第29話 決意―菜月視点―

 先輩にランチをご馳走して貰える事となった喜びは長くは続かなかった。

 純粋に食事を楽しむ事が出来なくなってしまったのだ。


 その理由は、目の前にあるこのお店が、どんな料理を出しているのかも店内がとても素敵な事も知っていたからだ。


 元カノと来たお店……いつかそういう機会もあるだろうとは覚悟していたけど、意外にも早かったなと他人事の様に感じる。


 ある目的の為、今から私は何も知らずにこのお店に来た自分を演じる事になる。


 先輩のスマホにこのお店の外観と料理の写真があったのを知っている事は悟られてはいけない。


「先輩、すごいオシャレなお店ですね!!わわ、見てください。あっちのテーブルの料理、美味しそうですよ!?」

「おいおい、少し落ち着け。あまり他所のテーブルを見たら失礼だから止めなさい。とりあえずメニューを見よう。パスタ、ピッツァは勿論だが、牛肉の赤ワイン煮込みとかもオススメだそうだ。それと確かドルチェも色々あってらしいぞ」

「オススメばかりじゃないですか!!一回じゃ食べきれませんね。先輩、ちなみにこのお店はシェアしても大丈夫ですか?」

「周りを見る限り、多分大丈夫だと思う」


 はしゃいだフリをする私を、先輩は苦笑いを浮かべながらも優しく嗜める。


 初めて来たみたいな態度をしてますけど、先輩がこの店に何度も来ていたのは知ってるんですよ?

 元カノとシェアしてたのも知ってます。何ですかその周りを見渡すわざとらしい演技は。

 まぁ、演技をしているのはお互い様ですから目を瞑りますけど……。


「先輩何が食べたいですか?」

「好き嫌いはないし、せっかくだから菜月の好きなのにしたらいいぞ」

「本当ですか!?それじゃお言葉に甘えちゃいますね!!何にしようかな〜」


 私は彼のスマホの中にあった写真の料理をわざと選ぶ。

 全部一緒だと怪しまれるので、何品か違う料理を入れるのがポイント。


 よし、この組み合わせにしよう。注文する料理が決まった私は、店内をぼんやりと眺めている先輩に声を掛けた。



 

「先輩……先輩……?もう先輩ってば!!」

「…………っ!?」


 何度も呼びかけているのに反応してくれないから、つい声を荒げてしまう。

 先輩はようやく呼びかけに気づいた様で、慌てて私の方を見た。

 分かりやすく怒ってますをアピール……頬を膨らませ彼を睨みつける。


「悪い、ちょっと考え事をしてた」

「しっかりしてくださいよ先輩。とりあえず料理も決まったのでオーダーしてもいいですか?」

「ああ、何でも好きなのを頼んでくれ」


 料理が来るまでの間、午後の査定についての最終確認を行う。


 私は、先輩が真面目な時に見せる顔が好きだ。

 いつもそういう顔をしてればいいのに、プライベートではあまり見せてくれないんだよな。


 暫くすると料理が運ばれてきたので、いただく前に1品ずつ写真を撮っていく。


 先輩は知らないからあんな事を言ってきたけど、由美にはこの店に来ている事をSNSを通じて連絡をしている。


 それに昨夜、『お昼はあっちで食べるんでしょ?せっかくだし美味しいとこに連れてってもらいなよ』と言ってくれた。だから由美が怒る事はあり得ないのだ。


 そんな事を考えながら写真を撮っていると、先輩が憂いを帯びた眼差しで私を見ている事に気づいた。その様子から元カノの事を思い出しているのは間違いないと判断した。


 私と由美が近くに居るのに、まだ未練があるのね……モヤモヤがイライラに変わっていくのを自覚する。

 

 私と食事に来ているのに別の女の事を考えるのはマイナスだな……。

 料理が来てもすぐに手をつけなかったプラス点を考慮しても、差し引きマイナス100ですからね先輩。マイナス値カンストですよ?


「菜月、写真はそれぐらいにして食べ始めないと時間がなくなるぞ?」

「あ、そうでしたね。それじゃ、いただきます」

「いただきます」


 時間的にあまり余裕がなかったので、写真は切り上げ食事を始める事となった。



 楽しかった食事も終わり、最後の審判の時間がついに訪れる。私にとっての1番の仕事は午後からの査定ではなく、このお店に来た以上はこれから行われる審判が最も重要となる。


 私は由美と事前に打ち合わせをしていた事を思い返す。

 2人のうちのどちらかが、元カノと一緒に行ったお店に連れて行ってもらった時に確認する事を事前に決めていたのだった。


 一つ、今の先輩は私達にどれぐらい誠実であるのか?

 この点については、元カノの事を隠さず話してくれるかどうかを判断基準と定めた。


 一つ、元カノへの未練はどれぐらい残っているのか?

 これについては、元カノの事を考えているだろう時に憂いを帯びる様子があるかないかを判断基準と定めた。


 元カノと一緒に行ったお店は、この2つを確認するのに最適だというのが私と由美の共通見解だった。


「先輩、凄く美味しかったです!!よくこんなお店知ってましたね。もしかして今日の為に調べてくれたんですか?」

「あ、ああ……」


 そう来ましたか。あえて初めて来た素振りをするのですね……。ならば私にも考えがあります。


「そうなんですね、ありがとうございました!!ここの料理はし、すごく美味しかったです」

「満足してくれて何よりだ。調べた甲斐があったよ……」


 私はこのお店を全く知らなかったという演技をしてきた。

 それなのに前から知っていたかの様に、気になっていたと言うのは辻褄が合わない。


 私が由美に送った写真をしっかり見れば、スマホを覗き見していた事に辿り着いてもおかしくない。

 バレたら自分が不利になる事は理解している。

 そこまでしてでも私は本当の事を言って欲しかったのだ。


 先輩、気づいてください。これが私があなたにあげる最後のチャンスです。


 調べたのではなく知っていたんですよね?


 私は元カノと来た事を白状しやすい様に、笑顔を浮かべ先輩を見つめた。




 はぁ……タイムリミットですね。結局、私の優しさに気づかず先輩はその後も黙秘を続けた。

 


「はぁ……まぁいいです。私を喜ばせ様としてくれたのは分かってますから」

「どういう事だ?」

「何でもありませんよ。先輩、そろそろ行かないと間に合わなくなってしまいます」


 伝票を持ってレジへ向かう先輩の後を追う。

レジには誰も居なくて、キッチンからシェフが出てきた。


「お待たせしました。お会計は……って、おや?お久しぶりですね」


「どうも……ご無沙汰してます」

「料理の方はいかがでしたか?」

「はい、美味しかったです」

「それは良かった。本日はありがとうございました、またのご来店お待ちしております」


 飲食店で、常連に声をかけるのはよくある話だ。人によっては嬉しいこの行為、でもそれを言われた先輩は顔を青くしていた。

 そりゃ、初めて来たというお店でそんな事を言われたらそんな顔になるでしょうね。


 私は話を聞いていないフリをする為、ショーケースに並ぶドルチェに急いで視線を向けた。


 さて、由美に結果報告の意味を込めて写真を送りますか……。


 シェフと話を終えた先輩が何事もなかった様に、私に声を掛けてきた。


「待たせてすまなかった。それじゃ行こうか」

「先輩、ご馳走様でした」

「ああ、どういたしまして。あと念押しだが、約束はちゃんと守れよ?」


 先輩が念押しをした瞬間、彼のスマホからメッセージアプリの着信音が鳴った。

 ナイスタイミング、由美!!


 そして先輩はスマホの画面を私に見せてきた。


 そこには私が送った料理の写真と『私に何か言う事は?』という短い文章が並んでいる。


「おい、菜月。由美から連絡きたぞ?早速約束を破ってくれたな。また拗ねるだろうが、どうするんだよ……」 


 文句を言いながらも由美に急いで謝罪のメッセージを送る先輩。


「由美怒ってたでしょ?」

「当たり前だろうが。僕は由美には言わない約束で連れて来たんだぞ?」


 約束を反故にされたと先輩は怒っているけど、私達の方だって怒っている。


「私は言ってませんよ?だいたい由美に言ったのは先輩です。私に責任を押し付けるのは良くないですよ」


 そう言って先輩にスマホの画面を向けた。


「先輩、私に言いましたよね?由美にはと。逆に聞きたいのですが、言葉の意味をちゃんと理解してます?というのは、言葉を口に出したり文章に表したりする事なんです。それとよく見て下さい、私が送ったのはですから。先輩とご飯に行ったとチャットした訳でも電話もした訳でもありません。それなのに約束を破ったと言われるのは心外です!!」


 先輩気づきませんか?私が送ったのはあなたがの写真です。

 言うの意味ばかりに意識が向いてて気づかなかったんですね?

 だからは、私は今日の情報を由美には何も伝えてない事になります。

 そしてその写真こそが、あなたの今後を左右する事になるんですよ。

 

「はぁ……」

「先輩が嘘をつくのが悪いんです」

「聞こえていたのか……」

「何の事です?」


 口振りからしてシェフとの話を聞かれたとでも思ってるんでしょうね。

 そう思ってもらえるなら好都合です。




 あなたは知らないでしょうね……。


 あなたとあの女の過去のチャットを見た私達がどれほどの憤りを覚えたか……。


 何ですかあれは?あなたを財布としか思っていなかったじゃないですか。


 可愛くないとは言いませんが、あんなタレ目がそんなにいいんですか?客観的に見ても私や由美の方が容姿は整ってると思います。必死に画像を削除しようとする私を由美が止めてくれなかったら今頃あなたのスマホは初期化されてましたよ。


 知ってますか?


 私達があの女の番号とIDを着信拒否にしたんです。だからもうあの女からの連絡はあなたには届きません。


 先日、先輩がお風呂に入っている時、拒否したはずのあの女からの着信を知らせるメッセージが届いた事がありました。

 拒否の設定が甘くて、電話こそ鳴らないもののメッセージだけは届く様になっていたのです。

 すぐに変更したので先輩には気づかれていないはずです。


 先輩が私や由美を選ばなかったとしても受け入れます。でも、あの女だけは絶対に認めません。


 先輩、大好きです……。

 

 あなたの幸せを願う私と由美を欺こうとしましたね?

 未だにあの女への未練がある事も分かりました。

 もう私達は今後一切の遠慮はしません……第3回は今夜、どうぞ楽しみにしていて下さいね。


 

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