第4話 お別れ会③

「優大先輩、菜月……じゃなかった矢野さんが酔い潰れたって事で間違いないのですよね?」


 慌てた様子の山本が矢野の事を名前で呼んだのを僕は聞き漏らさなかった。


 やはりそういう事だったか。茶化したりしないから言ってくれても良かったのに……と少し寂しい気持ちになった。


 まぁ、プライベートな事だし報告義務なんてないのだから2人は別に悪くない。


「ああ、さっきまで元気だったんだが急に酔いが回ったみたいだ」

「あちゃ〜。せっかく色々打ち合わせしたのに、何やってるんだか……」

「山本、なんだって?ちょっと周りがうるさくて聞こえにくいから、もう少し大きな声で喋ってくれないか!?」

「あ、すいません。優大先輩、ちょっと相談するんで5分後にかけ直します。プープープープー」

「…………」


 彼にしては珍しく慌てて電話を切った事に違和感を覚える。


「仲も良さそうだし、美男美女。本当にお似合いだな……」


 テーブルに突っ伏している矢野を見ながら、無意識にそんな事を呟く。

 忘れようとした記憶が呼び起こされ、少し胸が痛んだ。

 もしも僕が2人みたいに容姿が整っていたら……。凪沙と別れる事もなかったのだろうか。


 油断するとすぐに悪い方に向いてしまう思考を頭から追いやる為に、少しだけ残っていた焼酎をグラスに注ぎ乱暴に飲み干す。


 5分がこんなにも長く感じるとは思わなかった。

 こんな風に居酒屋で1人で黙っていると、周りから取り残されてしまった様に感じる。

 思いのほか、僕は寂しがり屋だった事を知り苦笑が漏れた。


 電話が鳴ったのは、それから数分後の事だった。


「優大先輩お待たせしました。いきなりですけど今日ってどちらに泊まる予定なのですか?」

「今日は結構飲むかもしれないと思って、居酒屋の近くのビジネスホテルを予約してるよ」

「そうでしたか。うーん、俺まだ帰れそうになくて。さっきはどこに行けばいいかと威勢の良い事を言いましたが、実はすぐには迎えに行けそうもないんです」


 月末が迫り、山本は3件の月内契約をねじ込む事に成功した。

 まぁ、そのツケとして仕事が溜まっているのだけど。

 重説と契約書の作成は自分でやらないといけない会社なので、このご時世でも場合によっては残業を強いられる。


 そんな中でも、何とか送別会に来ようと頑張ってくれていた山本に対して申し訳なく思うと同時に、こんなにも慕われていた事が嬉しかった。


「矢野は確か一人暮らしだったよな?流石に僕が送るには問題があるか……」

「それなんですけど……ぶっちゃけますね。矢野さん本当は実家に住んでるんですよ。言ったら俺殺されるかもですが、酔い潰れてる方が悪いですよね!?ね、先輩もそう思うでしょ!?」


 よく分からない同意を求めらたが、何と答えて良いものか咄嗟には浮かんでこない。

 別に殺伐とする話ではないし、正直どうでも良くないか?とも思ったが、あえて触れないでおいた。


「まぁ……悪いかどうかは分からん。ただ、一人暮らしでも実家でも嘘つく必要はないぐらいは思うがな」

「あー、なんかカッコよく見せたかったらしいです。一人暮らしの女は自立しているみたいな感じ……分かりますかね?」


 それどこ調べの情報だよ。全く矢野の気持ちが分からない。これは僕の感覚の方がおかしいのだろうか?

 分からないと反論してしまうと話が進まないので適当に濁した。


「とりあえず言いたい事は何となく理解した。それなら実家の場所を聞いてタクシーに乗せたらいいか?」

「あー、それは不味いんですよね。前提条件として知っておいて欲しいのが矢野さんのご両親って彼女の事を溺愛してるんです。もしこんな酔い潰れた姿を見ようものなら、簡単には飲みに行かせてもらえなくなりますよ」

「まぁ、よく分からないが……彼氏のお前が言うならそうなんだろうな」


 言ってやったぞ。教えてもらえなかった事への仕返しという訳ではないが、渾身の右ストレートをお見舞いしてやった。

 さっき名前呼びした事に触れなかったから、僕が聞き逃したと安堵していた事だろう。


 甘いぞ山本、現実はそんなに甘くないんだよ。


 僕から彼に送る最後の教えだ……、してやったり感で思わず笑い声を挙げそうになってしまった。


「え?俺と矢野さんが付き合ってる……はぁ!?優大先輩、そんな事思ってたのですか!?」


 予想とかけ離れた答えが返ってきた事で、立場が一転する。渾身の右ストレートが当たったと思った矢先、カウンターをもらってしまったのだ。


「え、違うのか!?」

「違いますよ、それ矢野さんに言ってないでしょうね?」

「ああ、言ってないぞ」

「まったく優大先輩は……。僕の口から明言は避けますが、そういうとこですよ先輩の悪いとこ」

「…………」


 送別会って僕を詰める会の事を示す言葉だったのか?とりあえず解せぬ。


「僕の事は余計なお世話だ。それで矢野はどうしたらいいんだ」

「今からメッセージ送るんで、その住所にタクシーで向かってもらっていいですか?」

「ああ、分かった。だが行く前に一つ聞きたい。どこに連れていくんだ?彼女の友達の家か?」

「ああ、それは言うなって命令なんですよね。住所は教えていいと本人から了承を得てますので安心して下さい。俺が言えるのは『行けば分かる』って事だけです」


 それは安心して良いのだろうか。まぁ、ここで文句を言っても仕方ない、黙って指示に従うか。


「分かった、とりあえず山本の指示に従うよ」

「自分も出来る限り早めに仕事終わらせて合流します。それじゃ優大先輩、また後ほど!!お疲れ様でしたー。プープープープー」


 送別会の後はホテルに戻って寝るだけと思っていた僕の1日は……どうやらまだ終わらないらしい。

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