第16話 徳島城公園狸騒動・職質の巻

 わけのわからぬままにパトカーに乗せられ、おミヨは裁判所の前の警察署に連れ込まれた。バットもバットケースも取り上げられ、おミヨは渡されたタオルで坊主頭を拭いながら、警察官らに促されるままに署内に入った。


「君、高校生? 名前は?」


「……」


「あんなところで、何してたの?」


「……」


「あんな雨ん中で、ほんと、何しよったの?」


「……」


 おミヨは目をぱちくりさせるだけで、何一つ答えられない。


 ひとりの警察官がおミヨの外見をメモし、それを上司らしい警察官に見せた。

「全く、日和佐ひわさに皇族がおいでて、そっちの警備にガッツリ人もってかれとるのに、ほんまやくたいな……」とぼやく声が聞こえる。


「何も言わへんのか?」


「はい」


「しゃーないなぁ……どれ……ユニフォームの胸にローマ字でTACHINO、左袖んとこに徳島、背番号は8……はぁ」


「県の高野連にでも問い合わせますか?」


「そうしてくれ、……ああめんどくさい」


   ***


 海四みよんはいつまでたっても戻ってこないおミヨに、一体どないしたんやろか? と心配になり始めた。つい最近、公園で刃傷沙汰が起きて、警察のパトロールが増えてきたことを思い出し、身震いがした。


 ――事件にでも巻き込まれたんやろか?


 まさか。あの子に限って。


 海四は自転車にまたがり、公園の方に向かった。

 雨上がりの西の空には、茜色がさし始めている。


 ――高校野球の季節が近づいてきて、里心がついたんやろか? 発作的に汽車に乗って、太刀野山たちのやまに向かったんやろか?


 海四は鷲の門のわきの道から、立体交差をくぐって駅の方に向かった。


 自転車を置いて駅ビルに入ると、蜂須賀商業の制服を着た高校生が二人、海四の目に入った。男子生徒は左手首に白いサポーターをつけ、大きなスポーツバッグを抱えている。隣の女子生徒はソフトボール選手のようなさっぱりとしたベリーショート。二人とも眩しいばかりの小麦色に日焼けしている。


 ――あの子、梅沢くん?


 海四はおミヨを探しながら二人にそっと近づいた。


 ――間違いない。


 梅沢と女子生徒は何か楽しそうに言葉を交わしては笑っている。


 おミヨの姿はどこにもない。

 海四は徳島城公園に向かった。


   ***


 警察の問い合わせに、県高野連は大会前のこのくそ忙しい時に何なん! と言わんばかりの無愛想さで「タチノーは、そう、三野町の太刀野山農林高校ですぅ! 選手登録はえーと……8番は川人かわひと……なんて読むんやこれ? はいはい、川人タエ……多いに英語の英……はい、そうです。ほな!」と電話をガチャ切りした。


 警察官は今度は太刀野山たちのやま農林高校に電話する。


「野球部の川人タエくんですが……」


 電話口から先方のわちゃわちゃぶりが周囲の警官の耳に入る。


藤黒ふじぐろさぁん! 何や知らん、おタエのことで、警察から電話来とるでよ」


「おタエ! またイタズラか?」


「え? なんしに? うち何もしてへんでよ!」


 電話口で藤黒監督とおタエがうゆんうゆん言い合う声が警官たちの耳に入る。


「はい太刀野山農林野球部の藤黒です……おタエ……川人ですか? ここにおりますけど」


「……? ほたらこの子誰?」


「電話に出して下さい」


 警察官は受話器をおミヨに突き出した。


「もしもし? 藤黒です」


「……監督……」


 おミヨは胸が一杯になった。


「……お前、おミヨか?」


「……はい……」


「警察って、おまはん一体何したんや?」


「……何もしてへん……何も……」


   ***


 海四は広い公園を回り、城山のてっぺんまで登ってくまなく探し、阿波おどりの練習に集まる若者たちの群れに割り込んでは聞き込み、バラ園の植え込みを一つ残らずのぞき込んだ。


 おらん。


 足が棒のようになった海四は一旦店に戻った。


 おミヨは戻ってきていない。

 連絡もない。

 いたたまれず、再び店の外に出た。


 空はすっかり真っ暗になっていた。


 レンタカー屋の大奥さんが店のシャッターを閉めている。


「どしたん海四さん?」


 大奥さんに声をかけられた海四は、思わずぼろぼろ涙をこぼした。


 大奥さんに付き添われ陸橋を渡ると、海四は通りの向こうの警察署に入っていった。


 応対に当たった女性警官に、海四はおミヨの名前と特徴――谷一たにいちミヨ、花柄のトップにアラビアンパンツにバットケース、お下げ髪――をひとわたり説明した。

 警官ははたと思い当たったように


「少しお待ち下さい」


 と奥の部屋に向かった。


 奥の部屋に、谷一ミヨ――坊主頭で太刀野山農林高校野球部の試合用ユニに県高野連公認背番号――がいる。


「関係者らしい方がおいでたので、こちらに通してよろしいですか?」


 海四は女性警官に促されて奥の部屋に入った。


 おミヨはガバッと立ち上がって「海四さん!」と叫んだ。


「バカ!」


 海四はおミヨをにらみつけた。


「あんたをどんだけ探した思うてんの! あんなみっちゃん、自分で勝手に化けといて、なんしに自分のことよう説明できんの? あんたのこと、全部うっちゃに説明させるわけ?」


 警察官たちは目が点になっている。


「……そういえば、西阿そらの方に、狸の学校があるて聞いたことがあります…」


 若い警官がおずおずと口を開いた。


「すみません。ウチ、その学校の卒業生です。みんなウチが悪いんです。ごめんなさい! もうしません!」


 おミヨの尻から、夏毛の尻尾が顔を見せた。


 あー、徳島県警って、狸の世話までせなアカンのか、ほんま頭痛うなるわこの県!

 ……おっと、忘れもんですよ!


 警官からバットケースを受け取ると、大奥さんは海四と元の娘姿に戻ったおミヨの間に入り、ふたりの背中を抱えるように陸橋を渡った。


「今日はうちでご飯せんで?」


 三人は裏に回ってレンタカー屋に入った。大奥さんが茹でたたらいうどんを、狭い事務室で肩を寄せ合いながらすすった。



 灼熱の夏はすぐそこに来ている。


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