城塞都市ラスカ

 ラスカは、城塞とはいうものの、実態は村と称してもいいくらいの小さな街だった。街の外周は背の高い市壁に取り囲まれていて、端から端まで歩いて一時間ほどだという。

 秋めいて木々が鮮やかに色づいた街の中心には、件のシェキナ監獄があった。ラスカの市壁ほどではないが、やはり背の高い石造りの城壁に取り囲まれている。その中には、堅牢な建物。上から見ると略正方形になっていて、頂点それぞれに円塔が建っている。


「シェキナ監獄は、もともとは城塞だったのですよ」


 ユーフェミアと二人で訪れたラスカの市庁舎。そこで訪問の理由を説明したヘクターたちは、市庁舎の応接室に案内され、そこで働く職員の魔道士――フェイと名乗った――から街の説明を受けていた。

 成り行きの話題。ヘクターもユーフェミアも拒むことができず、ただ話を聴いていた。


「城に勤める騎士たちの生活を支えるために住居や市ができたのが、ラスカの始まりと言われています。はじめはただの集落の規模だったのが、次第に大きくなり、街へと変化していったのですね」


 そしてその街を取り囲むように城壁ができ、ラスカは今の様相を成したというわけだ。


「シェキナ城は、どうして監獄に……?」

「きっかけは分かりません。が、その頃は戦争はない代わりに、街の治安が良くなかったそうで。悪人たちを閉じ込めておくのに、城の頑丈な造りが都合良かったようですよ」


 その頃には城に主はなく、市を担う市長は街で暮らしていたという。


「それが、次第に魔女を閉じ込めるのに利用されるようになったのですね」


 ユーフェミアは憂鬱そうに溜め息を吐いた。狭く飾り気のない応接室。向かい側の窓へと視線を飛ばす。そこから見える景色、赤い並木の通りを挟んで向かい側に、堀と周壁に囲まれた灰色の建物が見えた。

 この市庁舎は、シェキナ監獄の目の前に造られているのだ。


「いやあ、時代が時代でしたら、我々もあそこに放り込まれていたかもしれませんね」


 フェイは、おどけて後頭部に手をやった。だが、ヘクターもユーフェミアも笑わなかった。ユーフェミアに至っては、想像でもしてしまったのだろうか、それこそ有罪判決を受けたかのような陰気な雰囲気を漂わせている。

 フェイは、気まずそうに乾いた笑い声を上げた。


「それで、監獄から魔法書が出てきたって話ですけれど」


 沈んだ空気を振り払うように、ヘクターは用件を切り出した。


「先にも言ったように、あそこは魔女を収監する監獄でした。そこで魔女たちがどのような扱いを受けてきたのか……詳しいことは横に置いておきますが、とにかく尋問の合間に、こっそり書物を書いていたようで」


 はじめは、シェキナ監獄の歴史を伝える展示物の一つとして、それらを監獄に置いていたという。だが、あるときからラスカの魔道士たちの間で、魔法書の取り扱いが問題となった。魔法文字で書かれた魔法書は、その必要量はさておき、魔力を流し込むだけで簡単に発動する。何かの手違いで発動することがあっては……と問題になり、宮廷魔道士に管理を依頼することになったのだ。


「それでそちらに本を送ったわけですが……何か問題があったんですかね?」

「魔法書と一緒に送ってくださった目録に載っていない本が紛れていたのです」


 ユーフェミアは、例の薄い魔法書をテーブルに置いた。


ラスカそちらの物かと思ったのですが……心当たりはございますか?」


 フェイは身を屈めて本を覗き込み、首を傾げた。


「いや……ありませんね。たぶん監獄から出た本だと思いますが」


 つまり監獄に囚われていた魔女たちの書いたものだということだ。

 由来は分かった。なら、それで充分かと思ったが。


「あの、監獄を調べさせてもらうことはできませんか? できれば、人のいないときに」


 お願いをするユーフェミアを、ヘクターはぽかんと見つめた。彼女は、この魔法書についてまだ調べるつもりなのだ。


「えっ。……いや、どうでしょう」


 関係者に尋ねてみないと、とフェイが食い下がると、ユーフェミアは、お願いします、と頭を下げた。

 いささか面倒臭そうに、フェイは部屋を出ていった。シェキナ監獄を管理している部署に訊いてきてくれるとのことだそうだが。


「そこまでする必要あります?」


 応接室に二人残されて、ヘクターはユーフェミアに尋ねた。何処かの魔女が私的に書いた魔術書など活用の場があるはずもなく、適当にしまっておけば良いと思うわけだが。

 しかし、ユーフェミアは至極真面目な表情で、淡青の表紙を見つめながら答えた。


「何の魔法書か、はっきりさせておかないと」


 果たして監獄を調べただけで分かるものか謎だったが、ユーフェミアはやる気のようだった。付き合う羽目になるな、とヘクターは予感し、また期待が湧き上がる。調査の過程で、何か素晴らしい彼女の活躍を見られるかもしれない。今度こそユーフェミアの〈再臨の魔女〉らしい姿を観察しようと決意する。

 何度期待を裏切られようと、ヘクターは諦めきれなかった。ヘクターにとって、セラフィーナは〝太陽〟だった。遠くからでも鮮烈に大地を照らし出す輝き。だから、セラフィーナの生まれ変わりである〈再臨の魔女〉も、同じ輝きを宿しているのだと信じていた。

 憧れの存在には、それにふさわしい煌めきを有していて欲しい。それが、ヘクターの願いだ。


 さほど待たずに、フェイは戻ってきた。


「えっと……観光客が居ない、夜の間であれば可能だ、とのことですが……」


 ヘクターはユーフェミアと顔を見合わせる。許可が下りたことは喜ばしいが、夜とは。調査には不向きな時間帯だが、無理なお願いに対する最大限の譲歩ということだろうか。

 ユーフェミアは口元に手を当てて考え込み、それから真っ直ぐにフェイを見つめた。


「構いません。お願いします」


 彼女の決意は硬かった。

 フェイはユーフェミアの真剣な様子に面を食らった様子を見せ、それからしぶしぶといった様子で、手配します、と頷いた。

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