第18話 チンドン美馬あやかし組

 試合は鳴門南がエラーを突いて得点を重ねると、美馬の狸バッテリーが打って走って点差を縮め、六回終了で九点差。コールドゲームをギリギリで回避しながら終盤の攻防に突入した。


 これを六点差にせな九回までできん! 助っ人外野手同士のカバーリングが少しずつ少しずつ確実になってきて、七回は初めて無得点で抑えることができた。


 その裏、下位打線の外野手たちは、見よう見まねのセーフティバントを試みた。それが鳴門南バッテリーのリズムを崩したのか、三人のうち二人が出塁した。

 トップバッターがランナーを送ると、次打者は粘りに粘って四球を選んで二死満塁。


 打順は三番のピッチャーに。


 火の玉のように顔を紅潮させて打席に入って構えると……球審が「タイム」を宣告し、打者に何ごとか指示をしている。


「あちゃー」


 おミヨは思わずのけぞった。

 打者――別所万作投手の尻に、いつの間にかおなじみのふさふさしたものがゆらゆらしている。

 万作はあわてて尻尾をしまうと、帽子を取って球審に一礼した。


「気合いが入り過ぎるとヤッちゃう子、おるんよね」


 誰に言うでもなくおミヨは呟き、そしてさりげなく自分の尻を点検した。


 プレイ再開。狸や猫ごときでいちいち驚いとったら、徳島で高校野球やかしやってられんわなあ、とおミヨはひとりごちた。


 万作は気合一閃、初球をレフトスタンドに放り込んだ。


 すっかり気を良くした美馬の狸バッテリーは、この後の攻撃を火の玉快速球でピシャリと抑え、敗けはしたものの、見事に九回フルイニングの試合を成立させることができた。


 チンチンドンドンチンドンドンと鉦太鼓が賑やかに鳴り響き、三塁側スタンドもグラウンドの美馬ナインも晴れやかな顔つきだった。


 狸のバッテリーだけは、ほろ苦い表情で勝利に沸く一塁側を見つめていた。


   ***


 ――いかん、試合に夢中で肝心のこと聞くの忘れとった。


 おミヨは引き上げる準備をするチンドン屋の一人に、おそるおそる声をかけた。


「あの……昔、重清に、美馬農林いう学校があったって聞いたんですけど、ご存知でしょうか?」


「知らんなあ」


 若い楽士が首を横に振るとと、チンドン太鼓をくくりつけた中年の楽士が代わりに答えた。


「おまはんは知らんやろ、あの学校が廃校になったの、半世紀も前の話やけんな」


「美馬農林て、野球強かったって聞いたんですけど…」


「強いも強うないもあんた、あそこ昔五回も甲子園行っとるんでよ」


「え、…」


「蜂須賀商業で監督しとった方が美馬農林においでて、それからめきめき強うなったらしいでよ。もう相当昔の話やな。うちんくのおじいちゃんなら少しは知っとるやろか」


 中年の楽士が言うと


「ああそうや、なんか重清の方で、その美馬農林が甲子園に出て何十周年かになるけん、記念碑建てるいう話があったなあ」


 と派手な浴衣に三味線抱えた楽士が口を添える。


「そんな話があるんや、知らんかったなあ」


 若い楽士がそう言うと、三味線の楽士は


「そらそうや、美馬高校は重清ちゃうやん」と答える。


 美馬高校は、美馬農林のあった場所からかなり離れた、吉野川近くの平地に位置している。


「ありがとうございます」


 おミヨはぺこりと一礼すると、球場を出た。

 リュックを降ろしてヒプノサロンいせきのチラシを取り出すと、球場の外を行き交う人々に再びチラシを配り始めた。


「あんた、こんなとこで何しよんの?」


 ふいに後ろから声をかけられた。おミヨはビクンと飛び上がりそうになった。


 高野連? 警察?


「あ! ごめんなさい! もうしません!」


 と米つきバッタのようにペコペコ頭を下げていると、


「あははは、何勘違いしよんの」


 おそるおそる顔を上げたら、さっきのチンドン屋の一行が目の前にいた。


「それ見して」


 あっという間にチラシがチンドン屋のメンバーに行き渡る。


「へえ、ヒプノセラピー……」


「はい」


「おもっしょそうやん」


「ありがとうございます」


「そや、ついでやし、衣装着とるし、うちら宣伝付き合うで」


「そや、これも何かの縁や。していこ」


 中年の楽士は荷物から太鼓を取り出し身体にくくりつけ、浴衣の楽士は三味線の糸の調節を始める。他の楽士もめいめいの楽器を取り出す。


 チンチンドンドン

 チンドンチンドン

 とざい、東西

 夏の高校野球徳島大会

 本日ただいま、地元鳴門の

 鳴門南高校がめでたく

 二回戦に駒をすすめました

 まことに慶賀の至りです

 そこで少しわたしらに

 お耳を拝借させてはいりょ

 チンチンドンドン

 チンドンチンドン

 徳島市は鷲の門から歩いて一分ダッシュで十秒、交通至便の地

 徳島本町の寿司屋の隣

 ヒプノサロンいせきいうたら

 座っただけであなたの

 過去世をピタリ当てます教えます

 新しい人生の扉を開ける

 ヒプノセラピー、

 鳴門でするのもええけれど、

 やっぱりここは蜂須賀様のお膝元

 鷲の門から歩いて一分

 徳島本町ヒプノセラピーいせきで

 あなたの人生始めてみませんか

 チンチンドンドン

 チンドンチンドン


 海四から受け取った100枚ばかりのチラシは、物珍しさも手伝ってか、一時間もしないうちに捌けていった。


「ありがとうございます!助かりました!」


「良かったなあ」


 チンドン屋一行は楽器を片付けはじめる。


「……あの、皆さんのお名前を……」


 おミヨがおずおずと言うと


「ああ、これ」


 と一枚のフライヤーが渡された。


 各種宣伝・賑やかし

 チンドン美馬あやかし組


「ありがとうございます。……あと、皆さんの歌の中で、ヤマの狸がどないやら、いうのがあったと思うのですが……」


「ああ、あれ? あんなん口から出まかせや」


「……あれ、岩倉のべっそのこと違いますか?」


「ちゃうちゃう、べっそはヤマちゃうよ」


 楽士たちはてんでに話し出す。


「あはは、うちらな、けっこうその場の思いつきで歌うとるけん、そんなん歌うたかな? なんてこともあるんよ」


「深い意味はないけん」


「……すみません。あの狸のピッチャーのことかな思うたので」


 おミヨはとっさに思いもしていないことを口にした。


「……あと、重清に甲子園出場の記念碑建てるって、ほんまですか?」


「ああそれ、聞いた話やけん知らんけど、そないな話が出とるらしいな」


「ありがとうございます!」


 おミヨは何度も頭を下げた。



 帰りのバスは、美馬高校ナインと乗り合わせた。


「野球もなかなかおもろいなぁ」


 センターを守ったサッカー部員だ。


「せやろ?」


 狸バッテリーが色めきたった。


「もうちょっと練習したらノーバンのバックホームもできるようなるでよ。秋の大会、どや?」


「せやなぁ……やっぱやめとくわ、ゴールキーパー、わいしかおらんし」


 捕手の市松は気を取り直すように


「サッカーも駅伝もまかしとき。助っ人いつでもバッチ来い、や」


 と胸を叩いた。


「ほんま頼むで!」


 陸上部の大西が二匹を拝んだ。


「そやけどいっぺんぐらいは勝ちたいなぁ……野球で」


 狸の投手が呟くと、捕手が深くうなずいた。



 ウチ、ほんま何も考えんとタチノーで野球ばっかりしてきよったなあ。

 ウチの過去世って、今のウチとどない繋がっとるんやろか?

 何やようわからん。


 ……早う寝よう。


 明日のお日いさんも、きっと今日みたいにピカピカや。


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