第20話 あ゛?

 山本が心配だったので、言われた通り由美を連れて訪問した。

 連れてきた理由は『由美ちゃんも一緒に』という美咲さんのお願いを受けての事だ。


 簡単な自己紹介を済ませ、リビングの椅子に座る。


 僕と由美、反対側に美咲さんを真ん中にして矢野と山本が座る形となった。

 簡単な自己紹介の後に、早速これまでの経緯を話し始めた。


 主な話題は、由美の家族の話そして僕の近況報告である。

 話をしている間、対角線上に座っている矢野の事が気になって仕方なかった。


 ずっと美咲さんの横で小さくなって俯いていたからだ。


 いきなり会社を辞めると言い出した理由については分からないが、何となくその件で怒られたのではないかという考えに至った。




「という事があったんだけど……」


僕が一通りの説明をすると、美咲さんは小さく溜息を吐いた。


「高槻さん、色々……本当に色々言いたい事があるけど今は一旦置いておくわね。とりあえず、由美ちゃん……私に出来る事があれば遠慮なく頼ってね」

「ありがとうございます。その……早速で申し訳ないのですが、お言葉に甘えてさせていただいても?」

「もちろんよ、何かしら?」


 由美、美咲さんの言ってるのは社交辞令だから鵜呑みにしたらダメなんだぞ。

 それと借りを作るなら人は選んだほうがいい。

 今更だけどだけは止めておいたほうがいいと思うぞ。


「私の前で小さくなっている菜月ちゃんが、さっきからずっと私をチラチラと見てくるのが鬱陶しいんです。何とかしてもらえませんか?」

「なっ!?由美、あなたはなんて事を言うのよ。いったいあなたは誰の味方なのよ!?困ってる私を助けてあげる優しさはないの!?」


 大丈夫だ矢野、僕が話をしている間も美咲さんは2人のやりとりを見て盛大な溜息を吐いていたからバレてるぞ。

 由美が言っても言わなくても、結果は同じだったと思う。


「菜月、大事な話の最中だから邪魔しないで」

「はい……」


 美咲さんに怒られて、矢野は更に落ち込んでしまった。

 美咲さんはそんな矢野に対して口調とは裏腹の優しい眼差しを向けている。本気で怒っている訳ではないのだろう。

 仕方ない、一応フォローしておくか……。


「美咲さん、今のは煽った由美にも非はあるからさ。そんなに怒らないであげてくれ」

「先輩……」

「それで僕からも質問なんだけど、矢野が退職願を出したのは本当なのか?」

「そうです、本日社長に渡しました!!」

「会社に不満でもあったのか?」

「会社に不満はないんですが……ほら由美。あなたから説明してちょうだい」


 矢野が会社を辞める理由を何故由美が説明するのだろうか?意味が分からなかったがとりあえず黙って聞く事にした。


「えっと……負けられない戦いがあるから?」

「ちょっと、そっちは内緒にしておこうって打ち合わ……じゃなくて、ほら……あなたが私とって話でしょ?」

「ああ、私が菜月ちゃんと一緒に住みたいってワガママ言った事にするって話よね?」

「それよそれ!!」


 2人の間に、事前に何かしらのやり取りがあったのは明白だった。本人達に隠しているつもりがあるかは怪しい所だが、ここは気付いてあげない事にする方が都合がいいのだろうな……。


「もうあなた達は……」


 美咲さんも同じ思いの様で、詳しくは言及する事はなかった。

 そして僕の方をチラリと見て小さく溜息を吐いた。


「はぁ〜、そういう事ね。少し3人だけで話しましょうか」


 美咲さんに、山本と2人で近所の弁当屋に夕食を買いに行って欲しいと頼まれた。

 2人で話したい事もあったので僕としても都合が良い。慌てて支度をして、部屋を出て行く事にした。




 弁当を買い終え、戻ってきてみると何故か美咲さんから睨まれた。え、なに?

 もしかしたら僕に言いたい事を我慢していた反動がこの短時間で来たのだろうか?


「一応、菜月が会社を辞める理由は聞いたわ。納得はしてないけど理解はした。高槻さん、菜月は仕事を辞めたら由美ちゃんと暮らすけど大丈夫よね?」

「え?由美出て行くのか?」

「何でそうなるのよ。察しが悪いわね、あなたの家に菜月も住むって事よ」

「………は?」


 急展開……。家主である僕を差し置いて、話が明後日の方向に進んでいた。


 そして質問している様に見せかけて、美咲さんからの圧が凄い。

 彼女の目がと言っている。


「当たり前じゃない。あなたは女子高生……血の繋がりのない子供と2人だけで住んで世間体とか気にならないの?いくら家族の了承を貰っているとは言え、あらぬ噂が立てられるかもしれない。何か事が起きた時にあなた1人で対処できるのかしら?」

「…………」


 痛い所を突かれた。その点については、僕も懸念はしていた。

 解決策を見出せなかったので棚上げしていたのだ。


「菜月と一緒に住んだらその部分の心配はなくなるわ。それと、仕事についてだけど菜月はあなたの会社で働きたいらしいわよ」

「いや、流石にそれはちょっと……」


 免許の申請しているとは言え、実際に仕事が出来るの様になるのは2ヶ月近く先の話である。

 その間は無職を強いる事になってしまう。何より売り上げをどれぐらい上げる事が出来るかも未知数なのだ。

 この状況で従業員を雇い入れるのは自殺行為に等しい。


「先輩、私フルコミでいいので!!それでもダメですか?」


 フルコミッション……完全歩合制と言われる雇用形態。業界内でこういう働き方をしている人は珍しくはない。


 だが……これから設立する会社に看板力なんかあるはずもなく、彼女が苦労する事は間違いないだろう。


 せっかくの提案だが、僕として首を縦に振る事は出来なかった。


「私も姉としては反対したけど、決意は固いみたい。高槻さん、暫くの間妹にチャンスを上げられないかしら?もしもダメだったとしても、自己責任だからあなたが責任を感じる事はないわ」

「パパ、私も菜月ちゃんが一緒に居てくれたら嬉しいかな。色々相談に乗ってもらってるし……」

「先輩、お願いします……」


 3人から懇願されては、もはや僕に選択肢なんてないのだろう……。


「分かった。まだどうなるかは分からないけど、それで良ければこちらこそ宜しく頼む」


 とりあえずの運転資金はあるから、何とかなるだろう。話も終わったので、そのまま皆で食事を摂る運びとなった。


 先程までの張り詰めた空気とは一転し、穏やかなムード。

 そんな中、この部屋では置物に徹していた山本がボールペンの話題を口にした。


「そう言えば優大先輩、矢野さんにボールペンプレゼントしたんですよね?いいなー」

「山本も買ったらいいじゃないか。買えなくはないだろう?」

「あ、いや。そうなんですけど……そういう事じゃなくて……」


 今時の若者は、消費意欲が少ないと言われているから仕方ないのかもしれないな。


「高いのも持っておくと便利だぞ。そうだ、僕の使い古しで良ければそれをあげようか?ちょうど鞄の中に入ってるから待っててくれ」

「あ゛?」


 そう言って席を立ったのだが、慌てた様子の山本に座る様に言われてしまった。

 なんだかドスの効いた声がしたのは気のせいだろうか?


「優大先輩!?それはマズイですって。流石に言っていい事と悪い……ひぃっ!?」

「どうした山も…………っ!?」


 山本の視線の先には、物凄い顔でこちらを睨む矢野が居た。


「パパ、それは流石にデリカシーが無さ過ぎるよ……」


 由美からも軽蔑の目を向けられ、はたと気づいた。


 そうか……流石に高価な物とは言え、中古品を人に贈るのはダメだよな。

 仕方ない、今度山本にも同じのを買ってやるか。


 あまり浪費もできないから、仕事の状況見て余裕が出来てからの話になるけど……仕方ないか。

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