第15話 徳島城公園狸騒動・変化(へんげ)の巻
数日後。
鳴門の県民体育館で高校野球県予選の抽選が行われた。店の古いテレビから流れるニュースには、例によって揺れる画面の中、抽選のくじ引きに立ったキャプテンの中に、蜂須賀商業・梅沢喜一の姿が映った。
レギュラーからは外れたが、キャプテンとしてベンチ入りするんだ――
おミヨは母校・
月が変わり、数日後には県予選が始まるという日。ちょうどおミヨの休日で、いつもの通り古くさい花柄のトップに唐草模様のアラビアンパンツ、背中にバットケースというセコハン寄せ集めの微妙ないでたちで店の扉を開けた。空を仰ぐと、雲行きが心なしかあやしい。鷲の門の方向に歩みを進めると、右側の新聞販売店の壁にでかでかと貼り出された高校野球県予選組み合わせ表と、去年の予選決勝の写真――梅沢の放った逆転ホームランの瞬間――が目に入った。
どきん、と胸が鳴って、おミヨはあわてて組み合わせ表の方に視線を移した。
――タチノーの相手、小松島の学校かあ。
海四さんに頼んだら、タチノーの試合だけでも見に行かせてもらえるやろか?
おミヨは素早く試合日程と球場をチェックした。
――蜂須賀商業、鳴門と美馬の学校の勝者と当たるんや……
胸の高鳴りが抑え切れない。
信号が青にかわるや、おミヨは一気に鷲の門に駆け込んだ。
***
鷲の門をくぐると、今日は
岩のように大きな庭石と木立に囲まれた、池と枯山水のある起伏に富んだ庭園。周りを見ると誰もいない。木立の陰にしゃがんでバットケースを置くと、おミヨはそっと狸の姿に戻った。
岩山をぴょこぴょこと上り下りし、池の水をなめては塩辛いと顔をしかめ、人間が立ち入ることのできない枯山水のど真ん中を、尻尾を振り振り駆け回る。
そうしているうちに、次第にイタズラ心が湧いてきた。
おミヨは岩山をよじ登ると、思い切って去年まで慣れ親しんできたいつもの姿――坊主頭の高校球児――に化けた。
バットケースからバットを抜き、タチノーの試合用ユニ姿で枯山水に掛かる石橋の真ん中に立った。ぶん、と思い切り振る。去年の林業実習でイノシシにやられた左足は前より踏ん張りが利かないが、気になるほどではない。
誰もいない。
おミヨは幼稚園の子どもみたいに「一番センター
めっちゃ最高や!
そう、去年は一回戦で当たった徳島市内の学校には勝てたが、二回戦は運悪く阿南の強豪校に当たってしまった。エースはあっけなくノックアウトされ、おミヨは盗塁を悉く阻まれた。唯一の得点は終盤、キャプテンの長打で一塁から快足をとばしてホームインしたおミヨのそれだけだった。この日でおミヨたち三年生部員の夏は終わった……
おミヨはぶんぶんバットを振り回した。
今にも泣きそうな空から、ぽつぽつ雨が降り出してきた。
ついこないだまで、ウチらは太刀野山の実習林でヒーヒー言いながら下草刈りをし、泥んこになって野球の練習をし、ヤマでも里でも数え切れないほどイタズラをしでかしては
雨脚は次第に強まってきた。
おミヨは全く意に介さず、バットで雨を散らしながらぶんぶん振り回した。夏が終わった――なんて簡単に言わんといてほしい、ホンマ、
一番センター谷一くん!
めっちゃ気持ちええ!
――?
雨の音以外の物音、そして人の声。
どんどん近づいてくる。
――なに?
バットを振り回しながら、恐る恐る周りをうかがう。
――?!
いつの間にか、おミヨは雨合羽を着た警察官たちに取り囲まれていた。
「こんにちは。……何してるんですか? そんなものを持って」
おミヨは篠つく雨の中、両手にバットを持ったまま、口も聞けないまま押し黙っていた。
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