第4話 初仕事初失神初失禁

豚の悲鳴のようなサイレンを響かせ、改造ハイエースのパトカーは走っていた。


「岡田、Y事案特捜部の勤務マニュアルだ落ち着いたら読め。」


片桐が分厚いファイルを取り出すと岡田のひざ元に放り投げた。


『妖怪は友達だよ!仲良く捜査をしようね!』という表題が付いていて、人間警察官と妖怪警察官のかわいいキャラクターが肩を組んでいるイラストが付いていた。


「ぐふふ、全部読み終わるまでお前が生きていれば良いのだけどな。

 あるいは発狂しなければ…。」


後ろの席で熊夜叉が笑った。

岡田は引きつった顔でマニュアルの表紙を見た。


やがて改造したハイエースパトカーは〒333-0816埼玉県川口市差間2丁目15-45の東沼神社からほど近い豪邸の前についた。


既に通常のパトカーが数台来ていて周囲を封鎖していた。

近所の住民のやじ馬がちらほらといて屋敷を見てひそひそ話をしていた。


ハイエースから降り立った片桐と熊夜叉と岡田が封鎖線の警官達に近づいて行く。

警官達は熊夜叉を見て恐怖を感じて身じろぎしながら敬礼をした。


「Y事案特捜部だ!

 現場はこの家か?」


一番階級が上らしい警官が敬礼をしながら答えた。


「は!こちらの家の留守番の家政婦から通報がありました!

 家主の源田という家族はハワイに旅行中との事で…。」

「私らで現状を調べる。

 状況の説明は家政婦から聞かせてもらおう。」


片桐が言うと、警官が怯え切った50代の家政婦をパトカーから連れて来た。


「こちらは通報者です。」

「よし、中はどんな具合何ですか?」


片桐が尋ねると家政婦がやはり怯えた眼付きで熊夜叉を見ながら状況を説明した。


「あの…あの…ご主人様たちはお出かけなので私はリビングの大きいテレビで録画しておいたお笑い番組を見ていたんです…そうしたらいきなり壁から髪の毛を振り乱した女の化け物が出てきて…お前はこんなのが面白いのか~!とか怒鳴って暴れ始めて…。」


熊夜叉が化け物と言う言葉に反応して牙を剥き出し凄んだ。

やはり妖怪は化け物と言われると気を悪くするらしい。


家政婦がヒィ!と小さく叫ぶと同時に屋敷の中から何かを激しく壊す音が聞こえて来た。


話しを聞いていた片桐が苦笑を浮かべた。


「やれやれ、大体のところは判りました。

 熊夜叉、様子を見に行くぞ。

 岡田はここで暫く待機だ。」


片桐と熊夜叉が屋敷の中に入って行った。

一瞬屋敷は静かになったが、また物を壊す音が聞こえて来た。


片桐と熊夜叉が苦笑いを浮かべて顔を振りながら出て来た。


そして怯えた家政婦に言った。


「大丈夫ですあれは妖怪ではありません。

 ただの幽霊ですよ。」


家政婦が引きつった顔で叫んだ。


「妖怪だろうと幽霊だろうと化け物に変わらないじゃないの!

 何とかしてください!」


熊夜叉が牙を剥き出しながら家政婦に言った。


「家政婦さん、幽霊は最低でも100年経たないと妖怪になれないんですよ。

 それに、化け物じゃなくて妖怪ね。」


家政婦が熊夜叉の顔を見て立ったまま失神して警官にパトカーに連れて行かれた。

片桐が改造ハイエースパトカーに歩いて行き後部ドアを開けた。

荷室には頑丈な幾つかの箱の他に乱雑に色々な物が入っているスーパーの買い物かごがあり、片桐がその中を漁った。


やがてかごの中からスプレー缶を取り出し振って見て中身が入っているのを確認すると岡田と熊夜叉の所に戻って来た。


「岡田、安心しろ。

 これはY事案では無くてU事案だ。

 お前の初仕事に丁度良いな。

 仕事と言えないほど簡単だ。」

「…それは…。」


尋ねる岡田に熊夜叉が答えた。


「相手が妖怪でなくてただの幽霊と言う事だよ。」

「でも幽霊ってローマ字で書くとやっぱり最初はY…。」


片桐が少しイラついた声音で答えた。


「細かい事はどうでも良いんだよ。

 お前ひとりでも安全に処理できる事案と言う事だ。

 やって来い。」


片桐がスプレー缶を岡田の手に押し付けた。


「これは強制昇天スプレーだ。

 どうも奴は興奮していてな。

 あの家政婦がとんでもなくくだらないお笑いを見てゲラゲラ笑っていたのがとても気に入らなかったようだ。

 屋敷から退去するか大人しくしているようにとの我々の説得に全く応じないから手っ取り早く昇天させて来い。

 このスプレー、かなり使っているがまだ足りるだろう。

 これを奴に吹きかけろ。

 ゴキジェットの要領でな。」

「え?ええええ?

 自分がひとりでですかぁ?」

「良いからやって来いって言ってんだよ!」


片桐に尻を蹴飛ばされて岡田はスプレー缶を握りしめて屋敷に入って行った。


岡田は余りの恐怖に何か思いついた魔除けの呪文を小声で唱えた。


「う~エロイムエッサイムエロイムエッサイムエロイムエッサイム…。」


だが、その言葉が地獄から悪魔を召喚する時の呪文だった事を岡田は知らない。


リビングから何かを壊す物音が聞こえてきている。

岡田がスプレーを構えてリビングを覗くと髪を振り乱した若い女の幽霊が悪鬼の形相で悪態をつきながら大型77インチテレビをガスガスと蹴り続けていた。


岡田が覚悟を決めてスプレーを構えてリビングに突入した。


「動くな!

 観念しろ!

 …うわぁあああああああ!

 うわぁああああああ!

 エロイムエッサイムエロイムエッサイムエロイムエッサイム!

 ヒィイイイイイイ~!」


女の幽霊が岡田に振り返り鬼の形相で髪を振り乱して襲い掛かった。


岡田はスプレーを女幽霊に噴射し続けた。

それは霧と言うよりも液体のような感じで女幽霊はみるみるとべたつき、苦しんだが…スプレーから液体が出なくなった。


使い切ってしまったのだ。


べとついた女幽霊は岡田に飛びつき、べったりと張り付いて鬼の形相で岡田の顔を間近に見ながら固まり始めた。

しかし、女幽霊の口からンバァアアアアア~と弱々しく呪詛の叫びが岡田の耳元に聞こえてくる。


「うわぁあああああ!

 うわぁああああああ~!」


自分の顔すぐ横数センチに女幽霊の顔を見ながら岡田はパニックに陥り女幽霊を張り付けたまま屋敷から飛び出した。


見物人や警官達から気味悪い岡田の姿にどよめきが漏れた。


「岡田、ちょっとスプレーが足りなかったかな?

 まぁ、硬化が始まっているし、時間が経てば昇天して消滅するから心配するな。」


片桐の言葉に岡田が尋ねた。


「じじじじ時間が経てばって…どのくらいなんですかぁあああああ!」


熊夜叉が代わりに答えた。


「2時間10分位で消えるぞ。」


岡田は失神、そして失禁した。


「大丈夫なのかこいつ…。」


片桐がため息をついた。


「本当に大丈夫なのかこいつ…。」


熊夜叉もため息をついた。


「本当にこんなので大丈夫じゃろうか…。」


どこからか重々しい老人のため息交じりの声も聞こえた。














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