第6話 わたくしの為の『騎士』へ、ほんのいたずら心を

 剣を知ることは己を知るということ。

 そして己を知るは世界を知る。

 世界を知るには『人』を知れ。


 少年騎士を卒団し、俺は正式に王宮騎士団の新入りとして鍛錬と警務を行う。

 わかってはいたつもりだったが、そこそこ14のこの身で1年高い相手にすら息を切らせることなどできない。

 

「普通にへこむな…」

「まあ、君の場合目標が高すぎるとは思うけどね。アル?」


 息を切らしてへたれてた俺の隣から待ってましたと言わんばかりにタオルと水を差しだしてくる。いちいち驚いてたらきりがないその相手の方も見ずに奪い取る。


「ええそうですね。どっかの誰かさんは5つも年下のくせして最早副騎士団長レベル相手には互角とかいう練度で正直むかつきます」

「うむ。君のその遠慮のない対応は騎士団長すら真似できないことだよ。誇るといい」


 あんたがそうしろって煩いからしてんだろうが。頼むから王子と騎士の下っ端レベルの付き合いをさせてくれ。


「いやいや、それ以前に友人だろう?」

「心を読まないでください。しかも王子が勝手に言ってるだけです」


 つれないなぁ。とか言いながら満面の笑みでいられるのもまた腹立つな。


「騎士団の皆様は人ができてる方々ばっかりなんで何も聞かないでくれますが、少年騎士では存分なやっかみを受けたんです。なので平穏を乱さないでください。騎士団員たちも流石に緊張してます」

「僕がいる程度で緊張してもらっては困る。何せ僕どころか陛下、王族の弟妹、そして何より民たちを守る為の剣だ。王子がいるからいつもの力が出せませんでした、なんて最悪の言い訳は聞きたくはない」


 ああ言えばこう言う。


「というわけでひとつ手合わせ願えるかい?」

「『手合わせ』は対等に剣を交えることです。貴方が俺に『手ほどき』の間違いです」

「細かいことを言っていると嫌われるよ?うちの妹姫にはそんな心配はないけど」


 口でも剣でも叶わないから正論をぶつけたらすぐこれだ。


「…なんで俺を推薦したんですか?」

「おや、ばれてたか」

「陛下も騎士団長も俺を任命するような理由がひとつもないので貴方以外にありえないでしょう」


 うんうん。と満足げに頷かれた。気持ち悪い。本当に気持ち悪い。


「とはいえ、近衛騎士にするにはちょうどいい年齢、そして家柄。まあ剣そのものは頼りないというのは間違いないけど」

「いい加減怒りますよ?」

「まあまあ。そうだね、大局、世界情勢、国内の未来、そして先の3つも含めて──間違いなく、君だ」


 ぞくりと奥底からあふれ出る寒気。恐れ、敬い。目の前にいる『理』は全てに理由を、そして無駄なく采配する。

 その感覚を鍛錬場にいる騎士団員たちも感じ取ったのか、嫌でもこちらを意識する。それを気にせぬよう、と王子は手を少し挙げ静する。


「一番妹姫が欲しがるのは君と、その縁に連なる者ってことさ」

「…『山』ですか」

「確証はないけどね」


 え?と、驚きながら王子を見た。何やら珍しく思考しているらしい。


「王の血を色濃く継いでいるのか、はたまた…何かの思惑が重なっているのか。僕でも見抜けない相手ということだよ」

「それは…本当に末恐ろしい方ですね」

「だからこそ、君が一番安心できるのさ」


 最後はまたわけのわからない態度に戻りやがった。ああ…疲れる。

 そうそう、と今度は思い出したように、


「近衛騎士の拝命。一波乱できるように焚きつけておいたから。多分遠慮なくやってくるよ」


 …もう好きにしてくれ。


 ………


「『聖火に誓い申し上げる』」


 目の前のまだ幼い王女は王族の金の髪を持ち、聖火のような碧の瞳で俺を見据え、所作は神秘的なほど美しくはかなげに、透き通った声で響かせる。


「『我が身は神と共にある。聖火に導かれし我が命は我に授かる剣と盾、令を以て刃と壁となる』」


 跪いた俺の右肩、左肩へと儀礼剣を当て、王女自身の前に剣を掲げ、続ける。


「『騎士アルフレッドよ。其方はその高潔たる剣を誰に捧ぐ!』」


 その言葉を聞き立ち上がった俺は目の前のあまりに小さく儚き王女から剣を渡され天高く掲げる。


「『これは近しき御方を衛る為!全ての闇を祓い、切り開く為の刃!我が名はアルフレッド=オーメル。ファナリィ=エルクレイス=アトライア王女殿下に全てを捧げよう!』」


 それまでの言葉に聖火は反応し、俺と王女を優しく碧い光で包み込む。

 ふう…と、ばれないように少し溜息をつき気をゆるませた。


「聖火は新たな誓いを経た!これより、アルフレッド=オーメルを近衛と」

「『聖火に誓い申し上げる』」


 は?

 え、待て。儀式は今ので…と、王女を見ると、まるでさっきまでの儚げな姿とは一変。

 …この感覚はあれだ。面白いいたずらを思いついた子供の…ああ、そうだよ言ってたな。よりによってこんなところで…とその原因であろう男を見る。

 満面の笑みだった。


「『騎士アルフレッド=オーメル。今から伝えしこの言葉に対し、其方は黙して語らぬことを許そう』」


 その儀式の場はざわついており、最早止めることすら叶わない。

 念のためあの元凶と目の前のいたずら娘と…もう一名、反応を見ておくべき御方のお顔を拝見しておく。


 ……親子め。


「『代わりに答えた暁には其方に我への一問を許そう。其方は近衛騎士として』」


 聖火は既に反応している。問答を終えぬ以上もう逃げられない。さて…あの兄、父ときて、この娘は何を…。


「『──我が間違えし時、その刃を以て我を止める覚悟はあるか?』」


 ……。

 ……は?

 あまりにもとんでもない質問を投げかけられ、最早周りのざわつきなんて気にならない。


 つまり、『私が悪なら殺しなさい』と、そう言ってる。


 ……。

 …あー、うん。わかった。


「『──聖火に誓い申し上げる。貴方様の剣は』」


 もうなるようになれ!


「『全てを正し、高潔なる義を以て、志を通しぬく。その最期まで、決して逃げません』」


 再度、聖火が優しく碧い光で包み込み…、残っている光は俺の一問を待っているのだろう。


「さあ、貴方の問いに答えましょう」


 嬉しそうに笑いやがって。ならこの方をこの場から切り抜けさせるには…。


「『聖火に誓い申し上げる。貴方様は、何を以て王女と在るのか?』」


 王女は再度、神秘的なまでの静かさと強き意志によって、言葉を紡ぐ。


「『人々の未来の為に、その最期まで戦いぬく。その為に、貴方が必要です』」


 新たに聖火は俺たちの誓いを見届け、静まり消えた。

 …王子で耐性持ってなかったら多分美しく見えたんだろう。その証拠に静かだった儀式の場は拍手で騒がしい。

 ああ…こんなのと運命共同体になるのか。

 もう好きにしてくれ…。


 ………


「それでは、私は隣にて控えます。良い夢を」

「あら?フレイズ兄さまにはもっと遠慮ない方だと聞いてましたが」


 そう軽く返すと彼はげんなりとした表情でクルーシェの方を見る。クルーシェは諦めたように首を振っている。まあ、もうそんなに意思疎通ができるようになったのですね。


「……あくまで、あの王子レベルの付き合い方はさせてもらいます。それ以上は無理です」

「まあ、ありがとう。兄さまと同等に話せるその胆力、これから先も楽しみですね」


 彼は一礼し部屋を離れる。その背が何か悲しそうだったのは気のせいですね。


「…姫様。今回のはその…満足いく結果だったのですかにゃ?」

「ええ、予想以上の成果でした」


 寝る前に着替えを済ませ、クルーシェは髪をときながら聞いてきた。

 理解できない…と、唸りながらもやはり手先は丁寧だ。


 まず、近衛騎士アルフレッド。この先はアルと呼ぶことにしている。

 フレイズ兄さまから勝手に友人関係を求められるほどのお人よし…もとい、好青年。この先も誓いの名のもと…いえ、彼ならば誓いなどなくてもなんだかんだで助けてくれそうだ。


 そして、聖火。

 儀式に使ったのは蝋燭のわずかな聖火であり、聖火を基に融かされた特殊な蝋であればあのように持ち運べる。

 そして嘘でも嘘でなくても誓い申し上げることによって反応はする。正直に答えれば光包み込む。嘘だった時の反応までは流石にあの場では見れなかった。


 フレイズ兄さまの課題。

 あの後、いい笑顔で手を振ってくれてたが、アルが言うには「最高に面白かった時の反応」だそうだ。ご期待に沿えてよかったと言うべきか。

 お披露目の儀以降の政においてある程度兄さまについて回ることになるらしく、その時に見たいものを見せてくれる、とのこと。

 陛下と言い、兄さまと言い…やはり王になるにはあれほど高い存在になるものなのだろうか。


 わたくしの立ち位置。

 アルに一問をお願いしたのは、きっとアルがわたくしにとってのプラスな質問をしてくれると思ったから。

 聖火を使うのは身勝手だ、という反応はある程度あったものの、人々の為に王女として奮闘すると宣言した。

 わたくしが幼いこともあり、それ以上も以下もない、王女が頑張ろうとしている。くらいには前向きにとってくれただろう。


 結局のところ、残すは『亜人』の存在と王女としての実務。これは近いうちに明らかになるだろうけど。


「姫様は…」

「ん?」


 ベッドで横になると、クルーシェはおずおずとわたくしに問いかけてくる。


「聖火があれば、私にも何かを誓おうとするのでしょうか?」

「いいえ」


 わたくしの即答に驚き顔を上げ、わたくしはその身体に抱き着く。


「クルーシェに聖火は必要ない。いつだって助けてくれる。嘘もつかない。そんなことの為に聖火に誓う必要があるのかしら?」

「姫様…」


 昔『私』が不安にしていた時の母さんのように、彼女の背をぽんぽんとゆっくり叩く。


「大好きよ、クルーシェ。おやすみなさい」

「…はい。おやすみなさい、良い夢を」


 さあ、次はお披露目の儀。どうなるかしらね。


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