第22話 恥ずかしい証拠
購入した家具の全ての搬入が終わると、業者の方達は帰っていた。
帰り際に僕を見る目がニヤついていたので、彼らが何を考えているかは一目瞭然だった。
誤解だ、僕が望んだ事じゃない……。
口から出かけた言葉を慌てて飲み込む。
それを言ってしまったなら、誰が望んだのだ?という話になってしまう。
好奇の目が僕から彼女達の方に向くかもしれない、そう考えて口を噤んだのだった。
大体、彼らが想像していたであろう事を由美にしようものなら、僕は社会的に抹殺されてしまう。
もう2度と会う事はないだろうが、変な噂を立てられない事を祈るばかりである。
僕の部屋に置かれたベッドをジッと見つめ、どうしたものかと悩んでいると、偶然にも良案が浮かんだ。
バラして各自の部屋に1台ずつ置けば、問題解決なのではなかろうか……と。
別に僕の部屋に置く必要なんてないのだ。きっと2人も連結したらどうなるか試してみたかった気持ちもあると思う。
話せば分かってくれる……僕はそんな淡い期待を込めて説得を試みる。
「2人ともよく聞いてくれ。こんな大きなベッドを置かれたら部屋で何も出来なくなるから流石に困る。だからその……」
「逆に聞きますが、机に座るスペースもありますし、収納の扉も開けられます。生活に支障はないはずですが、先輩は部屋で一体何をするつもりなんですか?困る事ありませんよね?」
「…………」
話を最後まで聞いてもらえなかった上に、答えにくい質問をされてしまった。
何をするってそりゃ……ナニをするんだろうな僕は……。
結局、曖昧に微笑むだけに留め質問には答えられなかった。
「はぁ……どうせ私達の部屋にベッドを置きたいとか言うつもりだったんでしょ?」
「………っ!?」
奇跡が起きた。僕の言わんとする事を矢野は正確に読み取ってくれたのだ。
「却下です、却下。このベッドはここに置かせてもらいます」
現実は無慈悲だった。奇跡は必ずしも望む結果をもたらすとは限らないという事を思い知らされる。
しかしながら、僕もここで引き下がる訳にもいかない。心の安寧が得られるかどうかの瀬戸際なのだ。
「だけど、そこの机で仕事をする時に資料を床に置くと歩くスペースが無くなってしまうから不便なんだ」
「事務所でしたらいいじゃないですか。仕事は家に持ち込まないでください」
「極力そうするつもりだけど、事務所併設とは言え、あっちに行くのも大変だし……」
「それなら大変じゃなくしたらいいです。廊下側から入れる様に入口を作って下さい」
仕事を理由にしてみたがダメだった。挙げ句の果てに扉を作れとまで言われてしまった。
簡単に言うが、それだってタダでは出来ないんだぞ?
「あとは……1人でゆっくり考える時間が欲しい時だってあるじゃないか」
この理由なら流石に理解してもらえるだろう。
「トイレに篭ればいいだけじゃないですか。他にまだ何かありますか?」
「…………」
それはあんまり過ぎないだろうか?
あと、その案はダメだぞ。トイレに長々と入っていたら、由美に怒られたという出来事があったばかりだ。
矢野が知らなかった事とは言え、隣で顔を顰めている由美を見てから言って欲しいものだ。
「プライベートな空間が欲しいんだ。誰の目も気にせず趣味に没頭できる様な」
「先輩、仕事以外に趣味ありました?ないですよね。それに、この家には部屋の余裕がないので無理です。さっさと諦めて下さい!!」
この家の2階には、使われていない部屋がまだ1つあると記憶しているのだが?
僕としてはそこは考慮してもらいたいのだが、言っても無駄だろう。
僕は最後の抵抗を試みる。
「一応確認するのだが、2人はどこで寝るつもりだ?」
「もちろんこの部屋です。先輩は、往生際どころか察しも悪いですね……」
酷い言われ様だった。そりゃ僕だって何となくそうなんじゃないかと思ってはいた。
だが、年頃の男女が3人で……なんて非常識的過ぎる。
由美に助けを求め様にも、彼女は彼女で顔がニヤけているので聞くだけ野暮というもの。
「分かった。ならば僕はリビングのソファーで寝るよ」
「「えっ……?」」
言ってしまえば、別に無理して自分の部屋で寝る必要も2階の空き部屋を頼る必要もないのだ。
「それはダメです先輩。えっと……光熱費、そう光熱費よ!!一部屋で寝た方がエアコン代も節約できるでしょ!!」
「菜月ちゃん、それだ!!」
急いで考えましたという事を微塵も隠そうともしない2人のやり取りに溜息が漏れる。
「どこの光熱費が節約できるんだ?僕の部屋にエアコンは付いてないし、付ける予定もない。エアコンが必要な時はリビングのを付けるし、それなら僕がリビングで寝ても問題ないはずだ」
2人とも唸っているけど、ぐぬぬって実際に声出して言うのはみっともないから止めなさい。
「エアコンは先輩の言う事も一理ありますが、照明の問題だってあります。豆電球を2部屋点けるのは勿体無いですよ!!」
「菜月ちゃん、それだ!!」
君達はふざけてるんじゃなくて、真面目に会話してるんだよな?電気代で考えても大した節約にはならない。聞いていて段々頭が痛くなってきた。
「2人は豆電球派なのか?僕は電気全部消す派だから、そっちの部屋だけ点けたらいいぞ」
「「…………チッ」」
し、舌打ち!?はぁ、どうしたら納得してくれるんだ。恥を忍んで、ちゃんと言わないと伝わらないのだろうな……仕方ない、僕は腹を括った。
「ちょっと真面目な話をするぞ。いきなりだが、矢野も由美も自分達の容姿が整っている自覚はあるよな?」
質問したが彼女達は何も答えなかった。自覚はしていたとしても、自分は美人だとは言い難いのだろう。
「僕としてはやっぱり男な訳で……色々と意識してしまうと言うかだな……」
「パパ、それってもしかして高校生の私に対してムラムラしてるって言いたいの?」
上目遣いで尋ねてくる由美に、少しだけドキッとしてしまった。
「言い方にはツッコミを入れたいとこだが、それについては、してないと言ってしまえば嘘になる」
僕は観念して、少しだけ本音を漏らした。
「へぇ〜、そう言う目で私を見ているんだね!な、菜月ちゃん、ちょっと顔ヤバいって!!人様にお見せ出来ない事になってるから!!ほら、笑顔笑顔……」
由美は慌てた様子で矢野に注意をする。
僕が矢野を見た時は不貞腐れた顔をしているだけだった。一体どんな顔をしていたのか気になったが触れないでおこう。
「ほら、パパは私だけじゃなくて菜月ちゃんにもムラムラしてるんだからさ」
「先輩の口から聞いてないもん」
由美の言葉を聞いた矢野は、一転して拗ね始めてしまう。
何かを言いたげにチラチラとこちらを伺っているし、由美は由美で口パクで『菜月ちゃんにも』と訴えかけてくる。
これは羞恥プレイという名の公開処刑なのか?
これ言わないと話が進まないって、僕は前世でどれだけの不徳を積んできたのだろうか。
「一回しか言わないからな。僕は矢野の事を魅力的な女性だと常々思っている。一応僕だって男な訳で……そんな君と一緒に寝たりなんかすれば、良からぬ事の1つや2つ……考えてしまうかもしれない」
「嘘。先輩は本当は私の事が嫌いだから、そんな事を言ってるだけですよね……?」
「そ、そんな事はないぞ!?」
いや、本当にそんなつもりはない。
矢野と由美に挟まれて寝る……これを喜ばない男なんて居るはずがないというのが僕の本音だ。
でも嬉しいからと言って、やっていい事とダメな事はある。2人と僕が一緒に寝るのは、後者に類するのだから……。
だが、そんな僕の思いは矢野には伝わらない。
「もう覚悟はしましたから、ちゃんと言って下さい。私の事……嫌いなんですよね?」
「本当に嫌いじゃない」
「本当は……私と一緒に寝たいと思ってくれてますか?」
瞳に涙を浮かべ、僕をジッと見つめてくる。
僕は矢野を悲しませたい訳じゃない。
頃合いか……もう白状しよう。
「降参だ。良い悪いを抜きにすれば、一緒に寝たいと思ってる」
「由美とはどうなんですか……?」
「……………」
え?何でここで由美の話になるんだ?
「パパ……私とは一緒に寝たいとは思わない?」
由美は涙こそ浮かべていないものの、もの悲しそうにこちらを見ている。
「そりゃ由美とも寝たいとは思うぞ。でも……」
「はい、カァァァァットォォォ〜!!」
悲しませてしまったという罪悪感に囚われたのは一瞬だけ。
急に笑顔になった由美が、ポケットから何かを取り出した。
え?何、どういう事?
『パパ、それってもしかして高校生の私に対してムラムラしてるって言いたいの?』
『言い方にはツッコミを入れたいとこだが、それについては、してないと言ってしまえば嘘になる』
「…………っ!?」
『一回しか言わないからな。僕は矢野の事を魅力的な女性だと常々思っている。一応僕だって男な訳で……そんな君と一緒に寝たりなんかすれば、良からぬ事の1つや2つ……考えてしまうかもしれない』
「…………」
『本当は……私と一緒に寝たいと思ってくれてますか?』
『降参だ。良い悪いを抜きにすれば、一緒に寝たいと思ってる』
「…………」
『パパ……私とは一緒に寝たいとは思わない?』
『そりゃ由美とも寝たいとは思うぞ。でも……』
人間あまりにも辛い出来事を前にすると何も言えなくなるんだな。
生き恥を晒すぐらいなら死んだ方がマシだ……
今の僕の気持ちを代弁するのに、これ以上の言葉はないだろう。
「やっと白状したね。私達が情けをかけてあんな下手な芝居したのに気づかないんだもんなパパ。菜月ちゃん、レコーダー準備しておいてやっぱ正解だったね。パパもさっさと『納得』すればこんな恥ずかしい証拠を残さなくて済んだのにね」
「先輩は素直にならないとこれからも痛い目を見ますよ?予想はしてましたが、あまり手を焼かせないでくださいね。でも、安心してください。私達は優しいから素直じゃない先輩の望みはちゃんと叶えてあげますよ」
「だねだね!あ、菜月ちゃん。入り口の襖どうする?ベッドとの隙間がほとんどないけど……」
「閉めたらテレビも見れないし、通りにくい。あっても邪魔よね。あ、そうだ!!2階の空き部屋にでも襖は置いておきましょう」
「騙したな……こんなのプライバシーの侵害じゃないか」
僕の小さく呟いたこの言葉を聞いた彼女達は、不機嫌を露わにする。
彼女達からすれば、僕が望んだ事をしてあげてるだけなのに恩知らず…との事らしいが僕の方が間違っているのだろうか?
今度、山本に相談……は美咲さんの耳に入るだろうから無理か……。
―あとがき―
皆様に言いたい事が一つあります。4000字超えてしまってすいませんでした……。
長いとは分かっていても分割するのは嫌だったんです泣
読んでくださってありがとうございました!!
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