第17話 雨降って地固まる
通路に設置された椅子に座り、小さく溜息を吐いた。
休日のショッピングモールは、多くの人々で賑わっている。
幸せそうに買い物を楽しむ姿を、僕は疲れた顔で1人で見ていた。
ふと隣を見ると、50代の男性も疲れた顔をして行き交う人々を見ている。
きっと僕と同じ様に戦力外通告を受けたのだとその男性に仲間意識を覚えた。
ショッピングモールに到着し、僕はまず食事を摂る事を提案した。
だが、時間が足りなくなったら困るという理由で矢野に却下された。
優先すべきは由美の服や必要な物を買う事と言われてしまえば、黙って付いていくしかない。
そこから始まったのは、矢野による由美のファッションショー。
それがあんなに長くなるとは……この時の僕は思いもしなかったのである。
着替える度に、感想を聞いてくるので『いいと思う』と何度も繰り返し答えた。
何故か最初は笑顔だった2人の顔がだんだん曇っていく。
最後は矢野に『ちゃんと考えてから感想言ってください』と怒られた。
お金を置いて何処かで時間を潰せと言われたので、突然の買い物だったので、手持ちがあまりない事を矢野に伝えた。
買い物の間は、一緒に行動するしカードで払えば問題ないと思っていたと……。
『分かりました。それなら由美ちゃんの下着買う時もちゃんと一緒に居てくださいね先輩。ついでに私のも選んでもらおうかな』
そんな僕をジト目で見ていた矢野のとんでもない要求に、慌ててATMへ向かいお金を渡して現在に至る。
ちゃんと考えてないと言われたが、矢野はセンスがいい。
彼女の選んだコーディネートは由美にとても似合っていたし、由美の顔は笑顔で溢れていた。
だからこその『いいと思う』だったのだが……そんな僕の考えは上手く伝えられなかった様だ。
世の中の父親は、この難局をどうやって乗り越えているのだろうか?
女性の服や化粧品、そういった物の知識を僕は持ち合わせていない。
凪沙と付き合っていた時もよく買い物に行ったが、彼女は僕に意見を求める事なんてなかった。
彼女もまたセンスが良かったし、自分の着たいと思う服を買う主義だったのだ。
このまま座っていても退屈なので、店舗でも見て回ろうと辺りを伺う。
一軒の店が目に留まったので、僕はそちらに向けて歩き出した。
「へぇ、こんな店もあるのか。まだまだあっちは終わらないだろうし、ここで時間を潰すか」
向かった先は文房具の専門店。僕はボールペンに対して、
矢野と山本がまだ新人だった頃、2人の契約のお祝いにボールペンを贈った事もある。
不動産という業種だけに、物件の価格は多岐に渡る。
不動産価格の大きい小さいに関わらず、大抵のお客様は人生で最大の買い物という決意を持って契約をして下さるのだ。
だからこそ、お客様にご署名いただくボールペンは無碍にできない。それなりの物を使うのが当然だというのが僕の持論である。
僕が2人に贈ったボールペンは、高くはないが決して安物でもない。当時の2人が使っていて嫌味にならない物にしたつもりだ。
あれから2人は成長し、給料も当時とは比較にならないぐらいもらっている。
実力もついた今ならもっと高価な物を使っても問題ないのだが、僕の贈った物を今だに使っている。
必要経費だと思うのだが、2人に僕の考えが伝わらなかったのは残念に思う。
「今回の件のお礼も兼ねて、矢野に何かプレゼントするか」
店内をざっと見て回る、どうやら幅広い価格帯を取り扱っている様だ。
「おっ、僕が使っているのと同じのがあるな。これが1番オススメなんだよな」
僕が使っているのは、高級ボールペンに類する物なので、値段もそれなりにする。
軸周りが太過ぎないので、男性にも女性にも使いやすいのだ。
「同じのは流石に嫌がるか……もう少し店内を見て回るか」
店内を一周したものの、他にピンとくるものはない。
結局、僕の使っている物と同じ物を選んだ。
契約者が共有名義の場合や、インク切れ等のスペアを考えて、僕は同じ物を3本買う事にしている。
同じ様に矢野に贈る品も3本買ったので、値段が高くなってしまったが今回のお礼という名目なら向こうも気が引ける事はないだろう。
買い物を終え時間を確認すると1時間が経過していた。
呼び出しの連絡は来ていないが、他に買いたい物がなかった僕は通路に設置された椅子に腰掛ける。
スマホでニュースを見て時間を潰すぐらいしかやる事がなかった僕へ連絡が来たのは……それから2時間後の事だった。
事前に打ち合わせしていた待ち合わせ場所に向かうと、ご機嫌な
2人の両手には大量の紙袋がぶら下げられている。
「お待たせしました先輩。夕食にはちょっと早いですが、ご飯食べて帰りましょうか」
「ああ……。たくさん買えた様で何よりだ。全部は無理だけど荷物持つぞ」
数が多く全部は持てなかったので、重い荷物を僕が持つ事にした。
受け取った荷物は結構な重さで、一体何を買ったのだろうか?と気にはなった。
そんな時だった……
「由美、何が食べたい?」
「…………っ!?」
矢野から発せられた言葉を聞いて僕は耳を疑った。
この短時間で由美を呼び捨てにしているではないか。
「別に何でもいいよ。菜月ちゃんが好きなのにしたらいいじゃん」
由美が矢野を菜月ちゃんと呼んでるだと!?
「そう?でも私は大人だから由美に決めさせてあげる。子供らしく甘えておきなさい。それで何が好きなの?」
「またすぐ子供扱いする。菜月ちゃんも大して変わらないくせに。言っておくけど、私まだ成長期だからね!!」
「待って待って、それは言わない約束でしょ!?まぁ、もう少しすればあなたにも分かるわ……この世の不条理が……」
由美の過去の話を聞いても動じなかった矢野の瞳が憂いを帯びる。
「はいはい、その話はさっきも聞いたからもういいって。話を戻すけど、私が決めていいならオムライスでいい?」
「いいわよ、確かオムライスとパスタの美味しいお店が入ってるからそこにしましょうか」
目の前で繰り広げられる光景に、理解が追いつかない。
かろうじて理解出来たのは、由美の好物がオムライスという事だった。
「先輩、ボーッとしてないで行きますよ。付いてこないと置いていきますからね」
「パパ、早く早く!!」
呆然とした僕が気を持ち直した時には、既に2人は歩き始めていた。その後を急いで追いかけるのだった。
ーあとがきー
ネタバレというか補足です。菜月と由美の距離が縮まった事には理由があります。
由美は菜月に対して、自分の抱える不安を取り除いてくれた事、身の回りの品を真剣に選んでくれた事をきっかけに、心を開きました。
菜月は妹として育ってきたので、お姉ちゃん面する事が嬉しかった様です。
そんな2人の仲が、急速に縮まったのは……既に察していただい方もいるかと思いますが、ズバリ『貧乳』による相互理解の賜物です。
ショッピングモールの菜月もしくは由美の視点を書くつもりはありませんので、こういう形で補足させていただきます。
巨乳好きの皆様……心よりお詫び申し上げます。
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