読んでいない

▅月▅▅日


 ここ研究所の被検体は毎日のように残酷な実験に使われている。人間の身体であれを受けるのは想像を絶する苦しみだろう。

 しかし、被検体とはそういうものだと納得していた。

 冬桜さんを担当するまでは。

俺は冬桜さんに不幸になってほしくなかった。だからご飯を作ったり、本を貸したりしているが、こんなことは欺瞞でしかない。

 それに、技研で育った俺には外の倫理がわからない。

被検体を、過去の自分を、否定できない。

親代わりの研究員を、家だった研究室を、否定できない。

クソ。今まで全く何も感じなかったのに。

 俺はこれから、どんな顔で冬桜さんを実験室に見送ればいい?


「……お兄、さん……」


 とても沈んだ気持ちで日記を閉じる。

私は偶然、管理担当のお兄さんの日記を読んでしまった。お兄さんが貸してくれた本の中に紛れてしまっていたようだ。

 幸い、今はお兄さんが近くにいない。そっと本のところに置いておこう……


「どこいったかな…あ、冬桜さん、俺の日記知りませんか?」

「それのこと……?」

「あ、これです。……読みました?」


 首を横に振る。

咄嗟のことに、言葉より先に体が動いた。

『人の日記を勝手に読むのは良くない』ってわかっていたのに、それでも読んでしまった。何でだろう。


「よかった……他人の日記は勝手に読んでは駄目ですからね」

「うん……知ってる」


初めて私に優しくしてくれた人。

多分、お兄さんを私は『好き』なんだと思う。

それを言える勇気はないけど、お兄さんに『ありがとう』って言わないと。

 いつか、私もお兄さんに、何かしてあげられたらな。



羽化まで残り▅年。

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