第35話 第3回お家会議

 帰宅すると早速土地の資料作成を始めた。作業は順調に進み、由美が帰宅するまでに終わらせることが出来た。


 そして今、少し早いが僕は夕食の支度を始めている。普段は朝食が僕、夕食を由美といった感じで分担しているのだが、今日は僕が担当するという意思表示だ。


 ちなみに献立は彼女の好物であるオムライスの予定。第3回会議に備えて、食事とお土産……最大戦力で迎え撃つ準備は整いつつある。


「先輩、何か手伝う事はありますか?」

「いや、大丈夫だ。菜月の方こそ誰かとチャットしてるんじゃないか?そっちに集中してくれ」

「またそれです。私もキッチンに立たせてくれてもいいのに……」


 やんわりと断ったつもりだが、菜月からは不満の声が上がった。

 彼女には明言していないが僕と由美の間で決めた絶対の掟がある。


『菜月をキッチンに立たせない』


 最初は僕も由美もその申し出に快く応じていたのだ。

 だが、包丁の扱いは見ていてハラハラするし、目を離せば隠し味と言って料理を台無しにする。

 こんな事が続けば、菜月をキッチンに立たせなくなるのは当然の帰結だった。


 ちなみにこの鉄の掟、破ったら1ヶ月間全ての食事を担当しなければいけないという恐怖の罰ゲームが待っている。


「今日は由美のご機嫌を取るのが目的だから、また今度な」


 これでフォローになるか分からないが、分かりやすく頬を膨らませている菜月に声をかけておいた。


 付け合わせのスープとサラダを作った頃、由美が帰宅した。


「ただいま〜」

「お帰り」

「お帰りなさい」

「あれ?なんでパパがキッチンに居るの?」


 既に僕がキッチンに立っている事に由美は疑問を覚えた様だった。


「由美のご機嫌取りに決まっているだろ」

「うわっ、それ自分で言っちゃうんだ……。まぁ、そういう事なら今日の夕飯はお願いしようかな。私着替えてくるね」


 彼女はそう言い残して2階の自分の部屋に上がって行った。


 あまり機嫌が悪い様には見えなかったな。前回の会議はかなり手を焼いたので、今回もそうなるだろうと予想していたがもしかしたら考え過ぎかもしれない。料理に使った道具を洗いながら、僕は淡い期待を抱いた。


 時刻を見れば、まだ17時を回ったばかり。夕食にするにはまだ早い。

 この調子だと第3回会議は食事の前に行われるかもしれないな……。


 着替えだけとの宣言通り、時間を置かずして由美が降りてきた。


「由美、お土産を買ってきたんだが……」

「そうなんだ、ありがとね。でも今はいいや。パパ、洗い物終わったらこっちに来て。第3回会議を始めるから」

「ああ……」


 予想に反してお土産に対してのリアクションも淡白だった。無理して買ってこなくて良かったのではないか?という疑問と不安が頭をぎる。


 不安気に菜月を見たつもりだが、僕の意図はうまく伝わらなかった様だ。

 その証拠に、彼女は『何か文句でもあるのか?』と言いたげな表情かおをしている。

 別に文句を言うつもりではない。大丈夫だって安心させて欲しかっただけなのだが……。


「では、これより第3回お家会議を始めます。本日の議題は、パパの裏切り行為についてです。私に内緒にしろと菜月ちゃんを脅して美味しいランチを食べに行った事について……何か弁解はありますか?」

「いや、その言い方はちょっと……」

「口答えしないで!!パパのした事はそういう事だよ!!」


 分かりやすく頬を膨らませる由美。人は違えどこの光景……さっきも見たな。これって怒る時の流行りだったりするのだろうか?

 それと言い方に悪意しか感じられない。目からハイライトも消えている様子から彼女の怒りの程が窺い知れた。


「その……すまない」


 僕は謝罪の言葉と共に深々と頭を下げた。

 今、むふ……とか聞こえた気がするが気のせいだよな?怒っている……でいいんだよな?


「そ、それでお土産は何?」


 話題の変え方が少し不自然な気がしたものの、藪蛇を恐れ追求は出来なかった。


「焼き菓子だ。有名なパティシエの店らしいのだが……」

「ふ、ふーん」


 自分で聞いた癖に返ってきたのは素っ気ない返事だった。


 とりあえずこのままでは話が進まない為、ゆっくりと顔を上げた。

 すると口角が上がるのを何とか我慢しようとする由美の姿が目に飛び込んでくる。

 お土産の効果を実感しながらも、あえて機嫌を直してもらう方法を尋ねる。


「どうしたら機嫌を直してくれる?」

「えっと……そうしたら私の質問に正直に答えてね」

「分かった、何でも聞いてくれ」

「それじゃ聞くけど、なんであの店にしたの?パパが仕事で行った場所の付近には他にも人気のお店があったのに。まさかとかではないよね?」

「いや、たまたまネットで調べただけだ……」


 『嘘も100回言えば真実となる』という言葉がある。

 菜月の方をチラリと見るが、顔こそ強張っているものの反論の声は上らない。


「ふーん。菜月ちゃんにお肉のワイン煮込みがオススメって言ったんだよね。あれ、コスパ悪いから2度と頼まないって口コミにたくさん書いてあったよ?パパ、本当にネットであのお店を知ったの?」

「…………」

 

 ジッと僕を見つめてくる由美に対し、言葉が出なかった。僕が嘘をついている事を確信している目だ。

 嘘を100回なんて最初から無理な話だったのだと僕は小さく溜息を吐いた。


「菜月、悪かった。実はあの店には付き合っていた凪沙と一緒に行った事があったんだ」

「…………何でそんな嘘を?」


 僕は菜月に謝罪した。それを聞いた菜月は怒っているというよりも悲しそうに問いかけてきた。


「あの店を選んだのは菜月に美味しい食事をご馳走したかったからだ。喜んでくれている君を見て僕まで嬉しくなった。凪沙の事は話せば、この楽しかった時間が台無しになってしまう気がして。結局言い出せなかった」

「……そうですか。先輩も楽しいと思ってくれたんですね」


 僕の言い分を聞いて、はにかんだ笑みを浮かべる菜月。それを見てあの場できちんと打ち明けておけば良かったと自責の念に駆られた。


 だけど、僕のそんな殊勝な気持ちは長続きしなかった。理由は『菜月ちゃん、打ち合わせ通りにして』と耳打ちする由美の声が聞こえてきたからだ。


「何か悪巧みしていただろ?」


 僕がジト目を向けると、2人はバツが悪そうにサッと目を逸らした。

 だがこの後に続いた由美の言葉に攻守逆転とまではいかなかった。


「理由はどうあれ嘘はダメだよパパ」


 申し訳ないと思ったのは確かだ。彼女の言葉が僕に重くのしかかる。


「私達はどこまで行っても結局は他人なの。共同生活で大事なのは信頼関係だよ。今回のパパの嘘は大した事じゃなかったかもしれない。でもね?嘘をついた……隠し事をしたという事実は変わらないの」

「あ、ああ……」


 由美の言い分はご尤もだ、ぐうの音も出ない。


「気のない返事をしない!!パパ、ちゃんと反省してるの!?」

「す、すまん。ちゃんと反省してる」

「そう?それならいいんだけど……。そんなパパが私達からの信頼を取り戻す画期的な方法があります。聞きたい?」

「ああ……」

「もう、それが人に聞く態度なの!?」


 怒られてしまった。確かにこれは僕の態度が悪かったな。


「す、すまない。僕はどうしたらいいんだろうか?」

「確認だけど、パパは今後私達に隠し事をする気はないって思っていいんだよね?」

「そうだな、今後は隠し事をしないと誓うよ」

「口だけだと信用できないよ。ここはきちんと誠意を見せてもらわないと」

「誠意か……何をしたらいいんだ?」

「私達がパパのスマホを見ても文句を言わない事。その代わりパパも私達のスマホを見てもいいからさ」

「えっ……?」


 ここまで静観していた菜月が驚きの声と共に信じられないものを見る目を由美に向けていた。


 逆に僕としては、と納得していた。別にその条件を飲む事はやぶさかではない。むしろ打撃を受けるのは僕ではなく2人の方だ。


 だけどそうなると僕からも2人に聞かなければならない事がある。


「別にそれは構わないよ。ただ僕から2人に質問がある。はないのか?」


 2人が小さく息を呑む音が聞こえた……。




――あとがき――


 いつも読んでくださってありがとうございます。私の表現力の稚拙さから皆様に私のイメージが上手く伝えられているか最近不安になっております。その為、久しぶりにあとがきを書かせて頂きました。

 ネタバレとまではいかないものの、ここまでの話をすんなり消化できている方は、これより先は見なくても大丈夫です。




 登場人物の心理描写や行動について不可解と思われる点が多々あると思います。

 まともに見たら……頭のおかしい人達の集まりですよね。私もそう思います。

 でも、当初の予定通りで迷走はしておりませんのでどうかご安心下さいませ。

 ご納得いただけるかは分かりませんが、上手く伝えられる様に今後も精進していきます。

 引き続き、どうぞ宜しくお願い致します。

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