第15話 矢野菜月、荒ぶる
なぜ彼女がここに?という疑問と同時に、ガバッと手が伸びてきて僕の額を鷲掴みにする。
「痛い痛い痛い。は、離してくれ……」
「痛くしてるんですから当たり前です。1番痛いのは先輩に嘘を吐かれた私の心です。こちらに来て1ヶ月しか経っていないのに、どうしてこんな事になっているのですか!?」
「…………」
え……矢野がすごく詰めてくるけど今ってそんなに
これ見よがしに溜息を吐いた矢野は、額から手を下ろす。
終わったと思って安心したのも束の間、今度は両手で頬を引っ張ってきた。
「私、『問題ありませんか?』って何度も聞きましたよね?」
「ふぁ、ふぁい……でんふぁでも、めっふぇーじでも……」
矢野は最後に会った日から、数日に一度は連絡をくれていた。やけに心配してくれているとは思ったが。
喋りにくそうにしているのを見て引っ張る力は緩めてくれたが、未だ頬から手は離れていない。
「矢野、ちゃんと説明するからとりあえずこの手を離してくれ……」
「仕方ないですね」
そう言って渋々ではあるものの手を離してくれた。
「先輩それでなんて答えましたか?」
「『ない』と答えた……ました」
睨まれたので、つい言い直してしまう。
「嘘ばっかりじゃないですか!!問題起きてるじゃないですか!!それとも何ですか?女の子を1人囲うくらいは問題ではないと……」
「いや、そんなつもりでは……」
矢野の額に青筋が浮かんでいる。かなり怒っていらっしゃる?
僕の言い分としては初日に方向性は決まったし、その後も事態は収束に向かっていた。話は順調に進んでいたので問題はないと認識していた。だから嘘は言ってないつもりだ。
「先輩、今日は引越しの手伝いに来たつもりでしたが予定変更です。まずはじっくりとお話聞かせてもらいましょうか」
「いや、それは無理。引越し作業をやらないと……」
「業者さんに大きな荷物だけ指定の場所に置いてもらったらいいだけでしょ?後はこっちでやるから帰っていいって言えばあちらも喜ぶ事でしょう。私も手伝いますからそれで問題ないです。指示を出す時間ぐらいは待ちますので、さっさと済ませてください」
いや、そう言われてもまだ引越し業者が来てない。
突如現れた矢野を、目をパチパチと瞬かせながら見つめる由美の姿が横目に映った。
確かあの行動って、不安や緊張の表れだった気がする。
心配ないぞと言って頭を撫でてやりたいのだが、矢野の怒りを前にして動くことが出来ない不甲斐ない僕を許して欲しい。
このままでは埒があかないと思い、勝手に自己紹介を始める。
「えっとこの少女の名前は、三条由美。高校生だ。それでこっちの怖そうな…ひっ!?」
「先輩、おふざけはいいからちゃんと紹介してくださいね」
有無を言わせぬ矢野の迫力につい怯んでしまう。そうだよな、第一印象って大事だからちゃんとやらないと……本当は分かっている。
少しでも空気を和らげたいと思い冗談を言ったつもりだが、火に油を注いでしまった様だ。
「由美、この人は矢野菜月。僕の前に居た会社の後輩だ」
「パパの後輩の方でしたか!!矢野さん初めまして、三条由美です!!」
「こちらこそ初めまして、矢野菜月です」
そう言って互いに頭を下げ自己紹介する2人。
仲良きことは美しきかな……ってところだ。
これにて一件落着と思った矢先、目を疑う光景が繰り広げられる。
「それでその後輩さんが、ウチに何の用ですか?これからパパと引越し作業を終わらせたら、2人きりでお祝いするんです!!その準備もしないとですし、疲れたパパの背中を流す為に一緒にお風呂も入らないといけません。だから、今日はやる事が多すぎておもてなしする余裕はありません。それに引っ越しの手も足りてますので、どうぞお引き取り下さい」
ん?
「お、お風呂!?一緒にっ!?高校生にもなって父親と一緒に入るなんて……あなた、お、おかしいわよ!!ちょっと先輩……何でそんな事を受け入れてるんですか!?不潔です、不潔」
いや、僕に言われてもな。そんな事を受け入れているパパが居るなら僕の前に連れてきてくれ。
最初の一回だけはアレとしても、それ以降はちゃんと断っている。
由美が勝手にそう言っているだけで、そもそも僕は許可だってしていない。
「何が不潔なんですか?直ぐに下半身に結びつけるあなたのほうがよっぽど不潔です。仮にもしもですよ?私達があなたの言う不潔な関係だったとして、それがあなたになんの関係があるのですか?私とパパは別に血が繋がっている訳でもないですし、年頃の男女が一つ屋根の下で暮らしていればそういう事が起きても別に不思議じゃありません」
言わせてもらうとどう考えても不思議だし、あったらいけない事だからなそれ。
それよりも由美ってこういう事を言う子だったか?なんか昨日までとは全然違う気がする。
僕のイメージは、不動産屋の社長の言葉を聞いて、恥ずかしそうにしていた可愛らしい子のはずなんだけど……あの由美はどこ行った?
「なっ!?血が繋がってないなら尚更ダメじゃない!!大人が高校生とその……そういう事したら犯罪よ犯罪!!社会的に抹殺されるのよ!?先輩、あなたはこの子に何をしてるんですか!?」
全部……いや、ほぼ誤解である。
目に薄らと涙を浮かべ、胸倉を掴んで僕を揺する矢野。
彼女の中で僕は既に犯罪者認定されているのかもしれない。
周りが見えなくなるぐらい興奮しているのは見ていて分かるが、お願いだからちょっと落ち着いてほしい。
それと、今しがた到着した引越し業者さんが困っているのに気づいてくれ。
出来たら外でそんな話をするのも止めて欲しい。
もしもご近所さんの家の窓が開いていれば、中に居たとしても二人の声は丸聞こえなのだから。
今日からここに住むつもりなの分かっているのだろうか?
世間体を考えるぐらいの配慮、せめて社会人なら持っておいてくれよ……。
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