第3話 鳥かごの書庫と思わぬ邂逅

 『亜人』。

 わたくしが立ち向かうべき問題の根底の総称だ。


 小説『フォニエステル伝記』においては特に王国に根付いていた文化として、そしてその問題を大きく取り込んだエピソードが王国の光炎王…わたくしの兄、フレイズ=エルクレイス=デュナラーンの登場する物語。

 まだお披露目の儀が訪れていないわたくしは兄2人とまだ小さい妹の謁見を認められていない。これは王城での生活や教育によって王族にふさわしい立ち振る舞いを自覚させる為だ。

 専属のメイドや先生、わたくしにとってはクルーシェとリディア先生が交流相手であり国王陛下と母妃が親族として謁見できる。

 ただし母妃であるエレノア母様はわたくしを産んですぐに亡くなった。国王陛下は複数の妃を持つ以上、全ての王子王女に等しく時間を用意している。


「そしてそれ以外の知識は…この書庫の本以外に手に入れる術はない、と」


 クルーシェとリディア先生は今後の教育予定の確認、及び近くわたくしのお披露目の儀を執り行うことから本日は休息日となっている。

 休みですか?では書庫に行って参ります。と即返答したことに対し2人は諦めたような溜息を残していたと思う。いや、誰とも交流できない以上そもそも娯楽なんてないのだから。


「さて、今日は何を読みましょうかね」


 書庫、とされるのだから当然様々な知識が置いてある、わけではない。

 王城に住まう我々王族のみにしか用意されていない本…つまり厳正な検閲の基、教育の補助として役立つ知識の本しか置いていない。

 古代文字を解読し歴史書を読む、なんてこともして見せたわけだが、あくまで王国の歴史だけでしかなかった。

 つまり、何が言いたいかと言うと…。


「『亜人』に関する本は一切ない。予備知識として匂わせる本すらない…やっぱりね」


 だからこそ、前世の知識を含めた観点でこの書庫を見ていた。全て読み込む時間はさすがになかったことと、あくまで気になったキーワードだけで本を選んでいた。

 つまり今頼れるのは前世の知識を振り返るのみ。


 そもそも王国でそのあだ名を称されるのは「種族とそれ以外の種族が混じった混血」。

 『私』の前世知識で言う「ハーフ」と称してもいい。それを身体的、精神的に別種族、例えるならクルーシェのような獣人とわたくしのような人間同士による子供は『亜人』となる。


 『フォニエステル伝記』では多種の人々が焦点となって物語を動かしていた。

 我々王族の絶対条件である『人間』

 王国では人間より下位の権利を持つ『獣人』

 世界の中ではあまり姿を見せず閉鎖的な自然、魔法文化を持つ『エルフ』

 各地にその種族の品がないほど製作力に長けた『ドワーフ』

 共和国に多種多様、翼や角など竜の特徴を持つ『竜人』

 戦闘に特化した才能を持って帝国で生まれる『魔人』


 他にも『妖精』『妖怪』と称される幻想生物、人に害なす知性を持たない『猟獣』といったモノも世界には存在するが人としては外れている。

 知識や文化を持つ6種族のうち、自身と違う種族との子供ができればそれは王国における『亜人』と称する。


 そして『亜人』の何が差別的にとらえられるかと言うと、それは既に生まれた瞬間からハンデを備えている。

 大体は身体的に、そうでなくとも精神、感情という点において『欠落』を持って生まれてくる。


「それだけなら例え王国であろうと徹底した差別に繋がらない。だけど…王国にある唯一の文化。…あった、『聖火教会』」


 お目当ての本を見つけ席について静かにひとつひとつページをめくっていく。


 『聖火教会』。

 その名の通り、聖火を基に出来上がった信仰にまつわる宗教。

 その聖火とは古来より王族を支え、そして消えることのない『碧の炎』。


「その炎は嘘をついたものを罰として焼き焦がす…」


 『嘘をついたら聖火に焼かれます』という脅し文句はクルーシェからもリディア先生からも発せられるほど。

 つまりこの国において必ず子供の教育として用意されるたとえ話。

 でも、その炎はちゃんと存在する。何故なら小説において王国内乱の最期に残した第二王子の命乞いを嘘と見抜いた聖火によって焼かれて死ぬ、という結末だからだ。


「でも、まあ…ここに聖火教会の内情を記す本があるわけない、と」


 神が残した聖なる炎。それを貶めるような内容が存在すれば最早禁書としか言いようがない。けど…、


「これね。『聖火の前で嘘を付けるのは人ではない。そのような存在がいればそれは悪魔だ』」


 もちろんこの書物に明言されているわけではない。でも前世に読んだ小説においてそういった存在が『亜人』であるという表記があっただけだ。

 つまり『亜人』は聖火があっても嘘をつける。神の影響を受けないから悪魔だ。というのがこの筆者の主張。

 後はまあ、聖火がいかにして受け継がれ尊く信仰すべきものに違いない、みたいな内容が続いているだけだった。


「この王城でのわたくしの探せる範囲は…お披露目の儀以前ではこれが限界かしらね」


 席を降り、本を元の場所に戻し、それ以外の書物の題名を流し読みしていると、ふと目に入った題名の本を注目した。


「あれは…?もしかして…。ん~…」


 わたくしの身長ではなかなか届かない高さにある本に手を伸ばす。いや、ダメだ。これは踏み台を…。


「え?」


 不意にわたくしの目当ての本を後ろからすっと取り出す手が見えた。


「これかい?」

「え…?あ…は、はい…ありがとうございま…す……?」


 その本をわたくしの手にまで持ってきてくれた人の声に向き直る。

 ……あまりに予想外、というより…こんな場所でまさかその人に出会えるとは微塵も思ってなかった。

 わたくしと同じ、金髪と碧眼を生まれ持ち、それは間違いなく王族として色濃く血を受け継いでいる証。

 冷静に考えてみれば、この書庫に通うならば出会っていてもおかしくはない人物。


「フレイズ、お兄様…?」


 わたくしは『私』が知っていた登場人物を、この目で初めて認識したのだった。


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