第11話 力と理。弱さと怒り
剣と剣、刃と刃。そして…己と敵。
「いっくぜェ…ッ!オォォオオアアアッ!」
目に見え肌に感じる程の気迫。鬼族として歴代最強にして歴代最年少の皇帝。
全てを破壊しようとするその目は血走り、全身の力を血と言う概念のもとかき集め、その構えには無駄がなくただ敵を殺戮するであろうその剣。
「コイツでェ…終わりだァッ!!」
最早目にも見えぬ一閃。いや、斬撃の波とでも言うべきか。
必殺。
その敵のその先すら吹き飛ぶような羅剣は文字通り全てを破壊して見せた。
ただ一点を除いて。
「…ッ!?」
その一点はただ敵を制する為。見えたときには既に勝負は決している。
皇帝の剣が波であるなら、彼の剣は光。
光は王の為に誓い盾となる。彼の忠誠なくして王国は語れない。
「マジ、かよ…ッ。ああ、くそ…ッ、参ったよ!降参だ!」
騎士団長グンナル。現陛下の先代より王国を支え続けてきた『理の剣』。
事実上、彼が存在することで帝国との不可侵条約が成り立ったようなものだ。
「手合わせ、感謝致す」
剣を振り鞘に納める。武を示す者たち全てを魅了するその様は、武で示せない私ですら拍手を贈らずにはいられない。
………
「だァーッ!くっそ、やっべェ楽しすぎた!やっぱ帝国にくれよあのじーさん!?」
「その時は間違いなく王国が滅ぶ頃だろうね」
楽しそうに悔しがる友を見て誇らしさ半分、恐れ半分…と言いたいところだが。
「…たく、ほんっと珍しいモンだなァ?おめェがまさか兄妹とはいえ、一人のオンナにそこまでのめりこむたァ思わなかったよ」
「やはり君の眼は確かのようだ。…友として聞きたい。妹をどう思う?」
未だ熱でうなされ、呼吸が荒い。治癒魔法すら効き目はなく、それはまるで何かが蝕んでいるようで。
その渦中にある妹のことを想うと歯がゆくて仕方ない。
「まずおめェの所見を聞かせろ。なんでも救えるはずのおめェの意見に次いで合わせる程度のことしかできねェ」
「やれやれ…買いかぶりすぎだが。妹を観るとね、存在がブレるんだ」
「へェ…?」
王家の血を色濃く継いだこの碧の瞳は、嘘を見破る聖火にも劣らずあらゆるものが観える。
それはちょっとした未来でも、そしてその過去でも観えておかしくはない。
「妹を…ファナリィを必死で模しているような、無垢な子供。それは真実も嘘もわからず、ただ王女とあらんとする。だから突然、『彼女』のことを妹と呼んでいいか、迷う時がある」
荒唐無稽な話だ。まるで妹と誰かが入れ替わった、そんな言葉にすら聞かれかねない。
「…俺の眼はえげつねェモンを写したな。死の臭いってェ言えばいいかねェ。ひたすらあのオヒメサマを絞め殺そうとしている、絶とうにも絶てない絶対的な死。ソイツがしがみついて離さない」
「そうか…」
「ウチの占星術師が耳タコで言ってくることがあんだよ。『例え死んでもあらゆる後悔が付いて回る。それは己じゃなく己に対して向けられたものまで』。そんな後悔が写ったんじゃねェかってところだ」
その言葉と『彼女』のメイドが口にした言葉を思い返す。
………
姫様がこういった症状を見せたのは、過去に一度だけございますにゃ。
…今でこそ聡明な王女として語られてはいますが、それ以前…私が仕える前は畏怖の対象だった、と聞きます。
赤子の時からほとんど泣かず、それどころか既にやってはいけないことが分かっている、そんな手のかからない方だったと。
それだけを見るなら、まったく手のかからない優秀な方と思います。私もそうでしたにゃ。
でも実際目の当たりにして浅はかだったと考えさせられました…。
リディア先生と同時に専属が決まって、二人して息をのみました。
礼節、所作それらを身に着ける前の姫様は、『ただ立っているだけ』。
何も感じず、何かを言われればそれをこなす。歴史上多く語られるような『奴隷』のようだ、とリディア先生が称していました。
その目は何も写さない。感情も心もない。姿は美しいことから…不敬ながら『人形』とも思いましたにゃ…。
それでもリディア先生は根気よく物事を教えてました。
どんなものを見せれば興味を惹くのか、何をすればどう返してくれるのか。一つ一つ手探りで。
そのおかげで徐々に人間らしさが生まれていた、そんな気がしますにゃ。
ですが、読み書きを教える時期になってそれは訪れましたにゃ。
姫様や陛下、王族の方々の読み方を教わった、つまり王国の王女として認識したとき、今回のような高熱と呼吸の乱れ、治癒魔法は効かず一週間ほど苦しんでいました。
その時は…私も、リディア先生も、恐れていた…そんなふうにも思えます。
でもそれを超えた後、姫様は人が変わったようにリディア先生の教育を熱心に受け、それからのことは最早王城に広まっていた噂通りの方になられましたにゃ。
よくわかりませんが、何かを決心した…みたいな。うまく、説明ができなくて、すみません…。
………
生を得て、全てを理解し、なお驕らず。
今の『彼女』は何かの生まれ変わりなのだろうか…。いや、まさか…ね。
「フレイズ王子殿下。ファナリィ王女殿下がお目覚めです」
「ご苦労マキア。…その様子だと大変なことになってるようだね」
「『できれば急いで連れてこい』とアルが」
我が友と騎士団長に目配せし、了承を得る。…頼むから無茶しないでおくれよ。
………
「いったい、何日…っ、眠ったまま…でした、か…?」
身体が重い。吐き気がする。でも、立たないと…!
「姫様っ!まだ起きてはいけません!アル殿、早く抑えて…!」
「…っ、姫様、失礼します…!」
クルーシェが、アルが動いてはならないとわたくしを必死に止める。
「おはよう、妹姫。随分とまあ…空元気もここまで来ると見てるこっちも苦しくなるね」
「にい、さま…。申し訳ございません!今すぐ政務を…!」
「いや、いい」
今までになく冷たい瞳がこちらを、『私』を見据える。
それはわたくしを打ちのめすことは容易い、全てに絶望……。
絶望してる場合か!ファナリィ=エルクレイス=アトライア!
わたくしは人々の未来、フレイズ王子殿下を強くさせる為の舞台装置、それすら行えないでどうする!
『彼女』はこんなところで躓かない、絶望もしない、きっと『私』以上のことをやってみせる。
きっと兄さまは最早わたくしすら必要としないかもしれない。それだけの意味なんてもたないかもしれない。
だけど『私』は!『彼女』の居場所すら奪っておいて、ただ好きなように生きていいわけがない!
「……大丈夫です。…人々の未来の為に役に立てない以上に、苦しいことなど…」
初めて苛立ったような表情をフレイズ兄さまは浮かべこちらに…。
パァン…!
その音と、強く痛む頬に。わたくしは戸惑った。
叩かれてもおかしくはない、それだけのことはしてしまった。
でも、叩いた手を苦しむような素振りを見せたのは、兄さまではない。
マキアでも、アルでもない。
叩いた以上に、涙を浮かべ苦しんでいたのは。
「いい加減にしてください…っ」
わたくしの大好きな、わたくしの従者。
獣人の専属メイド…クルーシェだった。
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