第28話 私は言ってませんよ?

 菜月から店は僕に任せると言われたので、昼食はイタリアンにする事にした。

 凪沙と付き合い初めの頃に足繁く通った……僕にとっては懐かしい店だった。


 ここは価格の割に店内の雰囲気も良く、加えて料理の見た目や味のクオリティも高い。


「先輩、すごいオシャレなお店ですね!!わわ、見てください。あっちのテーブルの料理、美味しそうですよ!?」

「おいおい、少し落ち着け。あまり他所のテーブルを見たら失礼だから止めなさい。とりあえずメニューを見よう。パスタ、ピッツァは勿論だが、牛肉の赤ワイン煮込みとかもオススメだそうだ。それと確かドルチェも色々あってらしいぞ」

「オススメばかりじゃないですか!!一回じゃ食べきれませんね。先輩、ちなみにこのお店はシェアしても大丈夫ですか?」

「周りを見る限り、多分大丈夫だと思う」


 僕は周りを見渡す仕草をした。凪沙と前に来ていた時もシェアしていたので、本当はそんな事をしなくても大丈夫なのは知っている。

 楽しそうにしている菜月に水を差してしまいそうで、凪沙の話はしなかったのだ。


「先輩何が食べたいですか?」

「好き嫌いはないし、せっかくだから菜月の好きなのにしたらいいぞ」

「本当ですか!?それじゃお言葉に甘えちゃいますね!!何にしようかな〜」


 菜月がメニューを嬉しそうに眺めている間、僕は懐かしさから店内の様子を眺めながら過去の記憶を思い返していた。



 

「……ぱ……。………ぱい……もう先輩ってば!!」

「…………っ!?」


 感傷に浸っていたせいで、菜月の呼びかけに気づくのが遅れてしまった様だ。

 急いで彼女に視線を向けると、頬を膨らませ僕を睨んでいたので慌てて謝罪をする。


「悪い、ちょっと考え事をしてた」

「しっかりしてくださいよ先輩。とりあえず料理も決まったのでオーダーしてもいいですか?」

「ああ、何でも好きなのを頼んでくれ」


 料理が来るまでの間、菜月と午後からの査定についての最終確認を行なった。

 

 暫くすると料理が運ばれてきた。菜月は綺麗に盛り付けられたそれらの料理を夢中で写真に収めていた。その姿が、記憶の中の凪沙と重なる。


 そう言えばあの頃の僕は、料理が届くと直ぐに手をつけようとしていた。

 その度に、凪沙に怒られたんだっけな……。


 『写真を撮ってから食べるのは常識でしょ?待てだけなら犬でも出来るのに。少しは女性の気持ちを理解する為に、あなたも撮ってみたら?』


 こうして僕は食べる前に撮影する事の大切さを学んだのだ。

 こんな事を思い出してしまったのは、今日頼んだ料理があの時と似ていたからかもしれない。


 普段は考える事は減ったが、凪沙の事を思い出すと未だに胸が痛む。それは彼女への未練が断ち切れないでいる何よりの証拠だろう。


「菜月、写真はそれぐらいにして食べ始めないと時間がなくなるぞ?」

「あ、そうでしたね。それじゃ、いただきます」

「いただきます」


 食事中は料理に舌鼓を打ちながら、楽しい時間を過ごす事が出来た。




「先輩、凄く美味しかったです!!よくこんなお店知ってましたね。もしかして今日の為に調べてくれたんですか?」

「あ、ああ……」

「そうなんですね、ありがとうございました!!ここの料理はし、すごく美味しかったです」

「満足してくれて何よりだ。調べた甲斐があったよ……」


 咄嗟に嘘をついてしまった。そのせいで本当の事を言うタイミングを逃してしまう。

 菜月の笑顔も、心なしか目が笑っていない様に思えるのだが気のせいだよな?


「はぁ……まぁいいです。私を喜ばせ様としてくれたのは分かってますから」

「どういう事だ?」

「何でもありませんよ。先輩、そろそろ行かないと間に合わなくなってしまいます」


 確かにそろそろ出ないと遅刻してしまう。伝票を持ってレジへ向かった。

 ホールスタッフは全員が接客中だった様でレジには人影はなかった。

 しばらくスタッフを待っていると、見かねたシェフが厨房から出てきてくれた。


「お待たせしました。お会計は……って、おや?お久しぶりですね」


 シェフである彼とはこの店に来た時に、何度か言葉を交わした事があった。

 あれから時間が経っているにも関わらず、どうやら僕の事を覚えてくれていたらしい。

 本来なら喜ぶべき事なのだろうが、このタイミングは何とも間が悪い。流石に無視をする訳にもいかないか……。


「どうも……ご無沙汰してます」

「料理の方はいかがでしたか?」

「はい、美味しかったです」

「それは良かった。本日はありがとうございました、またのご来店お待ちしております」


 常連扱いしてもらった事を素直に喜べずにいる自分に嫌気がさした。

 彼に悪気はなかったし、菜月に嘘をついた僕が全面的に悪い。

 もう流石にバレてしまっただろうから、彼女にはきちんと謝罪しよう。


 そう考えた僕は、菜月を横目でチラリと見る。

 彼女はショーケースに並ぶテイクアウト用のドルチェを真剣に眺めていて、どうやら僕達のやり取りを聞いていなかった様だ。

 その事に安堵の溜息を漏らし、何事もなかったかの様に声をかけた。


「待たせてすまなかった。それじゃ行こうか」

「先輩、ご馳走様でした」

「ああ、どういたしまして。あと念押しだが、約束はちゃんと守れよ?」


 僕が菜月に念押しをしたタイミングで、スマホからメッセージアプリの着信音が鳴った。

 こんな時間に誰だろうか?ポケットからスマホを取り出してメッセージを確認する。


 そこにはさっき食べたばかり料理の写真と『私に何か言う事は?』という短い文章が由美から送られてきていた。


「おい、菜月。由美から連絡きたぞ?早速約束を破ってくれたな。また拗ねるだろうが、どうするんだよ……」 


 菜月に文句を言いながらも、由美に急いで謝罪のメッセージを送る。


『すまん、仕事のついでに菜月と昼飯に行ったんだ』

『また私だけ仲間はずれなんだね。帰ったら第3回やるから覚悟しといてね』

『ああ……分かった』


 向こうも忙しかった様でやり取りはそれで終わった。


「由美怒ってたでしょ?」

「当たり前だろうが。僕は由美には言わない約束で連れて来たんだぞ?」


 約束を反故にした菜月を睨む。


「私は言ってませんよ?だいたい由美に言ったのは先輩です。私に責任を押し付けるのは良くないですよ」


 そう言って彼女は僕にスマホの画面を向けた。見ろという事なんだろう……画面には由美とのやり取りを表示していた。


 由美から送られた料理の写真と同じものがあった。情報源が自分である事を悪びれる様子もない。


「先輩、私に言いましたよね?由美にはと。逆に聞きたいのですが、言葉の意味をちゃんと理解してます?というのは、言葉を口に出したり文章に表したりする事なんです。それとよく見て下さい、私が送ったのはですから。先輩とご飯に行ったとチャットした訳でも電話もした訳でもありません。それなのに約束を破ったと言われるのは心外です!!」


 あーだこーだと尤もらしい理由を言ってくるがそんなのは屁理屈じゃないか……。


 僕と菜月が仕事で都内に行く事は伝えていたし、普通に考えて昼食を別々に済ませるのは有り得ない。


 例えの意味が、彼女の言った通りだったとしても、菜月のせいでバレたという事実は変わらないのだ。


「はぁ……」

「先輩が嘘をつくのが悪いんです」

「聞こえていたのか……」

「何の事です?」


 てっきりシェフとの話を聞かれていたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 彼女の言う僕の嘘が何を示すか結局分からなかった。


 こうして第3回の開催宣言により気持ちが沈んだまま、野口様の元へ向かうのだった……。

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