第25話 会議という名の談合

 荒療治を行った翌日、僕がいつもの様に朝食を作っていると菜月と由美が起きてきた。


 昨日とは打って変わって僕と菜月の顔色が良い。しっかりと睡眠が取れた事を由美に感謝するのは癪だが、確かに荒療治の効果はあった。


「おはよう2人とも。もうすぐ出来るから先に顔洗ってくるといい」

「おはようございます先輩」

「パパ、おはよ〜」


 簡単な朝の挨拶を済ませ、そのまま洗面所に向かって行ったのを確認。

 作業スピードを上げた事で、2人が戻ってくる前に朝食の準備を無事終える事が出来た。


 朝食を摂りながら菜月と由美の会話を流し聞きしていると、突然僕に話が振られた。


「先輩、今日の夜に第1回お家会議をさせてもらいますね」

「お家会議?」

「はい。この家での簡単なルールとかを決める為の会議で今後定期的に開催されると思ってて下さい」

「なるほど……確かに共同生活だしルールはあった方がいい。先々色々問題も出てくるだろうから都度話し合っていくのは良い事だな」

「そう言ってもらえて安心しました。先輩、自分の言った言葉にはを持ってくださいね。あと、今日の議論する内容については夜までに由美と決めておきます」


 菜月のどこか僕を脅す様な口調、その言葉を聞いた由美の顔がニタニタとした嫌な笑みを浮かべていたのを僕は見逃さなかった。


 どうせロクな事にならないんだろうなと予想がついた。

 まぁ、ある程度の事であれば甘んじて受け入れるしかないのだろう……。



 その日は特にやる事もなく、菜月と今後の仕事についての話し合いをした。


 僕としては会社が最初から軌道に乗るとは思っていなかったので、アパートの収入と貯蓄で最低限食うに困らなければと考えていた。


 だが、菜月を雇った以上はそうも言ってられない。彼女はフルコミでも構わないと言っていたが、それでは将来に不安があるだろう。

 なのでしっかりとした雇用契約を結ぼうと考えている。

 

 その為にも今後どうやって収益を上げていくかが、とても重要になってくるのだ。


 住居併設の事務所という立地からも飛び込み客は見込めない。前職でお世話になった方達には、起業の話もしてあるが仕事をもらえるかは分からない。 


 最終的には会社で不動産を所有していきたいと考えているが、それなりの融資を引っ張って来るにも時間はかかるし、何より業績が必要だ。


 結局これと言った具体案が出る訳でもなく、お互いが現状を確認するだけで、その日の話し合いは幕を下ろした。


 この有様では、菜月に呆れられるかと思っていたが、彼女からその様子は感じられなかった。

 もっと不安そうにしていてもおかしくないのになと……その事だけは腑に落ちなかった。



 夜を迎え、宣言されていた通りのお家会議なるものが開催された。

 テーブルの上には、お菓子と飲み物が潤沢に用意されており、会議とは名ばかりで緊張感の欠片すらない。


「それでは第1回お家会議を始めさせていただきます。本日は私、矢野菜月が議長を務めさせていただきます」

「パチパチパチパチ〜、菜月ちゃん頑張ってね!!」

「…………」 


 これツッコミ入れた方が良いのか?判断に迷うが2人が楽しそうだったので水を差すのは止めておいた。


「それでは最初の議題は、事務所に廊下側からも入れる様にリフォームを行う事についてです」

「…………え?」


 あれ真面目に話していたのか?てっきり冗談かと思っていたのに。そんな無駄な事にお金使いたくないぞ。


「それでは早速決議を取ります。リフォームに賛成の人は挙手をお願いします……私と由美の2票。よってこちらの議題は賛成多数で可決されました」


 スピード可決である……って、決まるの早過ぎないか!?僕は何も言ってないぞ!?


「菜月、異議を申し立てる!!」

「却下します」


 有無を言わさないとばかりに彼女に睨まれ、仕方なく僕は一旦引き下がる事にした。


「続きまして、事務所側にトイレ新設を行う事についてです」

「え?僕としては自宅のトイレをお客様にも使ってもらおうかと思っているのだが?」

「パパ、平日はいいけど休日は私も家にいるんだよ?鉢合わせしたら嫌じゃん」

「いや、来客と言ってもそこまで人は来ないだろうし……一つで良くないか?」

「それだけが理由じゃないよ。パパ、こないだのトイレ立て篭もり事件忘れたの?」


 由美は事件と言うが、単に僕がお腹を壊して30分ぐらいトイレに居ただけの話だ。

 長い戦いを終え満足気にトイレを出てきた僕を待っていたのは由美によるガチの説教だったのは記憶に新しい。


 確かにその事については申し訳ないとは思うのだが……トイレの増設となると費用も高い。

 これは現実的に考えても無理だ、僕は菜月に目配せをすると彼女は無言で頷いてくれた。


 昼間に懐事情を菜月に話していたのが功を奏した形だった。


「それでは早速決議を取ります。新設に賛成の人は挙手をお願いします……賛成が私と由美。よってこちらの議題も賛成多数で可決となります」


 は?さっき無言で頷いてくれたあの行動は一体何だったんだ!?

 僕は抗議の意味を込めて菜月を睨むが、彼女から睨み返されて怯んでしまった。

 

「あとは簡単なトイレに関するルールの通達ですね。これは先輩にだけ適用されます。拒否権はありませんので必ず守ってくださいね。一つ、トイレに行く時は私か由美に報告する事。一つ、トイレにスマホは持ち込まない事。一つ、トイレの時間は基本10分までとする事。以上3つ、忘れないでくださいね」


 色々とツッコミ満載なルールだし、何故僕だけ適用なのかも意味が分からない。

 しかも報告というのが厄介であり、トイレに行く際に大か小かまで言わないといけないと鬼畜の所業なのだ。


 流石に恥ずかしさから受け入れられないと異議申し立てをしたものの、『間を取って時間制限の条件を無くします』と譲歩を提案された。


 間を取るの意味とは……?と声を大にして言いたかったが、目が笑っていない2人の笑顔に恐怖を感じてしまい黙らざるを得なかった。


 プライバシーの次にまで失われた事を僕は理解した。

 次は一体何を失うのだろうか……これからの生活が不安でしかない。


 こうして初めての会議という名の談合は、僕の1人負けで幕を下ろした。


 彼女達がこのルールを定めた最大の理由が、僕のスマホを覗き見る為だった事……。遠くない未来にそれを知る事となる。


 そして思い知らされる、時間指定の解除は僕にとってのメリットなんかではなく、むしろ彼女達にとってメリットがあったのだと……。

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