第9話 聖火の根源との対面。でも一悶着

 鳥かごの離宮の中にいたわたくしが待ち望んだ王国内の視察。

 わたくしの半歩後ろにはクルーシェが、隣にはアルが控えているのだが。


「はぁ~~~…」


 見ては溜息、見ては驚き、見ては触れて。

 勇気を出して話しかけてくれる民たちには笑顔を差し上げ。

 落ち着いた姿を披露しようとしても、最早わくわくが止まらない。

 それをちゃんとわかってくれているからこそ、お付きの二人はある程度自由にさせてくれていた。


 ………


 王都シエストリーア。この名は初代王が妃の名をもじり付けたこの場所。

 北には山を挟んだ帝国、東には海を挟んだ共和国という立地。

 その領地は最早前世における日本とは比べ物にならず、王都の端から端までであっても馬車を使わねば足がくたびれるであろう。

 農産業に適した土地も、鉱石を掘れる山も含まれるこの快適な空間を求めて、あらゆる学者と職人、商売人が、そして民たちがこの国を繁栄させてくれる。

 

「姫様、本当に楽しそうにゃ…」

「この数日は全て視察業務に当てないと、帝国に行く前に把握できないってんで…大丈夫なのかとは思ってたが、まったく心配ないな」

「どれだけ興味を惹かれるものが存在してもちゃんと時間通り動いて疲労を感じさせにゃい…、むしろ私達が遅れないようにせねばなりませんにゃ…」

「さて、次は神殿区画。聖火の根源がある総教会、あとはシスターイーラが話してらした孤児院も気になりますね」


 時間は有限です。楽し…いえ、ちゃんと責務を果たさねば!


 ………


「こ、これは王女殿下。この度は視察中とのこと…。こちらにも予定通りいらして頂き、大変恐縮…なのですが…」


 聖火教会本部、別名聖火総教会。出迎えてくれたのは教皇様だったのですが。


「どうかされたのですか?」


 いえ…。と言葉を詰まらせて扉の先に視線を送っている。何かあったのでしょうか?


「実は、その…」

「なんの為に聖火の根源に来させたと思っている!宮廷魔術師である貴様に断言させる為だろう!!」


 聖火のまつわるところにその陰あり。アントン兄さまがまた何かやらかしているらしい。

 関わりたくはないけど、別の考え方もある。むしろ、内乱を起こす前にガス抜きさせればそんな未来がないかもしれない。と、思いたい。


「失礼いたします。…第一王女ファナリィ、聖火総教会への視察に参りました」


 クルーシェに扉を開けてもらい、アルは前へ。できるだけ教会内に聞こえるよう挨拶をする。


「なっ!?ぐ、ぐぐぐぅ…っ!ええい、魔術師よ答えろ!僕はどれほどの魔法の才がある!妹にもできたのだ!この僕にできないわけがないだろう!!」

「で、ですから…あの魔法はそもそも、魔術よりも学者の扱う特殊反応のようなもので…」


 何を理由に怒ってるかと思えば、なるほど…わたくしが原因だった。


「ええい、埒が明かん!ファナリィよ、今すぐあの魔法を教えろ!あのような美しいものは僕が使ってこそさらに美しいものへと進化する!」


 勝手すぎる上に何か独特な勘違いをされている。ただ厄介なのは…正直に答えてもごまかしても、まったく良い結末に至らないことである。


「わたくしがアントン兄さまに教えられるほどの才ある人間ではございません。魔術師様も仰ったように、あれは学術の副反応で取得したものです。そんな偶然でできた実用性のない魔法をほめていただけるのはとても光栄ですが、魔法を扱うには魔術師様の手ほどきが一番有効だとわたくしも思います」


 悩んだ結果、正直にぼかして一応低姿勢にアントン兄さまを持ち上げる。


「僕を馬鹿にする気か!?貴様より学のある僕が扱えないのはおかしいだろう!?」


 理屈攻め、失敗。わたくしは一度もこの方に勝ったと思ったことはないのだけれども。


「聖火に誓ってもかまいません。全ての才は、アントン兄さまの方が上です」


 フレイズ兄さまと比べられたらダメですね。で済む話ではありますが。


「ぐ、ぬぬぬぅ…!」


 流石に埒が明かないので、もうちょっと具体的に持ち上げる。


「教皇様、聖火の移し火はこの聖火の根源を用いた蝋を使うと聞いたのですが」

「は?…え、ええ、そうですとも」


 急に話を振られた教皇様は驚き、兄さまを不安視しながら答えてくれた。


「蝋は普通に作れる蝋燭を熔かすのですよね?その時、不純物が混じった蝋では聖火は灯りませんか?」

「不純物…ですか、それは例えばどういったものを?」

「おい!?僕との話がまだ…っ!」

「果物の皮や香りのある花などをかなり細かくすりつぶした、いわば匂い付けできるものです」


 教皇様は少々考え、アントン兄さまは何かに思い至った反応を見せる。なんだ、ちゃんと商家の血筋は才として出てらっしゃる。


「…魔法や魔素が含まれていないのであれば、付けれる…かと。ですが試したことはありません」

「そうですか。いえ、蝋燭は確かに明かりを灯す為のものです。ただ…たまに焦げ臭さを残すこともあるので、例えば香りを持つ蝋燭なんてものがあれば、きっと女性…しかも富裕層にとっての娯楽になるんだろうなと思いましたが、きっとダメですね。何せわたくしには素材を大量生産できる土地も人員なければ商売のノウハウをひとつも持ち合わせておりません。ああ、きっとこれができる方は後世に素晴らしく名を残すのだろうな、とほんの少し思っただけです。気になさらないでください」


 あ。とここまでわざとらしく言ったことによって教皇様も理解いただけたらしい。対するアントン兄さまは。


「果樹園や花畑を人為的に増やし、更にはその土地付近に工場を設立、蝋はある程度の流通を押さえ…いや、デザインも考えれば蝋だけにこだわらず容器も考え、富裕層の心を射止めればさらに国外への評判も…。ふ、ふふふ…いける、いけるぞ!ファナリィよ!どうやら君にできないことが僕にはできてしまうようだ!!いやあ、流石僕だ!聖火に頼らずとも最高の商売をすればいいじゃないか!ふはははっ!!」

「まあ、流石はアントン兄さまでございますね」

「そうだろう、そうだろう!こうしてはいられない!城に戻り早急に準備をしなければ!ふはははっ!」


 そう言ってお付きの人さえほっぽいて帰っていった。

 ……まあ、これ以上の嵐とならなかったので及第点ですかね。


「その、よかったのですかにゃ?完全に姫様のアイデアを、…その、奪っていったような…?」

「わたくしが商売に疎いことは事実です。それに、民たちが更に良い暮らしをするのであればアントン兄さまにお願いするのが妥当でしょう。アル、よく我慢してくれましたね」

「手が出たら止める程度に準備はしただけです。ただ、姫様の理屈が…いえ、すみません、不敬なことは喋りません」


 ありがとう。と笑顔で労い、教皇様と宮廷魔術師様にもお騒がせしました、と礼をとる。


「ところで教皇様、魔法や魔素が含まれていない…ということは、この根源を維持しているのは魔力ですか?」

「ああ、いえ…、我々は『神力』と称しています。全ては神が見通し暴く。その際に…この聖火においては人の身体や精神を一から百まで見てしまう。その見通す力は絶対ですが、稀にそもそも人ならざる存在が現れます。そういった存在は欠落者でありそれを補う為の魔力過剰者、一から百を見ることができない。神をも騙す許せぬ存在、『亜人』という者たちです」


 ここに来ればある程度教えてくれるとは思っていた。アントン兄さまとの問答も無駄ではなかったようで助かります。


「…なるほど。ところで実際に嘘をつきとおした『亜人』を見たことは?」

「私の前の代に実物を見た方もおられますが…今や『亜人』は…。いえ、これは流石に…私の独断で話せることではありません。もし、陛下やフレイズ王子殿下が許可された時にはお越しください。多少の証書も教会にはございますので」


 あと一歩足りない。しかし手がかりは手がかりであり、恐らくフレイズ兄さまはわたくしが見たいと思っているモノの正体がわかっているのだろう。


「姫様、少々お時間が…」

「あら、もうこんな時間になってしまったのね。孤児院の方にも挨拶したかったところですが、流石に御者にはつき合わせるわけにもいきませんね。教皇様、まだまだ未熟者ではございますが精進させて頂きます。互いに大変になった時、是非力を合わせましょう」

「こちらこそ、聡明な王女殿下の助けになれるよう精進させて頂きます」


 ………


 自室に一人きり。わたくしは二人からプレゼントしてもらった万年筆と日記帳を開き、一寸の狂いもないよう書き記した。

 聖火の根源から発せられていた『例のアレ』、古代の刻印を。

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