第7話 心からの祝福を。そして物語は始まるのです

 カン!ガッ!ガァン!


 騎士団修練場。

 そこは少年騎士を経て限られた道の中、ただこの国を守りたいという民たちが闘い続ける場所。

 その隅において、わたくしの視線の先には…わたくしと傍にいる二人が己を高めあっている。


「にゃぁぁあああッ!」


 その騎士団修練場とはまったく不釣り合いなわたくし以上に、あまりの闘いぶりな意外性を持った少女が木短剣を片手に、炎のようないでたちを持つ我が近衛騎士が剣戟を受け続ける。


「はぁー…はぁー…ッ!シッ!」


 騎士の左下からの大振り…と見せかけて途端に消えたように右下から切りつける、あまりにも瞬間的な移動に対し、騎士は予測はできなくとも片手剣で簡単に受け流す。

 かと思えば切り抜けざまに騎士の死角へ。それどころか今までの下からの斬撃とは違い跳躍で前転、そして後頭部めがけ短剣を両手で持ち完璧な不意打ちによる強撃。


 カァンッ!


 それは騎士への打撃音でなく、騎士が後ろを見ずに剣だけで受け止めた音。

 不意打ちは失敗に終わったことへの焦りをすぐさま切り替え、地面に着地。そしてさらに低姿勢を。


「にゃっ!?」


 着地点を予測していた騎士は眼前に木剣を突き出し静する。


「うぅぅ……」

「はい、詰みな」


 何回目の『手ほどき』だっただろうか。

 アルはそれに対し息も切らさず静かに眼前の獣人に降伏を促す。


「参りましたにゃ…くぅぅ……」


 その二人の健闘を称え、わたくしは拍手を贈る。


「二人ともすごいわ。特に…クルーシェ、貴女闘えたのね?」


 当人は悔しそうだが、明らかに戦闘経験を積んでいる専属メイドには流石に驚かされた。


「…闘える、とまではいかないですにゃ。実際1回も勝てませんし…」

「いや、それで勝てたら今すぐにでも騎士団長のところへ持っていくっての」


 本当に悔しそうだが、わたくしなんて外から見てただけでもなかなか目が追い付かない動きをしてたのだ。明らかに過剰すぎる実力の専属メイドの頭を撫でる。


「アルは余裕なのね。訓練すれば目で追えるの?」

「半分視界の情報、半分は空気の流れとかで。ただ…俺、じゃなく、私に対してはクルーシェにとって天敵なんじゃないかと」

「あら、別に一人称を改めなくてもいいのに」


 癖です。と恥ずかしそうに頭を書いて明後日を向くアル。


「天敵っていうのは?」

「他の騎士だったら通じる手段がかなりあります。実際あそこまで低姿勢を維持し俊足でかく乱するってのは完全な実戦式…なんですよ」


 闘い方には流派があるとはいえ、他の騎士ってことは。


「アルは他の騎士と違うタイプなの?」

「…俺はどっちかっていうと、帝国式の剣術なんですよ」


 簡潔に答えて、それでは説明不足と気づいたアルは重ねて教えてくれる。


「帝国式ってのは、完全に『相手の命さえ奪える』剣です。闘いに特化した種族が多い国ですし、実際闘いで物事を決めやすい国なんです」

「ってことは王国式は?」

「『相手を制圧できる』剣です。わかりやすく例えると、犯罪者とかが武器を持ってたとしても盾で完全に無効化し、体力が落ちたところをすかさず手数で押して敵わないと思わせる」


 体力さえ奪うと同時に戦意すら喪失させる。

 前世の知識においては警察が王国式、軍隊が帝国式、みたいなところだと思う。


「じゃあ王国式にはクルーシェは通用するの?」

「…相手によっては、ですかね。紛争があまりない王国にもバケモンみたいな実力を持つ剣士はいますし、そもそも剣だけで闘いを語れるかって言えばその時々で臨機応変に動けるクルーシェのような手合いが制する場合もありますし。ただ間違いないのは実年齢より数段上の実力です」


 すごいわクルーシェ、ともう一度頭を撫でるが相当悔しさが溜まっているようだ。唸り続けている。


「ここにはないけど、砂でもつかんで投げて目つぶしってこともできるとは思うが…。クルーシェ、お前…多分メイドとしての戦闘方法以外の方が得意だろ」


 どういうこと?と視線を送るとびくっと気まずそうに明後日を見るクルーシェ。


「多分、獲物…ですね。短剣には間違いないですが、使用武器に固定観念があるんです」


 クルーシェは観念したように、エプロンドレスのスカートをずらし、とある武器を取り出す。


「これは…なにかしら?」

「…撃鉄式のソードブレイカーですにゃ」


 古くから使われていたのだろう。ある程度の錆びがあるものの、使用部分は綺麗に整えられた…トリガーらしきものがついた短剣を見せてくる。


「剣を壊せるの?」

「このくぼみに刃先を滑らせて固定した瞬間トリガーを引くと、可動部分が捻り挙げてくれて刃の硬さによっては叩き壊せたりしますにゃ」


 面白い武器があるものだ。と思ったけど、確か小説の方でも機械術式に特化した登場人物がいたと思う。


「実際見せてみればわかりやすいんじゃね?木剣じゃ足りないかもしれんが。上から振るぞ?」

「姫様、一応下がっておいてくださいにゃ」


 わたくしがその場より離れると、宣言通りアルは木剣を上から振り下ろす。


「せーにゃッ!」


 振り下ろされた木剣をソードブレイカーで受け流すようにずらしたかと思えば、破裂音が響き木剣の刃の部分を粉砕する。って、ああ…。


「剣は壊せるけど、受け流す必要があるから…。後ろにわたくしがいる場合にはちゃんと使えないのね?」

「…はい。これを姫様のもとで使うには男性に負けない体力や腕力が必要なんですにゃ」

「ついでで言えば、戦闘スタイルもかく乱して攻撃したところで一撃必殺の不意打ちは必要ですし、そもそも王宮でそんな広い場所は限られてますし、狙うなら姫様なんですよ」


 素直に感心した。闘い方でもかなり考えさせられるものなのだと。


「俺とクルーシェがちゃんとついてる状況なら…クルーシェがかく乱した後に俺が制圧するって感じで盤石です。限定的すぎますけど」

「二人とも、頼りになってくれて嬉しいわ」


 様々な闘い方を見せてくれた二人にもう一度拍手を贈る。


「わたくしも闘えればいいのにね」

「俺たちの努力が報われません」

「勘弁してくださいにゃ…」


 うーん、考えつつ指先を『例のモノ』になぞる。


「こういうのも使いようなのかしらね?」

「は?」

「え?」


 何か気の抜けた二人を見て、わたくしはああ…と忘れていたことを思い出した。


「ひ、姫様。その魔法はどこで…?」


 そう、わたくしの右の手のひらにはほんの少し暖めるような炎が掲げられている。


「こういうこともできますが…」


 左手の指で『例のモノ』をなぞり、左手からは空気が回転するように風を生み続けている。


「魔法の…同時発動!?」


 わたくしは以前リディア先生に言われたことを伝える。


「まあ…、魔法に含まれるとは思いますが、刻印魔法って言うらしいわ」


 唖然とこちらを見ているアルと震えながら口をパクパクと何か言いたげなクルーシェに『例のモノ』について教える。


「ほら、古代文字を解読したでしょう?その後夢の中に色んな文字が出てきて…そのうち出てきた2つを感覚でなぞると出るようになったの」

「危なすぎます!?リディア先生にちゃんとお伝えしましたかにゃ!?」

「ええ、もちろん。『お願いだから内密に、後できれば屋外で使ってください。私の首が飛びます』って苦しそうに言われました」


 二人とも思いっきり頭を抱えている。


「大丈夫よ。ちゃんとお披露目の儀に明かす予定でリディア先生とちょっとした魔法を作ってるから。安全性はちゃんと確認されたわ」

「そんな料理を披露するレベルで簡単に打ち明けないでくださいにゃ…」


 どっちかっていうと料理の方が高レベルだと思ってるのだけど。と不思議に思いつつ炎と風を消し、そろそろ修練場の貸し切り時間が終わると思い出し、その場を後にする。


 ………


 王城、バルコニー。

 外からは人々の声がざわつき、内部ではまずは騎士団が安全の確認のための配置指示、聖火教会は大きめの蝋燭で聖火の配置確認。

 我々王族は右側にフレイズ兄さまとフェルセア母妃とおつきの方々少数。真ん中を挟んで左側にアントン兄さまとナスターシャ母妃とおつきの方々多数。

 聖火教会のお偉いさまがアントン兄さまの後方に控え、騎士団長がフレイズ兄さまの傍で控える。


「流石に緊張しますね」


 最後までクルーシェが入念なお手入れをしてくれた髪や薄化粧。

 いつもより飾り映えする白と黄色で彩られたドレス。髪飾りには白いコサージュ。

 共に後ろに控えるアル。クルーシェとリディア先生は隅の方でちゃんと見届けてくれている。心なしかリディア先生の緊張がかなり強い気がするけど。


「近衛騎士拝命の時に比べたら最早慣れましたけどね」

「あら、まるでわたくしが緊張の種のような言い方をなさいますね?」

「自覚あるならもう少し先生を労わってあげてください。今日この日を万全に臨むために胃薬飲んできたそうなので」


 むう、わたくしがリディア先生を負い目に感じてることを的確についてくる。流石フレイズ兄さまのご友人。


「ファナリィ王女殿下、ご機嫌麗しゅう」


 不意に声をかけられそちらを見ると、聖火教会のシスターが礼をとっている。


「ご機嫌麗しゅう、シスター。確か…近衛騎士任命の時にも出席なさってましたね?」

「覚えていただき光栄でございます。私はイーラと申します。聖火教会を代表しお傍でお披露目の儀をご一緒させていただきます」


 綺麗にゆっくりと敬愛の礼をとったので、わたくしも略式の礼を取り応じる。


「よろしくお願いいたします、シスターイーラ。お若いですが…シスターはどういった立場なのでしょうか?」


 20歳前後と思われる風貌に儀礼用の刺繡が入れられた修道服。

 アントン兄さまの周りにいる教会関係者と違い、まだあまり立場的には重要そうには見えない。


「お恥ずかしながら、王国の孤児院において院長をしております」

「孤児院…なるほど、とても素晴らしいお役目ですね」


 でも、少しひっかかった。

 王国は紛争地区ではなく、孤児ができるとしたら病や事故によって、もしくは…捨て子とか。

 でも…『亜人』とは関係ないはず。何故なら聖火教会は『亜人』をほぼ悪魔指定だから。


「…王国にも、家族の不幸はあるのですね」

「ええ。でも皆強く生きております。アントン王子殿下の教会に対する寄付もございますし」

「アントン兄さまは、とてもお優しい方ですね」


 これは素直な感想だった。いくら未来に内乱を起こす予定とはいえ、現在が完全な悪人とは言えるわけがないのだから。

 そうしている間に陛下が聖火を背に中央に立った。いよいよ始まる。

 外で見上げていたであろう民衆も陛下の佇まいに静寂をもたらす。


「我が愛する国民よ!常に研鑽を積み、労働し、我々王族のみならず、家族の幸せを願う者たちよ!今この場において誰よりも!其方たちがこの国を愛し信じてくれていること!『聖火に誓い申し上げる!心より深く感謝する!』」


 聖火が反応し陛下を暖かな光で包み込む。その姿に民衆は大きく湧きあがった。


「既に存じていよう!此度は我が第一王女の誕生の日!そしてお披露目の儀を執り行える7歳となった!これより第一王女より民たちへの言葉がある!心して聞くがよい!」


 陛下が後ろに控えていたわたくしに視線を向け呼びつける。

 わたくしは静かにゆっくりと、胸を張り肩の力は抜いて歩き、陛下の隣に立つ。


 視線をバルコニーより下に向ける。

 これが、王国民たち…。

 我々王族が愛し導く者たち。

 わたくしに対し静かに、それでも興味を以て視線が向けられる。


「王女ファナリィよ、民たちに言葉を」


 優しく、背中に手を、そして笑顔を陛下より頂く。

 ゆっくりと呼吸をし、階下の民衆たちに届くよう、声を響かせる。


「我が愛する国民よ。ご紹介にあずかりました、ファナリィ=エルクレイス=アトライア。あなた方が愛する王国の第一王女にございます」


 ドレスの裾を掴み敬意を示す礼を取る。さらに熱のこもった視線をもらいながら、わたくしは次いで言葉を紡ぐ。


「今日という誕生日を、そして皆と会えるこの日を、青く広がる快晴の空のもとに執り行えたこと。『聖火に誓い申し上げる。皆様、本当にありがとう』」


 聖火が反応し、わたくしを優しく包み込む。階下からは拍手と割れんばかりの歓声が聞こえてくる。


「ただ挨拶を贈るだけでは民たちへの感謝には足りない」


 再び紡ぐと、また静かにわたくしの言葉に耳を傾けてくれる。


「なので、わたくしが尊敬する先生のもと。用意したものがあります」


 先生と共に解読、念入りな安全確認のもと、用意した『例のモノ』を両手で空に書く。

 するとわたくしの前に小さな赤い炎の塊が浮き上がる。


「人々に星の光を。『ファイアワークス』!」


 その炎をすくい上げるように浮かせ、ある程度の高さまで達した時に開放する。


 パァー…ン!


 その小さな炎は空を煌めかせる星々となり花のように彩り、すぐに消える。


 静かだった民たちからは大きな歓声があがり、こちらまで熱気が伝わった。


「今のなんだ!?星を作り出したのか!?」

「素敵…!あんなにも可憐な方が私達の王女様なのね!」

「ママ!空にお花ー!」


 階下から期待以上の反応を示してくれた民たちの声を聴きゆっくりと礼をとりその場を後にする。


「な、ななな…!?なんだ今のは!?魔法!?7歳の、僕よりも年下の妹が…!?」


 途中、アントン兄さまが大げさに驚いている声とフレイズ兄さまの強く興味をひいた視線を感じながら、アルとシスターイーラと共にクルーシェたちのもとへ。


「どうでした、リディア先生?」

「ひっぐっ、うぅ…っ、素晴らしい出来栄えでした。流石は私の姫様にございます…!ずびー!」


 今まで心労が激しかったから喜びが何倍にも跳ね上がったんだろうか。本気で号泣している。


「最早驚くことも忘れてたわ…」

「姫様、すごいですにゃ!」

「ありがとう、二人とも」


 アルは緊張はどこへやら、頭をかく癖も取り戻し、クルーシェはとてもはしゃいでいる。


「さて、夜の祝賀会の為のお色直しをしましょう。シスターイーラ、またお会いしましょう」

「はい、姫様。とてもお美しゅうございました」


 ありがとう。と手を振って3人と共にバルコニーを後にする。




「ファナリィ=エルクレイス=アトライア。なるほど…あれほどとは、ね」


 物語は静かに、そして…確かに始まった。


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