第6話 決戦?

「お待たせしました」

「あ、いえ……」


 むしろまだ来ないで欲しかったとは口が裂けても言えない状況。


「それで、今日はいかがでしたか?」

「理解力が乏しくて申し訳ないのですが、いかがとはどの件についてお尋ねになられてるのでしょうか?」

「ああ……これは大変失礼致しました。先に申し上げておくべきでした。私の方が歳が下ですのでいつも通りに話して下さって構いません。配慮が足りず申し訳ございませんでした」

「それなら矢野さん?も、僕に丁寧な言葉を使わなくて大丈夫ですよ」

「では、お互いに気を使うのは辞めるという事にしましょうか」

「そうですか……それなら僕も遠慮なくいつも通りに喋らせてもらう事にするよ」


 堅苦しいのは苦手なので、申し出にありがたく従う事にする。


「それでさっきの『いかがでしたか』というのは?」

「言葉通りの意味で、送別会の感想についてお聞きしました」

「とても楽しかったですよ。矢野……だと紛らわしいか。菜月さんが僕なんかの為に時間を割いてくれるとは思わなかったので。山本の事はご存知なんですよね?残念ながら彼は来れなかったけど、何とか時間を作ろうとしてくれた事に感謝してます」

「そう言っていただけて安心しました。菜月のあの様子を見れば、とても楽しい時間だった事は一目瞭然です。あんな風に酔い潰れるなんてあの子の人生で2度目ですから……」


 そう言って苦虫を噛み潰したかの様に顔を顰める矢野さん。

 美人の不機嫌な顔って綺麗だけど怖いんだよな……その様子が、どことなく矢野と似ている気がして、自然と頬が緩んだ。


「何を笑ってるのですか?もう……こっちは不機嫌なんですよ?」


 そう言って頬を膨らませる。僕のせいで、ますます機嫌を損ねてしまったらしい。取り繕っても仕方ないので、ここは正直に打ち明けよう。


「すまない、悪気はないんだ。今のあなたがどことなく不機嫌な時の矢野…じゃなかった菜月さんに似てたので笑ってしまったんだ」

「わざわざ言い直さなくて大丈夫ですよ。あの子の事はいつも通り『矢野』と言ってくれて構いませんよ」

「ありがとう。やっぱり姉妹なんだなと思ったんだ。そうやって感情がコロコロ変わる所が本当によく似ている。僕に向けるその私怒ってますみたいな顔が特にね」

「?」


 『そうなんですね』と同意してもらえるかと思ったが、予想に反し矢野さんは首を傾げただけだった。


「まぁ、矢野さんの方が美人なのは認めるから、そっくりは流石に言い過ぎか……。気分を悪くしたなら謝るよ」

「なるほど……。私と高槻さんの中にある菜月という人物像に食い違いがある様ですね。それについては後ほど確認するとして、今は一旦置いておきましょう。それと菜月より美人なのは私も認めてますが、似ていると言われて嬉しくないなんて事はないですよ」


 僕に対する態度だけ違うのか?そんな特別求めてないから普通にしてくれていいんだけどな。


 そんな事よりも矢野さんが不機嫌な顔を浮かべた理由を聞く方が先か。


「それで、さっき不機嫌そうな顔を浮かべた理由を聞いてもいいのだろうか?」

「ああ……そうでしたね。酔い潰れた菜月を見て、久々にあの事を思い出しました。さっき言ったと思いますが、菜月が酔い潰れたのって2度目なんです」

「そう言ってましたね……ああ、別に話したくないなら無理に聞こうと思いませんので」


 自分から聞いておきながら、すぐに手のひらを返した様に無理に話さなくていいと言うその心は?

 それは勿論、矢野さんが人様に到底お見せする事が出来ないような憤怒の表情をしているからに決まっているだろう。

 やばい……地雷を本気で踏み抜いてしまったと直ぐに後悔する。


「きちんとお話ししますが、この事は他言無用でお願いします。もちろん菜月本人にも絶対に言わないでくださいね」

「…………」


 地雷とか余計な事を考えていると、話しが始まってしまった。

 本人にも言うなって、そんな話は僕としては聞きたくないのだが……。

 でも、今更やっぱりいいですとは言い難いので観念する事にした。




 話を全て聞き終えた後、ここ最近で1番の憤りを覚える事になるとは……この時の僕は予想すらしていなかった。




 学生時代の矢野は、僕と出会った頃と同じでどちらかと言うと引っ込み思案な性格だったらしい。

 受験勉強を頑張り、志望校の大学に無事合格を果たした彼女。高校時代の仲の良かった友達も同じ学校に合格し、充実したキャンパスライフを過ごす事に胸を躍らせていたらしい。


 高校卒業後に家族で行った旅行の話、入学式に来ていく服を家族で買いに行った話と変わらず微笑ましい気持ちで聞いていられる内容が続いた。


ところが、大学入学の頃から微笑ましいとは言ってられない方向に話が進んでいく。

 家族に大切にされ、真っ直ぐに育った彼女は他人の悪意に疎かったのだ。


 新入生を迎える季節は、サークル勧誘はどこの大学でも風物詩なんだな。僕には縁はなかったけど。


 矢野も友達と一緒にサークルを探してた所に、とあるサークルから勧誘を受ける。


 皆で楽しく色々な事をして遊ぶのが目的という、いかにも陽キャが好む頭の悪そうなサークルと聞き、僕は自然と眉を顰めた。

 矢野さんは冠言葉を付けてはいなかったが、言わないだけできっとそう思っているはずだ。


 サークル説明という名の懇親会という名目で誘われて矢野は着いていったらしい。

 少し考えれば怪しいと気づくだろうに……そんなサークルには入るべきではない。

 僕は警戒心のない学生時代の矢野に少しだけ苛立ちを覚えた。


 そして悪い予感は的中する。そのサークルは、未成年である新入生に酒を飲ませ、いかがわしい事をする俗に言う『ヤリサー』と呼ばれる類のものだった様だ。


 もしかして?と思ったが、幸い一緒に参加していた高校時代からの友達が機転を利かせたおかげで事なきを得た様だ。

 親に大事に育てられ他人を疑う事を知らなかった矢野は泥酔していて、一歩間違えれば取り返しのつかない事になっていたと聞いて肝が冷えた。


 この事がきっかけとなり、学生時代の矢野は飲み会の帰りは必ず父親が迎えに行く事が条件となる。泥酔した日の記憶がない矢野は、卒業までずっと不満を言っていたらしいが、事情を聞けば親御さんの肩を持たざるを得ない。

 矢野……覚えてなくても少しぐらいは反省しろと少しだけ呆れてしまった。


 社会人になって、その縛りは一旦は解かれものの、もしもまた泥酔する事があれば、父親によるお迎えは復活する約束だそうだ。

 それを危惧した矢野さんが、ここに連れてくる様に機転を利かせてくれて今に至ると……矢野、幸せそうに寝てないでお姉さんにマジで感謝しろよ。


 でも矢野が乱暴をされなくて本当に良かった……いつの間にか酔いも醒めてしまった。

 矢野がトラウマになりそうな悲劇に見舞われずに済んだ事に心から安堵した。


「そういう条件だから、菜月が飲み潰れたと聞いた時は本当にびっくりしたわ。楽しかったのか?それとも飲まずにいられなかったのか?どちらなのかは気になる所だけどね」


 僕に話した事で、スッキリしたのだろう。矢野さんの表情からも険が取れていた。


 話もひと段落し、ハッピーエンドで物語は終了。普通はそう思うだろう?でも油断している時こそ思いがけない反撃を受けるのが世の常である。


 この後に発せられた一言により、矢野に対してこれまで感じた事がない憤りを覚える事実が判明したのだ。


「そういえば伝え忘れたけど、そういう経緯から父の監視の目が菜月に対しては特に厳しかったのよ。それが原因……は言い過ぎかもだけど、菜月って学生時代から今に至るまで男性とお付き合いした事ないのよね。あの見た目と年齢で処女なのよ?笑っちゃうでしょ?あ、私が言った事は絶対に内緒よ。多分菜月がこの事を知ったら私も、そしてあなたも……命はないわ。な〜んて冗談、だって菜月優しいもん」


 空いた口が塞がらない経験をしたのはいつ以来だろうか?

 自分もそういう経験がなかったくせに、事あるごとに『魔法使い』と馬鹿にしていたのか!?


 和室の方を見ると、なんかニヤけている矢野が居た。どんな夢を見ているんだか……その姿を見て、ここ最近で1番の憤りは霧散していった。


 美人は得だよな……まったく。



 矢野の男関係の話を僕に言ったのがバレたら、本気で2人とも命がないと思うのたが、その事を矢野さんに伝えるべきだろうか。

 彼女の話に適当に相槌を打ちながらそんな事を考えていた。

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