第12話 欲しいものと確かなもの
「いい加減にしてください…っ」
叩かれたわたくしよりも、この場にいる誰よりも、ただひたすらに、純粋な想いと瞳を持つ彼女は、傷つき苦しんでいる。
溢れる涙でくしゃくしゃの顔になって嗚咽ももらしながらでも、わたくしの両肩を掴み訴えてくる。
「…人々の未来。民たちの為。ええ…いつでも貴女様はそうやって王女と在らんとしてきました」
その姿は…『私』が最期に見た母さんのように苦しそうなのに。
「ですが私は一言も聞いたことがない。貴女の幸せは何なのか、一言も、一度も、一時ですら…!」
あの時は、『私』を逃がす為…。だけど、今は。
「なんで一度たりとも…貴女は貴女自身が幸せになりたいと言わないんですか…っ!?」
わたくしを、逃がさない為に…真正面から問いかけてくる。
「貴女が人々の、民たちの幸せを願う時…っ、なんで貴女自身はいないような眼で語るんですか…っ!!」
わたくしをずっと見てきた彼女は、わたくしの本質を突き付けてくる。
「人の為民の為、貴女がその言葉を口にするたび、人や民が薄っぺらく感じて腹立たしい!」
彼女はわたくしを否定する。それはきっと…、
「貴女が思う程、人も民も弱くない!貴女の助けなんて、絶対必要としないっ!!」
長年続けてきた、間違いを正すために。
「貴女はっ!!…ただ、一言でも、なんでもいいんです…っ。貴女が共にある未来を…ちゃんと語ってください…っ」
……いつからだろうか。
『私』はずっと泣かないでいた。
泣いたら母さんが悲しむと思ったから。
だって母さんが泣いたら、『私』が悲しかったから。
こうやって王女になっても、それは同じだった。
泣けば誰かが悲しむと思った。だから泣かないで言われた通りのことをした。
わたくしが物語の舞台装置だということ知って苦しんでも、涙だけは流さないようにした。
誰にも悲しんでほしくなかったから。
だけど、彼女の。誰かの為に流す涙を見て。
『私』とわたくしの考えの薄っぺらさを知って。
「……わたくしはね」
教えてくれた彼女に、少しずつでも返せるように、震える声で、心の奥底から溢れるものを出して。
「どんな…未来になるかは、わからない。ただ…どんな未来になっても、変わらないでほしいことが…ううん、そこにないのはあり得ないと思うことがあるの」
わたくしより年上で、わたくしより純粋で、だからこそわたくしの為に苦しんで。
「例えば…フレイズお兄さまが無事王位を継承して、アントン兄さまもわたくしも、まだ小さいリゼットも…兄弟皆が力を合わせて、王族として生きていく未来」
「例えば…他国との縁となるべく、わたくしが嫁ぎ…その国と殿方を支えていく未来」
「例えば…大好きな学術をひたすら研究できる、学園島に留学するような未来」
一つ一つ、舞台装置ではなく…わたくしがあればいいなと思っていた未来を、口に出す。
「だけど、わたくしにとってその未来を歩んだ時に、絶対にいてほしい人がいる」
未だ涙を流しながらわたくしの言葉に耳を傾けてくれる彼女の頭を撫でる。
「貴女が、そこにいないなんて…ありえないの」
ああ、言っちゃった。
「わたくしのことを誰よりも想って、わたくしのことを誰よりも叱って、わたくしの為にいくらでも涙して、そして…わたくしの為に笑ってくれる貴女がいない未来が、考えられないのよ」
わたくしは今酷い顔をしているんだろう。泣き方なんて忘れてたから顔じゅうに涙が流れる感覚がこそばゆい。
でもそれ以上に…気持ちが暖かい。
「お願い、クルーシェ…っ。ずっとわたくしの傍にいて…っ。貴女が、いなくなったら…わた、し…っ、ぅ…ぁぁ……っ」
彼女はわたくしを絶対に離さないと、強く抱きしめてくれる。
「…いつまでも、お傍にいます。貴女様が未来へ進んでくれるのなら…私はずっと、貴女と共に…」
泣いた。
わたくしは泣き続けた。
誰がそこにいようと関係なかった。
わたくしは泣きたかったんだ。だって…人間なのだから。
………
「よう、泣き虫オヒメサマ。他国まで来て感動超大作やるなんて、劇団でも開いた方がいいんじゃねェか?」
「あら、でしたら是非冒険活劇でも用意しましょうか。皇帝様の剣技で敵をばったばったとなぎ倒す。いい見世物になるでしょうね?」
そうやって軽口の応酬をしていたら、随分と嬉しそうにわたくしの頭を撫でる。やめてください髪が乱れます。
滞在中、ほぼ何もできなかったわたくしは最後の一日、できることはないかとフレイズ兄さまにお願いした。その結果、
「お前さんにお願いしてェのは、この国の物資で王国に買い取らせる程の上物。要するに金持ちが欲しがる資源ってェヤツに当たりをつけてほしい」
「承りました」
事前にお願いしていた帝国の地図を基にわたくしはあらゆる可能性を模索する。とはいえ、小説に出てきた話から推察するにやはりとは思っていたのだけれど。
「この内陸の南西あたりに点々とある鍾乳洞。そこで何かを採取したことはありますか?」
「いンや?そもそも地下水が赤みを帯びてて飲み水としてもしょっぺェからそのまんまだな」
「そこにある水面より上と水中にある岩、丸々切り取れたりできますか?」
挑戦的に笑いながらジルベルト様に視線を送ると、買ったと言わんばかりに拳を手のひらにパンッと叩き込む。
「おめェが下手ってた間に見せた魔人の武に不可能はねェぜ。ちょっと待ってな」
………
「まさに切り取る、ですね。やれやれ…本当に脅威です」
岩肌はそのまま、後はまるでハサミで切り取ったような無駄のない四角が形成された大岩を持ってこられ、ジルベルト様は得意げな顔を見せる。
「ンで、言われた通り彫金師のドワーフ、学術師、魔術師を連れて来たが、どーすンだこの岩?」
「ええ、ではまず…水中はこっちですね」
この状態でも赤みがよく見えるその大岩に対し『例のアレ』を描く。
「『ドライウィンド』」
綺麗に切り取られた岩肌が湿った砂利…そして最後には風が吹けば巻き上がる砂へと変質していく。風化の刻印魔法だ。
「この残った赤い石みたいなのはなんだ?」
「珊瑚です。鉱物よりも加工しやすい為慣れは必要だとは思いますが、これをアクセサリーへと加工できるようになれば王国どころか各地にいる資産家が欲しがるでしょうね」
マジかー。と楽しそうな顔で珊瑚を見ている皇帝様と興味深そうにのぞき込むドワーフ彫金師をしり目に、次は水上の岩を見る。
同じように風化の刻印魔法を刻み、目当ての者だけを少しずつ取り出していく。すると蒼と黄の混ざり気のある宝石が転がってくる。
「魔晶核…、水と地の複合の!?しかもこんな大きいものが…」
今度は学術師と魔術師が目を輝かせてこちらをのぞき込む。皇帝様は縁通い存在なのだろう。いまいちわかっていないようだ。
「帝国は自然を活用するその在り方から、あまり人工物は存在しません。そして地の魔晶核はこの城塞付近でも取れる程大事にされてきた土地です。そして低地にあった歴史上において海面より下だった洞窟が山ほど存在します」
「で、では…っ、他の鍾乳洞にも!?」
「あるでしょうね。ただ、普通の採掘ならそもそも壊しかねないので学術師様と魔術師様に先ほどの魔術反応を見せたのですが…応用できますか?」
「…おそらくは。大地に空気を差し込ませるものなら可能でしょうな」
「どーいうこった?」
あまり魔法に関する知識は持ち合わせていないのだろう。ジルベルト様はわたくしの頭を掴みこっちを向かせる。だから髪が乱れます。
「魔晶核は自然豊かな場所に存在する、いわば魔法の爆弾です。普通に衝撃を当てれば暴発、それを所持して魔法を唱えれば大幅な魔法強化の魔道具にもなる。その性質は未知数のものが多く学者としては解明する為に何百何千という買値になるのではないかと」
ふーむ。と今度はわたくしをえらく興味深そうにのぞき込んでくる。どうしたのだろう?
「フレイズの妹…いや、ファナリィよ。俺の嫁になれ」
はあ、よめ…ですか?
………?
え?
「なっ、なぁっ!?」
なんでそうなるんですか!?
あまりの予想外の言葉に、わたくしはうまく言葉を発せなかった。
「先日までは死んでもいいような顔して実は執念深い蛇だと思ったが、その実蛇は尻尾にすぎず身体は虎のように獰猛で全てを食らいつくさんとする生きる者に変貌した。最早妖怪じみたおめェが気に入った、だから嫁になれ」
「な、そ…いや、それはぁ…」
「私が許さないよ?ジルベルト?」
恐ろしく冷え切った声が背後から聞こえ、そちらの方を振り返るのが恐ろしく嫌な汗が流れだす。対するジルベルト様は敵と相対したように獰猛な笑みを浮かべる。
「へェ?許さない?まさかてめェが俺に勝てるとでも思ってンのか?フレイズよォ」
「馬鹿を言わないでくれないか?うちの妹姫を奪おうというのなら『国家全体を以て』君をひねりつぶすに決まってるだろう?」
ちょ、ちょっと!?なんでそんな物騒な話に!?
「ほォー?なるほどなァ。国を挙げての大戦、てめェが相手なら不足はねェ。ぶちのめしてやるから覚悟しろ」
「ははは。後で泣いて詫びてもその首とってやるさ」
「お、お願いですから…。その、そんな冗談は…やめて、いただけます…よね?」
二人ともわたくしに笑顔を向けてくれた。
今回の国交はあらゆる意味で…失敗だったのかもしれません。
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