第10話 帝国との国交流。そして『私』を蝕むもの

 交易拠点カルド。

 王国と帝国の間には山があり、それを大きく避けた街道の中心点にそれはある。

 わたくしとフレイズ兄さま、そのお付きと護衛の騎士。そして共に街道を進んだ商業関係者とその護衛。

 それら全ての関係者がこの拠点の宿を取り、わたくしはクルーシェと、フレイズ兄さまは騎士団長グンナルとの部屋割りその間の大部屋を護衛の騎士やアル、マキアなどが使う大所帯…なのだが。


「うーん…」

「姫様、どうかされましたにゃ?」


 唸りながら考え事をしていると、クルーシェが心配そうに声をかけてくれた。


「いいえ。ただ、色々と違和感が…ね」

「違和感、ですかにゃ?」


 夜闇で最早見えないが、そこに確かに存在する山の方角を見て思考を口にする。


「王国と帝国の付き合いから拠点や街道を整備することはおかしくありません。むしろこの拠点から方々の街や村に物資を運ぶにはうってつけです。ですが…山を避けすぎているのです」

「山…?ああ、『厄災の山』ですかにゃ?」


 そう、その『厄災の山』を大きく避けるようにわたくしたちは街道を通ってきた。ただし…、


「『厄災の山』。そこには恐るべき猟獣、人々を惑わせる妖精、果ては病魔の根源があり、王国も帝国も手に負えない『不可侵領域』」

「実際、山側から猟獣がやってきて護衛の方が対処されてましたにゃ」

「ええ、そうね。『ほんの少数』ね。むしろ街道側にいた強盗手配犯の方が厄介になってる様子でした」


 それは、どんな噂を用意してでも山に近寄らない。もしくは益をもたらさない場所として存在している。


「『厄災の山』…。何かを隠しているのかしら…?」

「あまり考えすぎても睡眠に差しさわりますにゃ。さあ、そろそろ横におなりくださいにゃ」


 クルーシェはわたくしをベッドに促す。確かに、今考えても仕方ないこと。むしろ明日お会いする帝国の皇族の方々への無礼にならぬよう務めることが何をおいても優先すべきことだ。王族の末席であっても、それは国交を揺るがしかねない。


「…ふふ、そういえば久しぶりに一緒の部屋で寝ますね?」

「久しぶり…と言っても、もう2年以上前のことですにゃ…。あの時に比べて、姫様は本当に手がかからない…、ある意味、知りすぎる点では大変な方になってしまいましたが…」

「あら、業務で楽できて文句を言われるなんて、まったく失礼なメイドがいたものです」


 クスクスと笑いながらベッドに横になり、いつものように手を伸ばす。


「ですが…わたくしにとって貴女は本当にかけがえのない従者です。こうやって不安もなく眠ることができる。それはとても幸せなことよ?」


 クルーシェはいつものように伸ばした手を包み、微笑みかけてくれる。


「姫様が幸せになってくれるのなら、いつでもこのように致しますにゃ。明日の為にも、良き夢を」

「ええ、貴女もね。おやすみなさい」


 包んでくれた手が暖かい。

 そういえば…『私』も、そんな…時が…。


 ………


 それは 大きく 張り裂けそうな 泣き声

 それは ひび割れた ガラスのようで

 それは 赤い それは 『私』

 『私』の 泣き声 うるさい

 

 ニ ゲル ナ


「……っ!?…はっ、…はぁっ、…ぁあ……」


 それは 確かにあった 『私』だった


「…大丈夫。わたくしは、今…ここにいます」


 薄闇に朝日が射す。

 ゆっくりと寝息を立てている彼女の姿が今をちゃんと教えてくれる。


「ファナリィ=エルクレイス=アトライア。そして横に仕えるのは最愛の従者クルーシェ」


 飲み込むように首にトンと指を当て、それが中を通って身体中に広がるように。

 大丈夫。『私』も、人々の未来を、目指すから。

 わたくしとして、必ず未来を掴むから。


 だから 大丈夫


 ………


 帝国は山岳地帯に存在する。

 天然の城壁、身を潜める洞窟。

 あらゆる敵を打ちのめし、覇者として立つべき場所も、それは自然がそれを体現したかのような崖っぷちの城塞。


 皇帝ジルベルト様を頂点に、純粋な強さで決まる階位。その豪快な文化を見せるかのように、


「皆の者!今宵は我が友フレイズが自慢の妹まで連れてこの場にやってきた!魔人たる者、強き者と賢き者には敬意を示せ!」


 上段に構えし大きな座席から立ち熱弁している皇帝様はまさかの13歳の魔族の男性。赤き盃を片手にふるいつつ、その背には物々しい大剣が鎖によって繋がれている。


「ただし我らは武の者だ!示し方は強さであれ!力、器、思考!あらゆる強さを見せつけよ!ただし王国の方々への傷は我らの誇りへの傷と思え!では…乾杯!!」


 魔人や人間、獣人が混ざったこの場の全てが熱を帯びる。これが、帝国の頂点。皇帝ジルベルト様の器だった。


 ………


「よォ、フレイズ!どうだ?帝国のメシも捨てたもんじゃねーだろ?」

「別に貴国の食事を貶めることなどないさ。ただ酒は簡便してくれ、法云々もあるが私はまだうまさがわからない」


 ジルベルト様はほのかに酔っているのか、先ほどより楽しく砕けた態度でフレイズ兄さまとわたくしのもとへやってくる。


「はっはっは!相変わらずだなァ。しっかし、おめェが身内連れてきたいっつったのは初めてだな?それほどまでなンか、その妹」


 わたくしは背筋を伸ばし、ジルベルト様に礼をとる。


「挨拶が遅れまして申し訳ございません。ファナリィ=エルクレイス=アトライア。王国の第一王女として今宵の宴には感銘を受けました。これからも王子共々、よろしくお願いいたします」

「ほォ…、礼儀ってェのはうちの国にゃ無縁だから勘弁してくれな。魔人、鬼族にしてこの国の武の頂点、皇帝ジルベルトだ。よろしく頼むぜ、蛇のようなオヒメサマ?」


 まるっきり陛下と同じような感想をもたらしてくれた。フレイズ兄さまはクスクスと笑っている。貴方様もですか。


「んで?ここまで連れてきたっつーことは、目的は『山』か?」

「察しがいいね。その通りだ。行きはハズレだったけどね」


 『山』…。やはり何か秘密があるのだろう。と、すると、何かがあるのは帰りなのだろうか?


「まァ、それ用の物資は用意させておくぜ。しっかし、こんな小さなオヒメサマにか、いやァお前さんも大変だなァ?」


 そういって、ジルベルト様は武器の扱いでついたのだろう。ゴツゴツと傷もあるような手をわたくしの頭に乗せようとして




 ニゲル ナ


「ぁ…?」


 ニゲ ルナ ニゲルナ


「…ぁ、…ぁぁ…っ」




 ………


 逃げてんじゃねえぞクソガキ

 俺の金で食わしてやってんだぞ

 テメエはそんな恩知らずになりやがって

 知らねえなら教えてやるよ

 テメエは 俺の 娘だ 絶対 ニガサ ネエ


 ………


 フレイズ兄さまが取り乱している。

 ジルベルト様は場に指示を。

 じゃあ、わたくしは。


 わたくしは…?


 ああ、そうか。わたくしの所為で…。


 そこで わたくしの風景は 消えたのだ

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