第6話 初勤務終了
起された岡田はデスクに戻り、マニュアルを読んだ。
どうも妖怪と共に捜査する際にかなりエチケットマナーなどに注意が必要でその説明がマニュアルの大半を占めていた。
特捜部発足時にかなり人間と妖怪の間でやばいいざこざが起き、死者が出る騒ぎがあったらしい。
Y 事案特捜部の勤務はやや変則で岡田がやって来た日は片桐班は24時間勤務の日であった。
もう一つの班が12時間勤務で現在起きている未解決事案の聞き込みなどをしていたようで外に出ている。
片桐が今月のシフト表を岡田のデスクに置いた。
今日は朝の7時に勤務開けだ。
そして24時間後にまた今度は朝の7時から12時間勤務。
その翌日は午後7時からの12時間勤務。
3日か4日に一度完全にオフがあるが実質は待機と言う状況のようだ。
まぁ、その間に事案が発生すれば、または未解決事案を担当すれば出勤となる。
だが、これは岡田より一足先に刑事課に移動した同期から話は聞いているのでさほど驚かなかった。
それと別に岡田の研修日程が記入された紙がデスクに置かれた。
「岡田、勤務の間を縫って新人研修を行うからな。
まぁ、色々と特殊な装備が有るからな。
早い所使い方を覚えなければならんのだ。」
片桐が岡田に言うが、岡田は片桐の背中が気になって仕方がなかった。
「何を気にしているんじゃ。」
片桐の袖口から人面爺の小さくなった顔を出て岡田に尋ねた。
「ひぃ、いや…その…。」
人面爺がニヤリとした。
「ふん、お前はこんな恐ろしい爺が背中に張り付いて…とか思っているんじゃろう。
しかし、わしも心得ておるから片桐が薄着や水着の時は…まぁ、男と遊ぶ時は表面に浮かび上がらんから大丈夫なんじゃ。」
「人面爺、皮が突っ張るからその辺りにして背中に戻れ。
岡田、まぁ、そう言う事だ。
人面爺の分まで食わないといかんから大食らいになった程度で日常生活にさして不満はないぞ。」
そして、人面爺が顔をひっこめた片桐がスマホと薄い腕時計のような物を岡田の前に置いた。
「緊急呼び出し用のスマホだ。
私用で使うなよ。
後、これはスマホと連動している。
常に腕に巻いて置け。
風呂に入る時も寝る時もいつもだ。
連絡がつかないなんて事は許さないからな。
それと…。」
片桐が車のキーと簡単な地図を書いた紙を置いた。
「今日はこれに乗って帰れ。
駐車場を見ればキーについたナンバーの車がある。
これから通勤退勤時はこの車を使え。
この地図に印が付いた駐車場を契約してある。
お前のアパートから徒歩3分以内だからな。
緊急呼び出しで現場に急行してそのまま捜査に入る可能性もあるから色々といじってある。
トランクに必要最小限の装備が入っている。
友達や彼女を乗せて私用のドライブなどに使うなよ。
トランクの装備箱はお前が研修を終わるまで開かないようになってはいるがな。」
なるほど、通勤用の車まで貸してくれるのか…なんか至れり尽くせりな感じだなと岡田は思った。
片桐が岡田の気持ちを見透かしたようににやりとした。
「岡田、まぁ、ここは警察の中で今の所一番殉職率が高い部署だからな。」
岡田は片桐の笑顔を見つめたまま固まった。
「岡田、それとな、Y事案特捜部に入ったら元同僚などが色々とここがどんな所か聞いてくる奴らがいると思うが、あまり話さない様にしろ。
まぁ、お前が半年でも生きていたら誰もおまえの話を信じなくなると思うがな。」
岡田は何か止めを刺された感じがした。
やがて午前6時を回った時に聞き込みや張り込みをしていた別の班が戻って来て紹介された。
なんと言うか色々と個性的なメンバーで岡田は殆ど頭に入らなかった。
そのうち時間をかけて覚える様にしよう。
熊夜叉が大きな伸びをした。
「ふぅあ~そろそろ勤務終了だな。」
そう言うと熊夜叉の身体が見る見ると縮んで、中年の顔立ちが濃い男の顔になり、体も普通の人間らしくなり、服もぶかぶかになった。
だが、熊夜叉の頭にはディ〇ニーラン〇の気取った笑い声をあげる変なねずみ、〇ッキーマ〇スの被り物を付けた浮かれたリア充のように耳が飛び出したままで時々ぴょこぴょこと動き、なんか不似合いに可愛らしい感じになった。
「あの…熊夜叉さん…。」
「ああ、これか、退勤してプライベートで外を歩く時は俺はこの姿になるよ。
俺は昔々アイヌの猟師だったからな。
帰る時はサイズがあった服に着替えるさ。
だが、どうも耳だけが上手く引っ込まなくてな。
人間の姿に変化するのは少し窮屈なんだが、街を歩くにしても交通機関に乗るにしても飲食店に入るにしてもこの姿の方が便利なんだ。
ガールズバーではこの耳は結構可愛いと人気なんだぜ。」
「はぁ…。」
「まぁ、俺はまだまだ人間の姿をするのが苦手だがな、絵美里タンほどうまく出来ればな~。」
「ええ!あの可愛い感じの女性ですかぁ?
やっぱり…妖怪なんですか?」
熊夜叉が岡田を見てにやりとした。
「なんだ岡田、もう絵美里タンにあったのか…あのな、彼女が本来の姿になったら…お前…腰を抜かすと思うぞ。」
「え…。」
熊夜叉がにやにやしながら続けた。
「俺は妖怪になってまだ400年だが、絵美里タンは竜になって1700年以上と聞いているからな…まぁ、見かけに騙されるなよ。
ここで絵美里タンの真の姿を見た奴は俺も含めていないが…スゲエでかくてスゲエおっかないらしいな。」
やがて退勤時間になり、岡田は洗濯した私服を取りに行った。
ランドリーでは岡田の服がきちんと乾燥されて折りたたんであった。
竜宮絵美里が狼の子供の脇にひもを通してロープに並べて吊り下げてあり、ドライヤーで乾かしていた。
「あら、岡田さん、お洋服そこに置いておきましたよ~。」
竜宮絵美里が岡田を見てにっこりとした。
「うわ、竜宮絵美里さん、ありがとうございます!」
「水臭いな~!絵美里タンて呼んでくださいですよ~!
ここでは皆がそう呼んでいるから~!」
笑顔の絵美里タンの後ろでまた竜のしっぽが飛び出て犬のように左右に振られた。
「あ…はい、絵美里タン、ありがとうございます。」
「うふふ、なんくるないさ~!」
そう言いながら絵美里タンはもぞもぞ動き出した狼の子供にポケットから出した小さいスプレーを吹きかけた。
「ほらほら、乾くまでもう少し寝ていなさいね~!
岡田さん、お疲れさまでした~!
ババンババンバンバン!ハ~ビバノンノン!
なぁにぃ~!やっちまったな~!」
絵美里タンはよく判らない鼻歌を歌い、時々踊っていた。
竜のしっぽは引っ込んでいた。
岡田はロッカールームで私服に着替え、地下駐車場に出るとキーについたナンバーの車を探した。
隅の方の深いブルーのボルボ240セダンがそれであった。
中々渋いな…。
岡田はボルボの周りを一回りしてその武骨な姿に見惚れた。
そして今までは川口市から加須まで電車通勤だったのが車通勤に昇格した喜びをかみしめた。
ドアを開けると助手席の足元にカバーがあり、それを上げるとマグネット式の回転灯が置いてあった。
なるほど、覆面パトカーか…。
ハンドル横にスイッチがある。
どうやらこれがサイレンの様だ。
試しにスイッチを入れると、あの改造ハイエースパトカーと同じ豚が絞殺されるような聞くに堪えない耳障りなサイレンが鳴って、顔をひきつらせた岡田は慌ててスイッチを切った。
「岡田!ここでサイレン鳴らすんじゃねえよ!
それじゃ、お疲れ!」
真っ赤なダッジチャージャーに乗った熊夜叉が岡田に声を掛けて駐車場を出て行った。
岡田はため息をつき、〒3○3‐○○○○埼玉県川口市安〇〇根〇12○○番の自宅アパートにボルボを走らせて帰った。
見た目は普通だが、どうやら小型のターボが2つ付いているようでアクセルを踏み込むと2連のブースト系の針が跳ね上がり、物凄い加速を見せるがしなやかにセッティングされたサスはその狂暴なトルクを難なく受け止め決して尻を振る事も無くスムーズに加速した。
とても草臥れているが岡田は少し遠回りをして運転を楽しみたくなった。
あれだけ怖い思いもしたし2回も失神したし1回失禁したし、少しドライブを楽しんでも罰は当たらないよな…。
誰かが入れていたのか、カーCD!が入っていて岡田がスイッチを入れると、ビーチボーイズの『ファンファンファン』が流れて来てたちまち辺りの景色がさいたま市浦和区から夏のアメリカ西海岸になった。
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