第13話 それぞれの、決意

 帝国からの帰路。帝国と王国をつなぐ街道。

 わたくしたちの馬車は行きと同様、クルーシェとアル…そして何故か。


「何かあるとは思ってましたが、フレイズ兄さまは何故こちらに?」


 行きと同様であるならばマキアと騎士団長グンナルと共に馬車に乗っていたが…。


「可愛らしい妹に寂しい想いをさせたくなくてね」

「…その子供をあしらうような言葉はあまり好きではありません」

「やれやれ、確かにあまり嫌われたくもないが…当然ながら理由はあるのさ。ただ、実際に目の当たりにした方が君にもいいことだと思ってる」


 自分で見て考えろ、と。なんともお預けをくらっているようではあるが、フレイズ兄さまは真剣そのものだ。

 そして、この場ではさらに険しい顔をしている人間がもう一人いる。


「アル、ずっと山の方を気にしておりますね?」

「…ん、あー…。まあ、そうですね」


 なんともいつもの近衛騎士らしくない。いつもの誰彼構わず受け入れるような余裕がない。


「いったい、何が起こる…」

「敵襲ーッ!!」


 その言葉に驚き、思わず見回すも窓は垂れ幕で隠してある。


「敵襲にゃっ!?」

「いったい、何が…?」


 慌てふためくクルーシェとわたくしとは対照的に、アルはいっそう険しい顔で山側を、フレイズ兄さまはやっと来たか。と逆に安心しているようだった。


 ………


「その馬車ぁ!止まりやがれ!!」


 身の丈は2メートル以上、身体中はその力を誇示するような筋肉と歴戦の猛者を表すような傷跡。

 出で立ちは布を巻き腰帯で簡易的な固定をするという粗末な衣装。

 そして驚くべきはその身の丈ほどの不格好な石斧…いや、岩斧を軽々と高く挙げ我々の行く手を阻む。

 対するこちらは全ての護衛がその大男の目の前に立ち、剣と盾を抜く。


「何やつか!こちらは恐れ多くも王族一行ぞ!その無礼、命を以て償うか!」


 騎士団長グンナルのその問いに満足したように、豪快に笑いながら戦闘態勢をとる。


「俺様の名はゼオ!『災厄の山』より出でし『山賊』!その頭目にして『親父』たる悪漢よぉ!さぁ…その積み荷、全部置いてってもらうぜぇ…?」


 その言葉と共に発したのは…いったいなんだ?

 馬車の中にいるわたくしたちにさえ感じる、この痺れ…いや震えなのだろうか。

 クルーシェはわたくしを庇うように気遣ってはいるが、最早外の山賊たった一人から目を離せない。

 アルはその大男の空気を感じ取り、冷や汗をたらしつつ外の出来事を見逃さぬよう睨み続けている。


「総員、かかれ!!」

「「「「うおぉぉぉおおおおっ!!」」」」


 騎士団長グンナルの号令に護衛の騎士たちは一斉に切り込む。

 瞬間。何もかもが止まった。


 いや、何かが起こった。わたくしの理解が追い付かなかっただけで…。

 先ほどまで大男を取り囲んでいた騎士たちは全て吹っ飛ばされたのか、その場から大きく離れ仰向けに倒れている。


「……え…?」


 あまりにでたらめなその状況にわたくしは今初めて焦りというものを覚える。


「見事なり『山賊』よ!貴様の相手は私が受け持とう!勝利した暁には資材を奪っていくがよい!だが…王族の方々に触れることは一切許さぬ!!」

「いいだろう『騎士』よ!その約束、てめぇの覚悟を以て違えねえ!さあ…いっちょやるかぁ!!」

「ハァァァアアアアッ!!」


 ………


 幾たびの剣戟だろうか。

 帝国における頂点、皇帝すら打ち破る王国の光の剣。

 それと同格…いや、あちらが上手なのだろう。全ての行動が思考を挟む前に終わり、次々と繰り出す攻撃と防御の打ち合い。


「王国と帝国において公言されていない密約がある」


 フレイズ兄さまはその状況を当然のように呑み込み、うろたえているわたくしたちに言葉をかける。


「『王国、帝国は物資の交易を行う際。最強の武を所持せよ。印をみえる位置に掲げるは最強に対する挑戦である』」

「挑戦…?あの、『山賊』への…?」

「『人死にが出ぬことを絶対条件に『山賊』に敗北せし場合、物資を全て奪わせよ。勝利し場合は『山賊』を討て』」


 違和感はあった。

 王国から帝国へと運んだ物資の中に、帝国へ届けずそのまま持ち帰っているもの。

 その物資を帝国からの交易品と共に1つの車にまとめていること。つまり…、


「騎士団長グンナルが敗北した場合、あの物資は山へと持ち替えられる…?」


 衣料品、薬品、植物、種、道具、日常生活において揃えていれば役立つであろう積み荷の車が1つある。


「『厄災の山』の住人へと渡るように……」


 ああ…わかってしまった。

 おかしいとは思っていた。

 王国内を視察した時も、帝国にて宴に参加した時も。

 世界や王国が問題視している『亜人』の存在どころか、手がかり一つ手に入らない。

 だが、確かに存在するのだ。種族を超えた愛を持つ人々が。

 けどその幸せは、子供にはやってこない。


「『亜人』が住む山へと届ける為に、王国と帝国は定期的に交易を行う。不可侵領域である山と共有地域である街道を通る場合、『山賊』が勝利することを条件に物資を流す。…『子を捨てた』せめてもの罪滅ぼしの為に」


 キィンッ!とグンナルの剣は弾き飛ばされ大地に落つ。その事実を受け止め、背を向けて荷車を明け渡す。


「見事なり『山賊』!約束の品だ、持っていくがよい!」


 一部始終を見届けた、フレイズ兄さまは次いで説明をしてくれる。


「ゼオ殿は王国の名誉騎士団長。既に亡くなったとされており『山賊』の頭目…彼は自身を『親父』と称している。そして…」

「親父ー!すっげー!かっけー!」


 いつの間にかその場にいた…エルフ、なのだろうか?少女が『山賊』の勝利を喜んで…。


「…っ!?」


 アレは、何…?

 わたくしよりも細く、頼りない姿だというのに…、とんでもない魔力が気迫となってまき散らされている…。

 そして、その絶大な魔力は…。


「たぁっく!別に見に来ねーでいーっつったろーが、コイツめ!」

「あっはははっ、親父ぐるぐるすんなよーっ」


 その魔力は『山賊』…いや、『親父』の心臓を蝕むように取り込まれる。


「…ぁ……」


 あまりの状態に、最早目を疑うしかない。あれはもう、術式などではなく。


「『呪い』。『親父』が『厄災の山』で『亜人』を匿う時に科した術式だよ。身体や精神、感情などを欠落する代わりに『亜人』は絶大な力を得ている、それらは魔力に限らず、腕力、知恵、または異能となって『人が持つべきではない力』となる」

「…だから……『亜人』は差別される。…いいえ、…捨てざるを得ないことになる」


 これが、『彼女』…ファナリィ=エルクレイス=アトライアが目指すもの。

 あの恐ろしき『呪い』という術式でその厄災が外に溢れぬよう、一人の人間が制御している。


「…あれは、うちの曽祖父なんです」


 険しい顔でその姿を見届けたアルがゆっくりと口にする。


「あの人がいるから王国も帝国も無事でいられる。勝利した時『親父』を討つというのは、曽祖父が『呪い』に完全に耐えきれなくなった時のことを指します」


 アルは強い決意を秘めた瞳で、その背中に手を伸ばしているようにつぶやく。


「あの人を安心させてやらなきゃいけない、だから絶対…強くなる」


 この、帝国との国交の中で。

 わたくしはどれほど無力を感じただろう。

 クルーシェはわたくしの間違いを正し、アルは途方もない目標に立ち向かう。

 だったらわたくしは……。


「…っ」


 バンッ!と馬車を開きわたくしは外に駆け出た。


「姫様っ!?」

「な、ちょ…っ!?」

「行かせてあげてくれ」


 ありがとう、フレイズ兄さま。


「はあ、はあ…っ。お待ちなさい、『山賊』よ!」

「おぉ?」

「なんだてめー?」


 実際に相対すると、わたくしに敵うところなんて存在しない。でも、


「エルクレイス王国第一王女、名をファナリィ=エルクレイス=アトライアと申します。不躾で申し訳ありませんが、単刀直入に申し上げます」


 わたくしはいっそう背筋を伸ばし負けないように強く振る舞う。


「わたくしは、絶対。あなた方を助けて見せます」


 聖火なんてなくてもいい、このことに噓偽りは絶対ない。わたくしは、この想いを彼らにぶつける。


「…がっはっは!そうか、助ける、か!」

「がっはっはー!」


 絶対に目をそらさない。あなた方をなかったことになんてさせない。そう瞳にこめて。


「やってみてーならやってみな。俺ら『親父』どもはいつだってガキどもを愛し続けてる。ただまぁ、そうだな。あくまでお前さんへのアドバイスってやつだ、受け取れ」


 ぽん、と投げ渡されたモノを受け取り、それを見る。


「魔晶核…。いくつも術印が施されて、もう機能していない…」

「俺様が山に籠る為に使った最初の代物だ。後は実際、騙し騙し自分の身体でやってけてんのが実情ってやつだな」


 わたくしはそれを手に。最上礼を彼らに贈る。

 豪快な笑い声と共に山の奥へ消えていくまで。


 ………


「10日ぶりの王城だね。しかし政務が大量に控えていそうだ。一足先に自室に戻るとするよ」

「お疲れ様です、フレイズ兄さま。マキアもまた、ね」

「恐縮です」


 姫様は王子殿下と別れてアルと共に自室へ戻っていく。

 私はあけていた期間の従事報告と共有の為メイド長のもとへ向かう。


 廊下の先から歩いてくる『人間』の為に私、『獣人メイド』は端へ寄り礼を取る。


「旅行は楽しかったかしら、子猫ちゃん?」

「滞りなく」

「そう」


 何も変わらない。人間に対する私の感情に変わりはない。


「殺せるわよね?」


 冷えた刃を首筋に当てられたような絶対的な殺気。それに慌てふためくような『獣人メイド』は今はいない。


「殺します」


 そう、今起きたことなんて些細な世間話。

 『姫様が大好きな獣人メイド』は急いで主のもとへ帰る。


「失礼します」


 この国の王女殿下は晴れやかな笑顔で私を受け入れる。


「お帰りなさい、クルーシェ」


 待っていてください、必ず。


「ただいま戻りましたにゃ!」


 殺してみせますから。


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聖火に誓い申し上げる~転生姫の役柄は舞台装置~ 史月とお @minata333

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