第5話 姉、襲来!?
山本から送られてきた住所は、車で30分程の場所だった。早速タクシー会社に電話をすると、どうやらすぐに来てくれるとの事。
お勘定をしてもらう為、呼び出しボタンを押す。暫く待つと、最初の注文を取った顔馴染みの店員さんが来てくれた。
「す、すみません。大変お待たせ致しました」
そう言って深々と頭を下げる。店内はほぼ満席、きっと目の回る様な忙しさなのだろう。
「忙しそうだね。待たされたなんて思ってないから気にしないで。そろそろ帰るよ、お勘定してもらってもいい?」
「かしこまりました。それにしても矢野さんがこんなに飲まれるなんて珍しいですね」
「僕も初めて見たから、正直驚いているよ」
「店内を動き回っている時に遠目で見てても、今日のお二人はとても楽しそうでしたもんね。なんかお付き合いしているカップルみたいでしたよ、ふふふっ……」
そう言って微笑ましいものを見る目を僕に向ける彼女。頼む、年上の……それもこんなおっさんにそんな目を向けないでくれ。
もし矢野が聞いたら間違いなく『キモい』って言っていただろうな。
店内に目を配るのは店員としては当然なのだろうが、しっかり観察されていた様でやけに気恥ずかった。
「流石に矢野と僕が釣り合うわけないよ……」
僕は照れ隠しのつもりでそう呟きながら、お金を渡した。
僕の呟きが聞こえたであろう店員さんは、何も言わず曖昧な笑みを浮かべ去っていった。
支払いを済ませて店を出ると、タクシーが既に到着していた。
酔ってグダグタの矢野を車内に押し込み、行き先を伝える。
時折、隣に座る矢野を見る。頭がフラフラしていて危なっかしいが、僕にはどうしてやる事もできない。
目的地までの距離が半分ぐらいになった頃、ここで予想外の事が起きる。矢野の頭が大きくグラつき、なんと僕の肩にもたれかかってきたのだ。
こんな風に、至近距離で女性の寝顔を見る機会は凪沙以外ではなかった。自然と心拍数が上がったのは、遅れてきたアルコールの影響だと信じたい。
僕は目を瞑り、意識しない様にと己を律する。
果たして矢野の髪から香るいい匂いはシャンプーのものだろうか?
意識しないという決意は、一瞬にして脆くも崩れ去っていったが……悪いのは僕じゃない。いい匂いがする矢野がいけないんだ。
この地獄の様な天国の様な何とも言えない時間も、目的地に到着した事で終わりを迎える。
矢野は相変わらず朦朧としている状態だったので、肩を貸して目の前のマンションのエントランスに入った。
「えっと、号室は1501号室と……」
スマホに送られてきた山本のメッセージを確認しながら、オートロックのインターホンを鳴らす。
「こんばんは、お待ちしてました。すぐ開けますのでそのまま入ってきて下さい」
矢野の姿が確認できた様で、名乗る事もなくスムーズに通してもらえた。
彼氏の家だったらどうしようかと少しビビっていたので、女性の声にホッと胸を撫で下ろした。声から察するにどうやら若い女性らしい。
エレベーターで15階まで昇り、部屋のインターホンを鳴らす。玄関ドアが開き女性が顔を出したのだが、その姿に僕は息を飲んだ。
自分の容姿が整ってない事は自分自身が1番理解している。なので、女性の容姿を普段から比べる様な事はないのだが、この人は今まで見た中でも別格の美人だった。
僕の知り合いの中で、1番の美人は矢野だ。その彼女が10人中10人が振り返る美人だと仮定する。
その場合、目の前の女性は10人中10人が2度振り返ると言っても過言ではないレベルだった。それこそ芸能人と言われても信じてしまうだろう。
「私の顔に何かついてます?」
「何もついてません。不躾な視線を送ってしまい申し訳ございませんでした」
「いえいえ、慣れてますので。思わず見惚れちゃいました?」
そう言ってイタズラが成功した子供の様に無邪気な笑みを浮かべる彼女。
見た目からしておそらく年下だろう……。そんな彼女に手玉に取られた様で、少しだけ悔しくはあるが正直に白状する。
「否定はしません」
「そうですか。立ち話もなんですから、とりあえず上がってください。少し散らかってますが気にしないでくださいね」
「それではお邪魔させていただきます」
見ず知らずの女性の家に入るのには抵抗があるが、矢野を早く寝かせてやりたい。
ここに行けと言ったのはそもそも山本だし、何か問題が起きたら責任は彼に押し付ければいい。
「あ、リビングの横の和室にお布団敷いてますので、菜月をそちらに寝かしていただけますか?」
「誤解して欲しくないので先に言っておきますが、変な意味ではなく服は脱がせたほうが良くないですか?」
「ああ……スーツですもんね。酔い潰れたこの子が悪いので、そのままで大丈夫ですよ」
そう言ってコロコロと笑う姿が、とても絵になると思った。
矢野に対し一応の義理は果たしたと自分を納得させ彼女の指示の通りそのまま布団に寝かしつけた。
「すぐにコーヒー淹れますので、そっちソファーにでも座って寛いでいてください」
「あ、お構いなく。すぐに帰りますので」
「いえいえ、せっかくですのでご遠慮なさらずに。私も高槻さんには聞きたい事が沢山ありますので……」
………っ!?体感温度が急激に下がった様に感じ、思わず身震いをした。アルコールによる体温の低下?そんな生やさしいものではない。
僕を呼び止める女性の目が笑っていない……それだけの事なのに、無意識に恐怖したのだ。
「ああ……そう言えば自己紹介がまだでしたね。初めまして、矢野
なるほど、彼女は矢野のお姉さんだったのか……。
それはいいとして、会社の後輩の姉と2人きりでコーヒーを飲むって一体どんな状況なんだ!?
何故だか分からないが、この人と2人きりで話すのは危険だと本能が訴えかけてくる。
帰る為の口実、そんなの咄嗟には思いつかないよな……。あれこれ考えている内に時間は無常にも過ぎていく。
「お待たせしました」
山本、頼むから早く来てくれ……!!
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