第23話 会社のロゴ

 連結ベッドというのは、その名の通りベッドを2つ繋げたものである。


 当然、真ん中には繋ぎ目がある。

 視覚的な効果も相まってマットレスの間の隙間が……気になってしまうのだ。

 僕の勘違いかもしれないが、寝心地が悪い気がする。


 スマホで調べてみると、2つのマットレスをまとめて包む事のできるシーツがある様なので今度買いに行こうと思った。


 とりあえずベッドの片側に2人寝る事も出来るので提案したのだが、『間に線が引かれて除け者にされているみたいで嫌』が2人から返ってきた答えである。


 そして何故僕がこんな事を考えているかという話に戻るのだが、眠れないからだ。


 今僕の右隣に矢野じゃなくて菜月、左隣に由美が寝ている。普段僕は右側を向いて寝る事が多いのだが、これもまたダメ出しされてしまった。


 横を向くという事は、2人のどちらかに背中を向けてしまうので『拒絶されているみたいで嫌』なんだそうだ。


 これらの事から僕は仰向けの状態で寝返りを打つ事さえ許されない程に密着されている。

 2人は僕の方を向いて寝ているので時折寝息が聞こえる。


 女性特有の甘い匂い、やんわりと押し付けられる薄い胸の感触と心臓の音、僕を信頼をして安心して眠る姿……。


 こんな状況に置かれたら、ムラムラして寝れなくなるのは仕方なくないか!?


 2人は寝ているのだからそんな事は微塵も思っていないのだろう。

 僕が不純である事は認めるが、男の思考なんて普通そんなものだ。


 時計を見れば、時刻は既に3時を過ぎていた。眠れない理由がもう一つ。


「菜月……か……」


 まだ眠れそうになかったので、僕はベッドに入るまでのやり取りを思い返す事にした。




 午後に矢野の荷物が届いた。荷解き作業を手伝っている時にそれは起こってしまった。


 最初に言っておくと僕が主人公体質じゃないのは昔から自覚している。それこそ今までラッキースケベに恵まれる事なんてなかった。


 そんな僕が荷解き作業中にパンドラの箱を開けてしまったのだ。


 が入っていた箱を……。


 黒、赤、紫、青、白、ピンク、黄色……虹と見間違う光景が目の前に広がっていたのだ。


「せ、先輩!?ちょっと何見てるんですか!?」

「はっ!?すまん、わざとじゃないんだ!!」


 矢野の指摘に慌ててフタをしたのだが、見てしまった事実が変わる事はない。

 僕の出来る範囲でお願いを一つ聞く事を約束し、その場はどうにか収まった。


 そんな彼女のお願いが、である。


 由美だけ名前で呼んでいる事を、前から不満に思っていたらしい。彼女に関しては保護者として接しているので、呼び捨てでも気にならない。


 だが、付き合ってもいない女性を名前で呼ぶなんて今までそんな経験なかった。

 とは言え約束は約束だ。抵抗はあるが慣れていくしかないのだろう。


 作業は夕方には終わり、食事の支度に取り掛かる。

 そこで、1つの事実が発覚した。なんと菜月は料理が全く出来ないとの事だった。


 その点を考慮した結果、今後の家事の分担が決められた。

 食事は僕と由美、洗濯は菜月と由美が担当。

 それ以外だと、部屋とトイレと風呂の掃除、ゴミ捨ては僕が担当。


 あれ?僕だけ仕事が多くないか?と若干の不満はあったが、2人から上目遣いで頼まれたら甘んじて受け入れるしかない。


 掃除の関係上、風呂に入るのは僕が最後となる。由美と住み始めた頃は、彼女が入った後という事を意識していた時期もある。いつの間にか慣れてしまっていたが……。

 だが、今日からは菜月も浸かったお湯となる。忘れてしまっていた緊張感が甦った。


 僕が風呂で取った行動は世の男性の一般的な行動と言って差し支えないだろうと思う。


 『そこに山があるから』という名言がある。

 ならば、『そこに湯があるから』という名言があったとしても何もおかしくはないのだから。


 風呂から上がると、菜月と由美が何やら真剣な顔で話し合いをしていた。

 何か困り事かと思えば、話し合いの内容が休日の過ごし方についてと聞いた時には拍子抜けしてしまった。


 由美は普段は学校がある。その為、一緒に出かけるのは土曜日か日曜日となるのだが、僕が仕事を始めると今までの様にはいかなくなってしまう。


「先輩、会社の休みっていつにするつもりなんですか?」

「一応、火曜日と水曜日にしようかと考えているぞ」

「やっぱりそうなりますよね……」


 それを聞いた菜月と由美の顔が曇ってしまった。


「菜月ちゃん……」

「はぁ……もう分かったわよ。私から言えばいいんでしょう?」


 ん?何か言いたい事でもあるのか?


 不動産業は、火曜日と水曜日を休みにする所が多い。

 その理由は火曜日は『火事になる』水曜日は『水に流れる』と言ったゲン担ぎを大切にしているからだ。

 大手も昔はそうであったが、土日休みにシフトしてきている会社が少しずつ増えてきている。


 だが、お客様の休みが土日が多い事もあり、中小企業だとカレンダー通りの休みが取るのが難しい現実があるのだ。

 まぁ、僕の会社が忙しくなるかは……不明だけど。


「先輩、土曜日か日曜日のどちらかを1日だけでも休みにする事は出来ないのですか?」


 今はまだないが、今後は由美も学校の友達と遊びに行く機会も増えてくるだろう。

 それまでは僕達と過ごす時間が必要かもしれないな。


「両方は難しいけど、どちらか1日は休める様に努力する。ただ、仕事が入った時はそっちを優先させてもらうぞ。2人ともそれでいいか?」

「「うん!!」」


 とりあえず納得してもらえて良かった。そろそろ開業に向けて動いていかないとな。


「菜月、そろそろ名刺を作ろうと思うのだが、何か希望はあるか?」

「そうですね……。あ!!会社のロゴってあるんですか?あるならそれを入れたらどうでしょうか!?」

「ロゴ?うーん、特に考えてなかったな。会社名の由来の欅……と言うのは安直過ぎるしな」

「欅……?先輩、エステートツキですよね?月じゃないんですか?」

「高槻の槻から取ったんだ。そういえば前に話そうとした時、ちゃんと聞いてなかったよな」

「…………」


 思い出した。菜月が心の準備がとか言い出して説明していなかったな。


「槻と言うのは、欅の古名でな?だからロゴを作るなら欅をモチーフにした感じになるかなと」

「…………な……」

「な?」

「何で月じゃないんですか!!事務所にあった照明、あれ明らかに月を意識してるじゃないですか!?私の名前の月を入れてくれたんじゃなかったんですか!?紛らわしいです。ああ、舞い上がっていた私は、先輩から見たらさぞ滑稽だったでしょうね。どうせ私の事なんて眼中になかったでしょうしね。何なんですかもうっ!!」


 菜月は目に涙を浮かべそう言った。

 その様子を見て、やらかしてしまった事を悟った。そういう風に思っていたのか……。


「ああ、悪いが菜月が入るまではそうだったんだよ」

「…………?」

「ほら、1人で立ち上げるつもりだったからさ。その時はさっき言った通りの理由で会社名を決めた。でもさ?君が来てくれる事になり新たに意味が加わったんだよ」


 涙が頬に流れているが、どこか期待を込めた眼差しで僕をジッと見ている。


「あの照明は君が来る事になってから遠山さんに依頼したんだ。元々は別の照明にするつもりにしていた。だから君が考えていた事は勘違いじゃないぞ」


 おい、由美。ジト目を向けてくるなバレるだろうが……。

 照明の経緯を知っている由美の視線が痛い。

 お願いだから僕の努力を無に還そうとしないでくれ!!


「先輩……」

「勿体ぶって悪かった。欅の話の後にその話をするつもりだったんだ。でも、菜月は人の話を最後まで聞かない事があるから、そこは今後直していけるといいな」

「はい、ごめんなさい」


 こうして会社のロゴが決まり、菜月に笑顔が戻った。

 欅の木の幹の左側に三日月、そして右側にという不思議なロゴが。

 それはまさに僕達の寝ている並びと同じ配置と言ってもいいだろう。


 彼女達が寝る位置をロゴと同じにしたのは喜びの表れなのかもしれないな。


 そして、それを踏まえた上で僕は思う事がある。

 喜んでくれたのは嬉しいけど……横幅こんなにあるのに僕に寄り添うのはやめてくれないか?と。


 窮屈過ぎて寝られないぞ!!


 3mあるんだぞ?右も左も余裕あるし、もっとスペースは広く使おうと思わないのか!?

 最初はムラムラしてたけど、いざ寝ようと思ったら腹が立ってきた。


 翌朝、僕は寝不足で2人の朝食の準備をするのであった……。




―あとがき―

会社のロゴについてですが、由美だけ仲間外れになるのは可哀想というのが表向きの理由で、本当の理由は、照明の件の口止め料として会社のロゴに組み込まれております。

私の意図なんて説明するまでもなく皆様に読み取られているんだろうな……。

読んで下さり、いつもありがとうございます!!

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