円滑な業務

 被検体No.8019。今日から割り当てになった被検体の管理番号だ。俺はどうにも覚えるのが苦手で、顔と番号が一致しない。それだけ被検体の汚染ちから以外、興味がないんだろうか。

そんな事を考えながら、涼神すずかみ詩熾しおりは収容室にノックした。


「8019番、朝の確認です。起きていますか?」


 返事がない。生存確認等々、仕事は山積みなので入らない訳にもいかない。


「……入りますよ」


 部屋には一人の少女がいた。年齢は14歳とカルテに書かれている。

 度重なる実験で心身共に擦り切れ、希望を忘れた表情、

 お洒落とは程遠い被検体用の羽織、

 腰まで届く長い新緑の髪、

 くすんだ宝石のような目、

研究所にいる被検体の典型的な姿だ。

───俺の目が離せなくなったこと以外は。


「今日からあなたの管理担当になります、涼神詩熾です。よろしくお願いします」

「………」


 定型文の挨拶を済ませると、少女は表情一つ変えずに黙り込んでいる。名前すら伝わっていたかどうかわからない。

困った。俺は無口な被検体がとても苦手だ。


「……名前を聞かせてもらってもいいですか?」

「………冬桜、瞳」

「冬桜さんですね。よろしくお願いします」

「…………」


 俯いたままの少女に朝食の載ったプレートを差し出す。健康確認を終えれば朝の業務は終わりだが、もう少し心を開いてほしかった。これでは管理業務にも実験にも、支障をきたしかねない。


「………」


朝食を食べながら、帰らないのか?とでも言いたげにこちらを見ている。


「……もう少しあなたと話がしたいです。これは私情ですので断ってもらっても構いませんが……どうでしょうか……」

「…………いいよ」


初めて彼女が口を開いた。よそよそしい声ではあったものの、一歩前進したと言えるのではないだろうか。


「それでは80……いえ、冬桜さんはいつからここに?」

「…………わからない、気づいたら……」


 幼少期から、という事だ。捨て子か、或いは親は技研に……

どちらにせよ、親の顔は覚えていないだろう。

残酷だが、これもよくある事だ。


「では次に、冬桜さんの……すみません、質問攻めにしてしまいますね。あなたから俺に、聞きたいことがあればどうぞ」

「……お兄さん、何で私と話そうとしたの…?」

「……話せないままだと仕事も大変ですし、お互い話し相手というのは大切ですから」

「………そっか」


 嘘をついた。

初対面の少女に向かって

『あなたのことをもっと知りたい』

なんて口が裂けても言えはしない。

 気のせいか、ほんの少しだけ彼女が微笑んだ気がした。

顔を見ても特にそんな気はないので、本当に気のせいかもしれない。

 会話ができたのだから、これからゆっくり心を開いてもらえばいいだろう。




羽化まであと▇▇年。

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