第5話 国王、そして父としての愛。それで終われるはずもなく
「お久しゅうございます。国王陛下」
王城、謁見の間。
我が父である国王陛下よりも数段下で礼を取り、ゆっくりと目を合わせる。
「うむ。城内での其方の噂は聞いておる。どうやら王城の生活は少々窮屈なのだろうな」
「…限りある空間の中にも、身に着けるべき事柄はございます」
「ふふ、嘘をつかずに口や頭が回るところも母譲りか」
ごまかしてるのだから見抜いた上で図星をつかないでほしいところです。
「…母上は、わたくしと似ておりますか?」
率直な疑問だった。生まれてすぐの記憶や前世の記憶がまじりあった瞬間、わたくしの中では前世の母さんと、もう亡くなったエレノア妃を混濁する時がある。
「髪色と瞳は王家の血を濃く受け継いではいるが、柔和な空気の中に蛇のような執念を感じるのはまさにエレノアを体現しておるぞ」
母上、貴女国王陛下に何やらかしたんですか。っていうかわたくしってそう見えるのですか?
「納得がいかぬらしいな。まあよい。…寂しさを感じることはないか?」
気遣いの言葉をかけられ、少し思考する。
父、という意味では前世と比べるのなんて恐れ多い。かたや罪人、かたや国王陛下。父のいない暮らしは当然のことだったし、こうやって少しでも言葉を交わし安心できることを考えれば現世はむしろ多くもらいすぎていると思っている。
母、という意味では…きっと他の王子王女に比べると寂しいとみなされるのだろう。ただし、もう会えないのはどちらも同じ。でも…
「不思議なことがあるのです。そのお顔はわたくしに笑いかけてくれる、涙を流して喜んでくれる。…母のことを想うと、そういった気持ちになります」
本心だった。わたくしも『私』も、母というものに違いはないのだと、そう感じている。
「エレノアだけではない。妃は違えど其方らの父であることには変わりない。其方が生まれてくれてよかったと、心からそう思っているぞ」
…ああ、本当に。
あのまま死んだだけじゃなくて、よかったなぁ…。
「ありがとうございます、……父上」
国王陛下は深く頷くと、政の姿勢となりこの場の空気が変わる。
「では、本題だ。其方の7歳の誕生日にお披露目の儀として王城より国民に対する挨拶を用意してもらう。それ以降は他国との政治的な交流、それに応じた教養など、今の暮らしとは大きく違いあらゆることに追われることになろう。まあ、其方はそちらの方が興味深いだろうが」
もちろん図星だ。地理的な話だけでも今まで王城離宮しか行けなかったものが最早外国レベルまで行くのだ。世界地図は書庫にあったので既に閲覧済みである。
「そして王宮騎士団より1名、其方の近衛騎士の任命がある。名をアルフレッド=オーメル。其方の8つ上の男性だ」
妥当な拝命だろう。ちなみに専属メイドのクルーシェは3つ上、リディア先生は今年30歳である。要するに人格として男性そのものと触れ合えるようになれ、今までとは違う専属の交流対象だ、ということらしい。
「近衛騎士任命は5日後の正午、謁見の間にて行う。その場には其方の従者と任命する騎士、第一王子フレイズと第二王子アントン、そして聖火教会より聖火を拝借し執り行う」
フレイズ兄さまの言っていた通りの面々。お披露目の儀の前にある程度の顔合わせをするのだろう。
「謹んでお受けいたします」
「うむ。では下がるといい」
礼を取り胸を張り、謁見の間の扉を抜けて閉まるまで待つ。
………
ふう。
当然だけどフレイズ兄さま以上に気が引き締まる。
外で待っていたクルーシェと共にその場をゆっくりと離れていく。と…
「なんだ貴様!この僕が目の前を歩いているんだぞ!もっと礼を深くしたまえ!」
銀髪、碧眼。そしてやや年上。後ろに多めの従者とあれはナスターシャ妃。なるほど。
わたくしはクルーシェと共に道を逸れ、クルーシェは最上礼、わたくしは簡略の礼で通り過ぎるのを待った。
「まったく、この城の者どもは随分とたるんでいるのではないか?」
「流石わらわの息子にして王子。その歳で上流の気概を持ち気高く立ち振る舞えるとは。おほほほっ」
わたくしはただ通り過ぎるのを待つのみ。
ええ、本当に。絶対に関わりたくはない。
「そこの娘!何故最上の礼をとらな…、む?」
ああ、関わらなくてはいけなくなった。
「お初にお目にかかります。アントン=エルクレイス=ガレッキオ王子殿下、ナスターシャ妃様。ファナリィ=エルクレイス=アトライアと申します」
「ほう、貴様が僕の妹姫の一人というわけか。僕のことを一目で気づき適切な礼をとる。なかなかできるものではないぞ。ふはははっ」
フレイズお兄様よりよほど自己顕示欲が強いのか、この母子だけ異様に肖像画が多かったから嫌でも覚えただけですね。とは言わない。
「アントン王子殿下にもこのような末席の名を覚えていただけたようで光栄に存じます」
覚えてなかったら本物の馬鹿王子だと思ってたけどさすがに家系程度には興味を持つのか。
「ふはははっ!謙遜するな、妹姫よ。その歳で素晴らしい教養を身に着けていると聞いた。ああ、もちろん僕にも見える。貴様が決して木偶の棒ではいことは流石の僕も認めよう」
認めなくていいからさっさと陛下に謁見なさい。わたくし以上に気をとめる御方でしょう。
「お披露目の儀の前のこの良い日に出会えて光栄でした。陛下もお待ちでしょうし、わたくしはここで」
「おお、お披露目の儀だったな!いやいや、僕にも栄誉ある役目を任せていただいたようで、さすが陛下だ!ふはははっ」
わたくしはあきらめた。
「栄誉ある役目でございますか?」
「ああ、残念ながら僕には兄上がいるからねぇ。王位継承は望み叶わぬことだが…、将来的には聖火教会の枢機卿としての座を用意してくれるとのことさ!」
すうききょう…。つまり教皇の最高顧問、ね。
「それは流石でございます。一体どのような手じゃなく陛下に提案を?」
「うむ!聖火をいかに民の為に使うかという難問を頂いたのだ!その解答を今まさに陛下に提案しに参るところでな?」
「ここだけの話で、できればお聞かせいただいても構いませんか?」
ナスターシャ妃は商家の出。確か聖火教会にも多大な寄付をしていた。であるならば
「よかろう!この僕の考えた民の為の政策!それはつまり、他国との貿易においての信用取引!!」
なんの感動もない答えだった。
「嘘をつけないならば一度に多額の金貨を持ち運ぶことも、大量の商品を前置きする必要などない!何故なら嘘をつけないからだ!!」
「素晴らしいですね。是非陛下に進言して大いに聖火の恩恵を受けましょう」
「おっほほほほっ!国王陛下の驚く顔を早く拝見致しましょう!」
お二人の笑い声はきっと謁見の間にも聞こえてるんでしょうね。わたくしへの興味が失せた頃合いで退散しましょう。
「おっと妹姫よ!結果はどうあれ其方の近衛騎士の宣誓の聖火の担い手はこの僕だ!是非とも無様な誓いとならぬようはげむことだ!」
「はい、かしこまりました」
やっと最後の最後で有益な情報を用意してくれた。少なくとも聖火は1つの場所で縛られない炎。条件に応じて嘘に反応し持ち運びすら可能、と。
………
「アントン王子殿下はその…、随分と個性的な方でしたにゃ」
「別に取り繕わなくてもかまいませんよ。ここに聖火はありません」
自室で落ち着き、わたくしの髪にブラシをかけながらクルーシェは呟いた。
「その…貿易での信用取引、でしたか。うまくいくんですかにゃ~?」
「…まあ、一応貨幣での取引も言ってみれば信用取引ではありますからね」
未だに世界地図と他国の物産を見たり聞いたりしてる程度のわたくしには経済の良し悪しまではわからない。
「そもそもモノとモノを交換するところから。例えば魚をもらうからお肉をあげます、が貨幣を渡す代わりにお肉をくださいというのも、極論は信用取引だと思います」
「つまり…他国との貨幣でのやりとりを聖火で嘘が言えない分、その信用の貨幣数を減らす…という考えですかにゃ?」
「おおむねそんな考えだと推察はできます。どこまで大きいことを考えていらっしゃるかはわかりません」
うーん、と唸りながら思考しているわりに手先はとても丁寧に使うクルーシェに関心しながら、あくまで素人の考えを突き付ける。
「安心なさい。国王陛下は絶対却下なさいます」
「そうなんです?」
「聖火の文化は王国に根付いたものです。他国の商人が嘘をつけない炎のことをどこまで知ってるかはわかりませんし」
そもそも、と次いでとどめをさす。
「嘘をつけば炎に焼かれて良くて火傷悪くて死。そんな恐ろしいモノをちらつかせて近づく商人がいると思いますか?」
あ。とクルーシェは理解したらしい。
………
「これより、第一王女ファナリィ=エルクレイス=アトライアの近衛騎士の任命を執り行う」
近衛騎士の任命の日の正午。予定通りに誓いの儀式は始まった。
アントン第二王子の聖火の担い手という話はどこへやら、隅に立たされ険しい顔で儀式をただ見ている。
いけない、儀式へちゃんと集中しなければ。
「アルフレッド=オーメル。王女の前へ!」
「は!」
髪も瞳も真っ赤、聖火ではない炎を思わせるいでたち。
ただし荒々しさはなく儀式に対し静かに、礼節を持って臨んでいる。
「王女よ、私にその剣を掲げて見せていただきたい」
「はい」
儀式の作法は既にリディア先生にご教授いただいた。
軽くされた儀礼剣を両手で前に出し、跪いてやや頭を下げている騎士アルフレッドを確認した後、ちらりと聖火を見据える。
すぅー…とゆっくり息を吸い、誓いの詠唱を聖火に捧げる。
「『聖火に誓い申し上げる』」
さて、フレイズ兄さまの課題、果たして合格はいただけるのでしょうかね。
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