第19話 回想 ―由美視点―

ピリリリリリリリリ〜ピリリリリリリリリ〜ッ


「もしもし?」

『遅くにごめんね。菜月だけどいいかしら?』

「うん、大丈夫だよ」


 電話をかけてきたのは菜月ちゃんだった。

 彼女とは初めて会った日からこうして毎日連絡を取っている。


 話題はスキンケアやお化粧の仕方、洋服に音楽と様々だ。

 これまで余裕がなくて友達と遊びに行く事なんてなかった。これからはそういう機会も増えてくるだろうとの事で、心構えや注意点を色々教えてもらっている。


 菜月ちゃんは頼りになるお姉ちゃんと言った感じ。一人っ子だった私はそんな優しい彼女に既に心を許してしまっている。


 でも、今日の電話はいつもみたいな楽しい話題じゃないんだよな……。昨日、私達は危機に直面している事に気付かされたのだった。


 負けられない戦いが……目の前に迫っている。


 これから行われる作戦会議を前に、私は昨夜のやり取りを思い出しながら、拳を握り締めるのだった。




〜由美 回想(冒頭前日譚)〜 


 パパが早く寝たので、菜月ちゃんと21時過ぎから電話を始め既に2時間が経過していた。


『そう言えば、聞き忘れてたんだけど……由美は何であんなにお金の心配してたの?』


 菜月ちゃんは心底不思議そうな声で尋ねてきた。


「住み始めてすぐの頃にね?夜中に溜息を吐くパパの姿を何度か目撃したんだ。それを見てやっぱり私が負担になっているんじゃないかな……って思ってたの」

『それがきっかけになってたのね。その頃の先輩の溜息の理由に心当たりはあるんだけど……由美から見て他に何か変わった事はなかった?』

「変わった事……あ、そう言えばさ?パパ、今もたまにだけどスマホをジッと見てる事があるんだよね。操作している感じじゃないからネットを見てるとかじゃなさそう。ただ、私が覗き込むとすぐに隠すの。もしかしたら、えっちな写真とかを見てるのかもしれない……」


 私でも男の人がそういうのを見ているのは知っている。

 そんなに見たいなら、私を見ればいいのに……と少しだけモヤっとした。


『そうなのね、先輩はやっぱりまだ……』

「菜月ちゃん?」

『ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて……由美、教えてくれてありがとね』

「菜月ちゃん何か知ってるの?」

『ええと…ま、まぁ……』

「教えてくれないの?私ちょっと不安なんだ。菜月ちゃんが来た日の夜もパパそんな感じだったし、パパに捨てられたら私もうダメかも……」

『そ、そんな事はないわよ!?先輩はそんなに薄情じゃないから安心して』

「…………ぐすん」

『…………もう、分かったわよ……』


 嘘だった。菜月ちゃんを送って行った日は、パパは夜中に溜息どころか、疲れてお風呂も入らずに寝てしまった。

 菜月ちゃんを騙す事に成功した私は、見えてないのをいい事に小さく舌を出した。


 菜月ちゃんはしっかりしている様に見えて案外チョロいところがある。

 無意識に私に甘くなっているのかもしれない。


 この数日で分かったのだけど、私が『お願い』をすれば彼女は大抵の事は折れてくれる。

 ダメだった場合は『ぐすん』でトドメを刺す。

 本当に泣いてたらこんな言葉が出るはずないのは、ちょっと考えたら分かるのにね。

 何故か効果があるらしいので、私はこれを菜月ちゃん用の秘密兵器としている。


「絶対に私が話したって事は先輩には言わないでよ……」


 ほら、この通りだ。パパに告げ口するかどうかは話の内容によるかな?私は『言わないで』の部分については何も返事をしなかった。


「先輩が由美の住んでいたアパートの大家になったのはね……」



 菜月ちゃんの話を一通り聞いた私は、ここ最近で一番の憤りを覚えていた。

 相手の事をお金やステータスでしか見ない人が元カノだったなんてパパが可哀想っ!!


 そりゃ確かにパパの顔はかっこいいとは言えないよ?中の下、う〜ん百歩譲れば中の中ぐらいはあるかもしれない。


 とりあえず顔が微妙なのは仕方ない事だし、パパの魅力はそもそもそこじゃない。優しいところ、それと子供みたいに無邪気に笑う顔や困った時の顔がとても可愛らしいから私は好きだ。


 菜月ちゃんにその話をしたら、彼女もまたパパの魅力を話し始めたので、大いに盛り上がった。

 

 ただ、途中から『元カノの事を思い出したらなんかムカついてきた』とか言ってヒートアップするのは止めて欲しかった。

 菜月ちゃんをなだめるの大変なんだよね。その事についてはちょっと根に持っていたりする。


 次の話題は、パパがスマホで何を見ているのか?という事についてだった。


 菜月ちゃんの予想は元カノの写真。パパの過去を聞いた今となっては私もそれで間違いないと思う。

 えっちな写真見てると思ってごめんね、パパ。


 そんな私達には一つの危惧すべき事があった。それは元カノから連絡がある可能性だ。

 そんな酷い振り方をしたのだから、連絡はないとは思う……だけど油断は出来ない。

 もしかしたらヨリを戻してしまうかもしれない。そう思うと私の不安は一気に高まった。


 そんな私の気持ちなんて気にせず、突然今日の電話はここまでにしようと菜月ちゃんが言い出した。

 薄情者と思いながら時計を見れば、もう1時を過ぎていた。


 明日も学校あるしそろそろ寝ないと……。


 対策についてはまた夜に話すと約束をしてモヤモヤしながらも電話を切ったのだった。


〜Fin〜



『それで昨日話してた今後についてなんだけど…名案が浮かんだわ』

「どんな案なの?」

『その前に昨日話した事を確認するわね。先輩が元カノを引きずっているのは間違いないわ。もし連絡が来たらヨリを戻す可能性はあるし、そうなったら由美がそこに居られなくなるかもしれない』

「うん……」


 改めて言われると悲しい気持ちになった。


『そんな不安そうな声を出さないで。大丈夫、私がそんな事はさせないから!!』

「菜月ちゃん……」


 彼女はきっと昨日電話を切ってから今まで、私の為に色々考えてくれたのだろう。

 私はそんな彼女に心の中でお礼を言った。


『それじゃ考えた作戦を早速言うわね。私がその家に住んで先輩の会社に入社するの!!どう名案でしょ!?』

「…………はい?」


 予想すらしていなかった事を言われ、思わず聞き返してしまった。


『もう、由美は察しが悪いわね……。難しく考える事なんてなかったのよ。先輩が元カノと連絡を取らない様に私達で監視すればいいの。ただ昼間は由美は学校で居ないでしょ?そうなると先輩が何をしているかは分からない』

「うん……」


 勉強に支障が出るという理由でアルバイトは既に辞めたから土日は把握できているが、確かに平日のパパの行動については分からない。


『同じ職場なら私が仕事のスケジュールを知っていても不思議じゃないわ。仕事上、いつも行動を共にする訳じゃないけど……それでも今よりは把握しやすいでしょ?』

「それだけだと元カノと連絡取れるんじゃないの?あと会社ってそんな簡単に入れてもらえるものなの?」


 菜月ちゃんの作戦は穴だらけな気がしてならない。ちょっと不安になってきた。


『会社については考えがあるから平気よ、絶対に首を縦に振らせるから。それと由美の言う通りこれだけだと対策としてはまだ甘いわ。だから先輩が家にいる時は2人で徹底的に監視するつもり』

「どうやって?パパは一緒に寝てくれないし自分の部屋に入られたら無理だと思うよ?」

『そこは私とあなたが手を組んで納得させたらいいでしょ?とにかくどんな手を使っても元カノと連絡を自由に取らせない環境にする事が大切なの』


 確かにその提案なら、元カノから連絡が来ても対策しやすい。それにパパと一緒に寝られる様になったら嬉しい。


 でも、私はパパと2人の方がいいんだよな。

 冷静に考えてみると、元カノから連絡……来ない気もするんだよね。


 菜月ちゃん、絶対にパパの事好きだろうし2人が仲良くしている姿を見るのはそれはそれでなんかモヤッとするし……。

 本当に私の事を心配してるだけなのか探りを入れてみようかな。


「一応確認だけど、菜月ちゃんがパパと一緒に住みたいからそういう提案をしている訳じゃないよね?」

『な、何を言ってるのよ!?あ、当たり前じゃない。由美こそ先輩と2人が良かったとか思ってないでしょうね?』

「え?そ、そんな事、思ってない……よ?」

『疑われて悲しいわ。私は由美の力になりたいだけなのに……』


 図星を突かれてちょっと焦ってしまった。菜月ちゃんの声のトーンが下がったのを聞いて、意地悪し過ぎたと反省する。


「菜月ちゃん、ごめんね……」

『悪かったと思うなら、私のお願い聞いてもらえる?』

「あ、うん。私で聞ける範囲でよければ」

『簡単よ、私がせんぱ……由美と住める様に私の家族の説得を手伝って欲しいの』


 ちょっと!?言い直したの聞こえたよ!?


 今更、やっぱりやめたとは言える雰囲気ではなかったので渋々了承した。

 私は元カノよりも菜月ちゃんに対して警戒心を強めるのだった……。

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