそも結婚したいと思う人居なくて結婚願望とか無いけどさ。一人好きだし。……別に寂しくないもん。


 私は田森圭佑くんの何も知らないはずだ。朝に強いとか弱いとか、階段は左足からか右足からかとか、右利きか左利きかとか、得意なこと不得意なこと、好きなこと嫌いなこと、家族構成、友人関係、将来の夢……何一つ知らないのだ。だけど────いや、だからこそ知りたい。これはもう完全に恋に落ちていると自覚するが、同時に叶わない恋だということも理解出来ている。なにせ私は、夢の中に登場した────田森圭佑くんに恋をしているのだから。




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