第4話 『主人公』たる存在からの課題

 王たる威光を表す金の髪 神の火である聖火を宿す碧の瞳

 佇まいは日のように温かく 所作は全てを魅了してやまない

 その心は太陽のように大きく広く あらゆる嘘という氷など融かしてしまう


 フレイズ=エルクレイス=デュナラーン第一王子。現時点ではわたくしの3歳上である9歳、だというのに…。

 人…いや、本物の王の資質とは、こんなにもその場の空気を一瞬で変えてしまう種族なのだろうか。


「ふむ、『刑罰』か。なかなか面白い本を読もうとするね?」

「へ…?あ、えと…。は、はい。……ではなく!」


 そんな気の抜けた返事をしている場合ではない!ドレスの裾を少しつかみこほんと咳払いし敬愛の礼をとる。


「お、お初にお目にかかります。フレイズ=エルクレイス=デュナラーン殿下。わたくしはファナリィ=エルクレイス=アトライア、エレノア妃を母に持つ第一王女にございます」

「敬愛の礼、痛み入る。フレイズ=エルクレイス=デュナラーン、フェルセア妃、そして国王陛下から命を賜りしこの国の第一王子。会えて光栄だよ、我が妹姫」


 そう言って略式の礼を頂いた。す…全ての行動に無駄を感じさせない。

 今この場が先ほどまで調べものをしていた書庫とは思えない。まるで陛下と謁見する時のような、そんな空気の引き締まる空間にわたくしは今いる。


「そのように委縮せずともいい。公的な場ではないし、私もただ調べものの為にここに立ち寄っただけのこと。楽になさい」

「は、はい。恐れ入ります…」


 そう言って、自身の肩にかなりの力が入っていたことに気づく。大きく息を吐いてゆっくり吸う。

 そんなわたくしの姿を見てフレイズ兄さまはクスクスと笑っている。


「な、何かおかしなことがございましたでしょうか…?」

「いや、すまない。先ほどまで私がいたことにも気が付かず張り詰めた空気を出しながら本を読みふけっていた姿との今の姿との齟齬がありすぎてね」

「し、失礼しました!まさか王子殿下がいることも知らず…!」

「構わぬさ。妹姫は本当に噂通りだと感心したものさ」


 噂…?に、なるようなことをわたくしがしていたのだろうか?首を傾げていると笑いかけながら答えてくれた。


「知識、礼節、行動、所作。全てにおいて覚えがよく、また貪欲なまでにこの書庫の知識を貪り、毎度毎度教育する側が新たな観点をつかれ、最早それは勉学ではなく討論。しかも間違いは簡単に納得する柔軟性を持ち、そこから生じた新たな問題も自力で解にたどり着いてしまう。先ほどまでの書物のあさり方はそれをまさに体現していたものさ」


 穴があったら入りたいとはまさにこの状況のことだろうか。あまりにも過大な評価と恥ずかしさで思わず縮こまってしまう。


「しかし噂とはあまりあてにならないな」

「え…?そ、そうなのですか?」


 あまりに意外なことばかり発生しているものだからいつもの調子が出ない。いや、多分出せない。完全に手玉にとられている感覚。


「君の可愛らしさはひとつも伝わってなかったのでね」


 そう言ってわたくしの頭を撫でて。


 ………


 え?

 かわい、らしさ…?

 その言葉はあまりに唐突すぎて。理解することに時間がかかって。


「~~っ!?」


 最早言葉にならない何かをあげ、恥ずかしさでいっぱいいっぱいで、最早礼の取り方すら吹っ飛んで俯いてしまう。多分顔も赤いからそれすら見せたくない。


「それで?何故『刑罰』を読もうとしたんだい?」


 ………あ、そうだ。そんなこともあった、ような…。


 ………


 いや、ちょっとまずい。

 『亜人』のことを調べてその本にたどり着こうとした。なんて言えるわけがない。だってそもそも今のわたくしは種族は2つ、そして性別も2つ。それ以外の知識はないはずだからだ。

 今まで読んだ本の中に多少なりとも他種族の一端があっても『亜人』ができる要素なんてひとつもない。この鳥かごのような書庫では交配のことすら知らないわけなのだから。


 ただ、さすがに嘘をつける相手ではない。

 聖火のように焼かれはしなくとも、まるで全てを見通しているような陛下譲りの瞳はわたくしの全てを見逃さない。


「…『聖火教会』について、調べてました」

「へえ…?」


 迷った結果、嘘ではなく、ただ事実の1つとして動いていた理由を答えた。


「ちなみに『聖火教会』が何故『刑罰』とつながると思い至った理由を聞かせてくれるかい?」


 責められているわけではない。むしろ面白いから聞いてみたい、といった様子で笑いかけてくる。


「解読した歴史書の中で、時には許されない罪人が処罰を受ける描写がありました。王城においても陛下自身がその処罰を下す場を設けられているのはリディア先生より教わった通りだと思ってます」


 フレイズ兄さまは無言で頷き先を促してくる。


「わたくしはその罪人が全て陛下の名のもと処罰されているとは考えておりません。そして教育の中で『やってはいけないこと』はたくさん教わりました。例えば…ナイフを人に向けてはいけない、怪我をさせることは許されない。それは刃物が人を容易に傷つけることができるからです」

「その通りだ。私もこうやって儀礼用の剣を持ち歩いているが『傷つける為の刃』ではない」

「で、あれば…『傷つける為の刃』は存在しているはずです。できないようにしているのはできるものがあるから。だから食事用のナイフすら人に害なすものになります。使用用途を間違えれば、ですが」

「ああ、そうだね。では、その使用用途を間違えた者が『刑罰』に当てはまるかもしれない、と。だが、何故『聖火教会』にもつながったんだい?」


 兄さまにとってはきっと当たり前のことだろう。前世の『私』もそうだ。だからわたくしが思うべき理屈を一から答えている。


「聖火は嘘を許さず罰します。でも、罪人が全て『ナイフを向けて怪我をさせました』なんて言うことはないと思います。そしてその嘘がまかり通るなら罪人はこの王国全てにいてもおかしくはない。だから…」

「聖火が罪人の嘘を暴く。王国建立時より傍で栄えた宗教が悪を罰していた。…いやはや、6歳のお披露目の儀前でこれだけの知識と知恵の使い方か。先生に教わったわけではないんだろう?」

「…調べたことに対し、疑問を提示しているのは確かです。悪を罰するのが聖火教会だというのは今さっき読んだ書物から推測しました。合ってましたか?」


 『私』が読んだ小説そのままの世界なら合っているが、それでも今現在その世界を知っている人と知識が合致するかまでを試したことはない。

 何せ交流相手が閉鎖的な王城の生活で知識のすり合わせをしようにも、限定的な書物しかない状態であればわたくしの妄言だった、なんてこともあったはずだ。


「正解だよ。ちなみに陛下が処罰を命じるのは本物の極悪人や王政に対し大きく外れてしまった者たちのみ。王国民が罪を犯した場合、まず騎士団が捕縛、現行犯であればそのまま牢屋行きだが、真実かどうかを暴く場合その後聖火教会の聖火を用い取り調べられる」


 思わぬところで思わぬ相手だったが、知識の合致を得ることができた。

 さすがに世界を知らぬふりをして推論のように述べるのは大変だったが。

 …そういえば、


「にいさ…フレイズ王子殿下は…」

「兄さまで構わないさ」

「は、はい。兄さまは聖火を用いた場を見たことがあるのですか?」

「……ふむ」


 何やら考えるべき必要がある問いだったらしい。大丈夫だろうか…、と不安そうに見ていると不意に笑いかけてくれた。


「先ほど私が出した正解も、聖火についても、お披露目の儀まではなるべく教えない決まりになっているんだ。ファナリィの教育の順序を乱してしまうのは君の先生に悪いと思ってね」

「あ…、そうだったのですね…」


 確かに日頃熱心に順序立てて教育してくれているリディア先生からすれば自分の立場を危うくされる話だ。頭が痛そうに溜息をつく彼女が容易に想像できる。


「焦ることはないさ。ただ…そうだね。聡明な君にひとつ課題を与えてみたいと思った」

「課題…?ですか?」

「お披露目の儀より前日、まずは君に近衛騎士の配属が決まるだろう。そして騎士としての誓いは決して嘘が許されない」

「あ…」


 つまり、わたくしが初めて聖火を用いた儀式を行うということ。


「初めての場だからきっと困惑することだろう。だから、本来聞けないことすら問うことがあってもおかしくはないかもしれない」

「…それは、随分と…落ち着きのない王女となりますね」

「そうだとも。そして君の近衛騎士になる男は彼だろう、という推測があってね。今日出会った君を見てて、彼は信頼に足る人物になれると踏んでいる」


 今までとは違い優しいものだった笑顔が、いたずらの結果にワクワクしている子供のように変えたというのに、それがまた絵になる横顔だなと見とれ。


「その場には君と君の騎士となる人物、そしてそれを見届ける陛下や私や第二王子、そして聖火教会の者たちがいる。そんな中で…君は君の騎士に正直な気持ちをぶつけてみるといい」


 それはまるで、わたくしの奥底、『私』すらも見通したように。

 今までできなかったような、わたくしのいたずら心すら沸き立たせてしまう。


「…ありがとうございます、兄さま。その時が本当に…楽しみです!」


 ここはあえて乗ろう。フレイズ兄さまに認めてもらう為に。

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