後で食べるから

 研究所で被検体に提供される食事は、三食変わり映えのしない給食だ。

希望すれば管理担当者が作ることも許可されている。

 そして俺はよく、ストレス発散に料理をしていた。自分で食べても仕方味覚がないので同僚に食べてもらっていたが、評判は悪くなかったはずだ。


「そういう訳で…今日の夕食は俺が作ったんですが、お口に合いますか?」

「……おいしい」

「よかったです。あ、おかわりもありますよ?」


今度こそ、彼女は少し笑顔になってくれた。依然としてその目は影に隠れたままだったが。

 そして食事中、初めて彼女から話し掛けられた。


「……お兄さん……」

「ん、どうしましたか?」

「……お兄さんは、食べないの…?」

「あぁ、んーと……俺は後で食べますから、大丈夫ですよ」

「…………」


また黙り込んで、ふっと俯いてしまった。思い上がりかもしれないが、訊いてみた方がいいかもしれない。


「……一緒に食べますか?」

「うん……!」


俺が向かい合って座ると、彼女の口角がにわかに上がる。誰かのために磨いた技術ではなかったが、ここまで喜んでもらえるのは素直に嬉しい。

しかし、どんな人と食べようが、味がしない事に変わりはない。この身体イコル体を久々に恨めしく思った。

 食器を洗っていると、肩をトントンと触れられる。


「………また、作って……ほしい……」

「嫌でなければ毎日でも」

「………本当に……!?」

「俺なんかで良ければ、三食作ってもいいですよ」

「ありがとう……!」


 仄かに彼女の顔は、最初より明るくなったように思える。ただの自己満足に過ぎない行為だが、笑顔でいてくれるならそれでいい。そう思っていた。

 ひと握りの希望が、より深い絶望の鍵になるなんて、その時は考えていなかった。




羽化まで残り▇▇年。

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