#2 ED8のクリア条件

 黒服の男を中心点とした半径5メートルほどの円形に、ワタシたちは立っていた。

 空は球体に閉じられ、小さな惑星のようにゆっくりと回転している。


 黒服の男は相変わらず大柄な体躯くねくねとくねらせ、にちゃりと笑みを浮かべる。笹の葉のように切れ長な目つきと、苺のような鼻。三日月のような口は人間の顔とは思えないほど無機質なものに見えた。

 そして黒服を纏った躰は2メートル以上はあるのではないか、とても高身長で細長ぐ気色悪い。

 

「スミサキアカネさん。4月26日の11時8分。アナタは自宅マンションの9階ベランダに赴きました。あそこがクリア条件に指定されたクリアポイントだったのです」

「はぁ…?」


「あれ。あんまり嬉しそうじゃありませんねぇ。クリアしたんですよ。獲得経験値やクリアボーナスがたくさん付与されてウハウハじゃありませんか」

 

 そうか、わかった。この男は他人に説明するのが下手なのだ。どう考えても、いきなり人生クリアおめでとうと言われて、嬉しいやったぁひゃっほおぉ!なんて喜ぶ人間がいるはずがない。

 誰だって状況を理解できないだろうし、何なら恐怖ですらある目の前の現実(?)を受け止めることは至難の業だろう。


「わかった。ひとまずクリアなのね、ありがとう。でも先にルールを説明してくれない?ゲームなんでしょ、これ。それにアナタ名前なんていうの?急に現れて名乗りもしないで色々話されても耳を貸す気になれないわ」


 言いたいことはハッキリ言う。久々に他人と話したけれど、もやもやしたまま他人の話を聞いているのは苦痛でしかない。

 黒服の男は少したじろぎはしたものの、すぐに嬉しそうに伸び縮みを始め、興奮しているようだ。


「うはははははははははははははははははははははっはあっははははっはっははははっははははははははははっははっははっはははっはっははははははっははっはあ!!こんなに味わい深い気分な日はいつぶりだろう!名前、そう名前を知りたいんですね、この私の!」

「私は【夜にいなくなる鳥】という名前をもっています!どうです、素敵な名前でしょう!」


 狂ったように笑い転げる男を無視して、ワタシは話を促す。

「じゃあ、略して夜鳥(よどり)さんね。で、このゲームはどういうものなの」


「ぷぷぷぷぷっひゃはは!つまりですね、スミサキアカネさん。アナタの住んでいるあのマンションの、アナタの部屋には、アナタがこれから迎える人生という名のシナリオを分岐させる、重要なポイントがたくさん散りばめられてます!」

「シナリオを分岐?ノベルゲームか何か?」


「まぁ、そう捉えられても良いでしょう。スミサキさんが今回クリアして迎えたエンドは、ED8【ベランダの一生も悪くないもんだ】です。そしてクリア条件ですが、散々部屋に引きこもった挙句にマンションのベランダに出て日光浴をする、です」


 いや、確かに天気は良かったけど別に日光浴がしたくてベランダに出たわけではない。飛び降りようと出ただけだ。たまたま条件が被っただけではないか。

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