第24話 荒療治
「おはよぉ〜」
地獄の様な一夜が明け、朝食を準備していると由美が起きてきた。
時刻は7時を回った頃、もうそんな時間か。
「おはよう。昨日はゆっくり寝れたか?」
「うん、パパが隣に居たからいつもよりも寝れたよぉ〜!!」
由美はしっかり寝たと言いながらも口調が少し間延びしている。
まだ目がしっかり覚めていないのだろう。
由美をジッと見つめる。うん、寝不足の心配はなさそうだな。
「それは良かった。そろそろ朝食が出来るから悪いけど菜月を起こしてきてくれないか?」
「パパ、それは気遣いが足りないってもんだよ。まだ寝かしておいてあげなよ」
「気遣い?」
由美の遠回しな言い方に首を傾げる。
「なんで分からないかな……。菜月ちゃんがパパの隣で普通に寝れたと思ってるの!?」
「僕が見た時は普通に寝てたぞ?」
「寝たふりに決まってるじゃん。あ、これ私が言った事は絶対に内緒だからね。あ〜それにしても昨日の菜月ちゃんは可愛かったな〜」
「どういう事だ?」
「それは流石に教えられない。私と菜月ちゃんの秘密で〜す」
由美の口振りからして、聞いた方が僕の立場が危うくなる気がした。
僕はあえて尋ねる事はしなかった。
「無駄口叩いてないでさっさと食べて支度してこい」
「は〜い」
由美曰く、菜月は寝不足の様なので結局起こしには行かなかった。
食事を済ませた後、学校向かう彼女を玄関先で見送った。
眠いながらも食器の片付けとトイレ掃除を済ませベッドへ向かう。
ほとんど眠れなかったので、この状態で1日を過ごすのは流石に厳しい。
菜月の寝ている方じゃないベッド、その中心より少し端に寝転がる。
その際、意図せず視界に映った彼女の寝顔に目が奪われてしまった。
改めて思う、目を閉じていても美人と分かるって凄いよな……。
ふと、最近思い出す機会が減ったあの人の寝顔が頭を過ぎった。
凪沙は寝る時も化粧をしていて、僕の前でこうしてすっぴんになる事は一度としてなかった。
今になって思えば、枕のシーツが汚れるという問題ばかりに目を向けていたが、彼女は最後まで僕に気を許していなかったのだろう……。
そう考えると、菜月は付き合ってもいない男にすっぴんを見せる事に抵抗はないのだろうか?その事を少しだけ疑問に思った。
「菜月との添い寝に早く慣れないと睡眠不足で死んでしまいそうだ。荒療治で抱きしめて眠りでもすれば慣れでもするのだろうか……」
そんなくだらない呟きを聞いていた菜月が小さく身動ぎをした事にすら気づかず、僕は意識を手放すのだった。
腕の痺れと柔らかな感触に僕の意識がゆっくりと覚醒していく。
目を開けて飛び込んできた光景を理解するのに数秒の時間を要した。
何故僕の腕の中に菜月が居るのだろうか?
しかも向き合って眠っているので、僕が変な気を起こせばそれこそキスだって簡単に出来てしまう距離だ。
徐々に意識が覚醒していくと、僕は事の重大さに改めて気づかされた。
ちょっと待ってくれ、これやばくないか!?
僕が寝たのは、菜月の寝ているベッドじゃなかったはずだ。
後ろを振り返り自分の位置を確認すれば、ベッドの端に寝ていた。僕の認識に間違いはない、何故この様な事態に……。
もしかして無意識の内に、彼女を引き寄せてしまったのだろうか?この状況から判断するなら、おそらくそれしかないのだろう。
幸いにも菜月はまだ寝ている。上手く離れる事さえ出来ればこの状況を誰にもバレずに闇に葬れる。
どうしたらこれだけ密着している状態から離れられるだろうか?
混乱した僕がとりあえず腕を引き抜こうと試みると、それに反応した彼女が小さく身動ぎをした。
咄嗟に動きを止めて彼女の様子を覗き込むが、起きてくる様子はない。
この状況を脱する事は不可能と判断。
変態の
「はぁ……諦めるしかないか。菜月、起きてくれ……」
僕はまだ寝ている菜月を起こす為に小さく揺する。
「う……うん……」
幸いにも彼女はすぐに目を覚ましてくれた。
菜月の目がゆっくりと開かれると、向き合っていた僕と目が合った。
今まで彼女とこんなに至近距離で向き合った事はないので、叫ばれる事を覚悟した。
そんな僕の予想に反し、彼女の取った行動は掛け布団を引っ張り上げ顔を隠しただけだった。
「おはようございます先輩……」
「あ、ああ……おはよう……」
「…………」
「…………」
とりあえず挨拶をしたものの、その先が続かない。
このまま黙っていても気まずいだけだ。死刑判決を受けるにしても早い方がいい。
意を決して僕は口火を切る事にした。
「その……この状況なんだけど……言い訳のしようもない。その……本当にすまない。僕みたいなのと抱き合って寝て気持ち悪かったよな?ああ、謝罪も大事だがまずは離れないとだな……」
距離を取ろうとした僕に、ここで想像すらしなかった事態が起きた。
慌てて離れようとした僕の行動に対し、菜月は強くしがみつく事で抗ったのだ。
「菜月っ!?」
「先輩、そのまま聞いてください。ちょっと恥ずかしいので、顔を隠したままなのは許してくださいね」
「あ、ああ……」
「自分で言い出したくせに恥ずかしいのですが……実は緊張で昨晩は一睡もできなかったんです」
「そ、そうだったのか……」
やはり眠れなかったのはどうやら僕だけではなかったらしい。
「由美は私が寝れなかった事に気づいたみたいで、『菜月ちゃん、こういうのは荒療治すればいいんだよ。パパに密着して寝たらすぐに慣れるから』って……」
この状況を招いたのは由美の入れ知恵のせいだったのか……。
あれ?そういえば僕も寝る前に同じ様な事を言った気がしなくもない。
まぁ、菜月に聞かれてないだろうし由美のせいって事にしておこう。
帰ってきたら由美を説教すると固く誓った。
「そうだったのか。由美が馬鹿な事を言って悪かったな」
「いえ、由美も私の為を思って言ってくれた事なので……先輩、彼女を叱らないでくださいね」
争いは何も生み出さない、由美を説教するのは止めると固く誓い直す。
「分かった、約束するよ。後出しで申し訳ないけど白状するな。実は僕も昨夜はほとんど眠れなかったんだ」
「知ってますよ。だって先輩……独り言を言ってましたもん。声に出てたの気づいてなかったでしょ?」
「え?声出てたの!?マジか……」
煩悩よ鎮まれ!!みたいな事も考えていたから、それを聞かれていたとしたら気まずい。
防衛本能からこの件については深掘りしないでおこうと結論付けた。
「今後2人して寝れないのは良くないから……早く慣れたいと思って私から抱きついたので、この状況で先輩が謝罪する事なんてないんです。むしろ私の方が謝らないと……嫌でしたよね?」
菜月はそう言って、布団から顔を出し上目遣いで僕を見てくる。
ここははぐらかしたらダメだろうな……。
「むしろ僕みたいなのとじゃ……菜月の方が嫌なんじゃないかなと思ったぐらいだ。その……こっちとしては嫌どころかむしろ役得だと思ってるよ」
「そうでしたか。そこまで言われると照れますね。一応私の初めてなんですよ?」
「…………っ!?」
その言葉と照れた彼女の
菜月が処女である事は、美咲さん情報ですでに知っている。
本当の意味でこれを彼女に言わせる男がいつか現れるのだろう。
その相手が僕ではない事は明らか、その事を考えると少しモヤモヤしてしまった。
「先輩、まだ眠いですよね?私もまだ眠いので、良かったらその……このまま二度寝しませんか?」
「ああ……早く慣れないとだもんな……」
触れ合う肌からお互いの心臓の鼓動を感じる。彼女から聞こえるその音は早く……そして力強かった。
その音が心地良くて、いつのまにか僕は眠りに落ちていた。
この後、学校から帰宅した由美が『お昼はお楽しみでしたね』と揶揄ってきたので、約束を反故にして説教される一幕があった。
ちなみに説教したのは、僕ではなく菜月だったのだが……彼女を責める気にはならず、むしろ『いいぞ、もっとやれ!!』と思ったのだった。
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