第2話 この世界におけるわたくしの役割

 わたくしは、エルクレイス王国第一王女。ファナリィ=エルクレイス=アトライア。

 2人の兄…つまり第一王子、第二王子がいる王族として生を受けた娘。

 王位は王と妃より生まれし男児に継承される為、わたくしは王位を得ることはない。

 ただし、他国家との縁となる可能性はある。その為の教育は6歳になる今も継続中であり、もし縁がなくとも王になる兄上を支えられるよう様々な分野を教育されている。


「姫様…?その…、古代文字は確かに昨日触りをお教え致しましたが…その、山積みの本や辞書は…?」

「え?ああ…、今まで読めなかった古代文字の書物が読めるようになるとわかって、つい自習がてら歴史書を解読してしまって。あ、大丈夫ですよ?ちゃんと決められた時間には就寝しております」

「………本当ですか?クルーシェ?」

「……ええ、もちろん昨晩はちゃんと就寝しておりました」


 ええ、もちろん言いつけは守っておりますとも。ただちょっと早起きはしましたけど。

 それがわかっているわたくしの専属の獣人メイド、クルーシェは嘘はつかずにありのまま見たことは伝えてくれた。ありがとう、後で一緒にお菓子を食べましょうね。


「…あり得ません。確かに物覚えが良すぎる程の姫様です。…ですが、基本字体と文法を教えただけで…普通の学者ですら困難なことを、一晩で…?」

「いえ、あくまで解読しただけで内容を適切に読み取ったかどうかは別ですよ?なのでその解読結果を先生に口頭でお伝えして間違いがないか確かめておかないと」


 仮に間違った認識をしていれば後々の勉学に支障が出る。正せるところはちゃんと正さねば。と意気込んで笑顔を向けた。

 何故か先生は頭を抱え盛大な溜息を吐いており、クルーシェにおいては先生の手前姿勢を正しているが少々顔が引きつっている。


 ただ、わたくしはその歴史書の答えを知っていたからこそすんなりできたことであることは秘密だ。



………



 わたくしは王族として産まれる前の記憶がある。

 今とは比べられないほどに貧しい、そして苦しい記憶。

 父は家族にすら暴力をふるい罪人となり、母はそんな現実を嘆いて『私』を殺した。


 終わったことだけを見れば王族としての暮らしとは程遠いが、何故か度々頭によぎるのは前世の痛烈な苦しみで、それを想うたびにわたくしは時たま首を触る癖がついていた。


 母が絶望のまま『私』を殺したことに対する恨みはない。

 いや、恨めるはずがないんだ。追い詰められた人間というのはあんなにも顔が歪み、心が破裂し、そして…手段はおかしくとも『私』を苦しみから逃がすために行ったことだ。


 だって あんなにも涙を 血反吐を 吐き出していたのに

 『私』を見る貴女の目は 頭を優しくなでてくれていた時のそれと なんら変わらなかったから


 …まあ、そんな経緯で死んだ記憶ともうひとつ、この現世で感じたことがわたくしに前世があることを認識させた。

 遊ぶようなお金も友達もなかった『私』には図書館に通い本を読むという唯一の趣味があった。


 その時読んでいたファンタジー小説『フォニエステル伝記』、この世界はその小説そのものだと気づいたのだ。

 魅力的な登場人物と壮大な思惑、海があり大陸があり、時には日常を時には冒険を、そんな剣と魔法のファンタジーだった。


 そんな世界に生まれたからにはわたくしにも何らかの役割があったか…?と思い返して気づいてしまったのだ。

 この世界のエルクレイス王国は物語の一端として書かれている。

 第一王子が王位を正式に受けついだ時、宣言した言葉がある。


 『この混沌渦巻く我らが王国の中で、確かに残ったものがある。信じ続けてくれた民、国が培ってきた他国との縁。そして…、我が妹姫が最期まで戦う理由となった『亜人の差別撤廃』。私はここに宣言する。今は亡き妹と内乱の基となった弟、そして今、生き続けてくれている民や他国との縁を全て私が受け止めよう。王国は変わるのだ。『亜人』が神に受けれ入れられないものではなく、人の心が『亜人』を貶めていたことを認め。エルクレイス王国は我が名と志をもとに、そして心ある民たちの為に、強く、生まれ変わるのだ!!』


 それがフレイズ=エルクレイス=デュナラーン。今のわたくしの兄上にして第一王位継承者の『亜人との共存』のエピソード。

 そして、彼には生涯で2人の妹姫を持つ。わたくし、ファナリィ=エルクレイス=アトライアとわたくしの妹でもあるリゼット=エルクレイス=アルマリア。

 リゼットは王族としての血筋をあまり受け継がない代わりに誰よりも努力し強くなった魔力をもとに、フレイズ王と共に戦場に出た記録がある。


 つまりこの『亜人の差別撤廃』を提唱していたのは、記録にもほんの一端にしか書かれていないわたくしであることがわかった。

 要するにわたくしはこれから、『亜人差別』が根付く王国、正確にはそれを促進している『聖火教会』に立ち向かい、死ぬ。


 その事実が頭によぎった時は熱が出るほど体調を崩し、ベッドで横になるしかなかった程だ。

 これから死ぬことがわかっていてその道を進み、この先も怯え生きていくのか、と。


 だが、わたくしには別の考えもよぎったのだ。


 こんな恵まれた生活をおくりながら、わざわざ自分の立場を危うくする考え方。

 わたくしが過ごしているこの6年の生において何不自由なく衣食住が整い、将来は他国との縁を基に妃として相手を支えていく。

 『私』にとってそれは盤石で、幸せすぎる程の未来だと思った。

 いまもこんなふかふかのベッドで横になるという贅沢を感じながらそれを捨ててまで、第一王女は何を思い命を失ってまでその未来を勝ち取ろうとしたのだろうか。


 その考えに至った瞬間、わたくしはその第一王女の足跡に俄然興味がわいた。

 記録には登場人物でもなくモブでもなく、兄王が強くなるための『舞台装置』として一端が書かれた娘。

 この先兄王はさらに困難な問題に身を投じながらも、仲間と妹姫の想いと共に生き、最後はハッピーエンドをつかみ取る。


 生きてるだけで幸せな『私』は、その幸せの先を見るわたくしを見れた時、どれだけ幸せになれるのだろうか。


………


「姫様?もうそろそろ寝る時間ですにゃ…って、どうされました?窓の外に何か?」

「あら、クルーシェ。いいえ、ただ月の明かりって存外明るいものなのね。太陽でなくともこれだけ人々を安心させられるなんて」

「…姫様の言葉は、たびたび…その、難しいですにゃ…。月がなければランタンでも、魔法でも明るくできるのでは?」

「ええ、確かに。その通りね」


 クスクスとわたくしが笑っていると、クルーシェは溜息をついてベッドに横になるよう促してくる。


「姫様?言っておきますが、あくまで睡眠を取ることが重要なのであって、就寝時間が早いだけでは意味がないのですからね?」

「大丈夫よ。昨日はあまりに古代文字が魅力的だったからつい楽しくなって早起きしただけだから」

「…本当に、お勉強が大好きだなんておかしなお方ですにゃ」

「そう?よかったらクルーシェも一緒に」

「絶対お断りですしそもそも許されません諦めてくださいにゃ」


 クスクスと笑って私がベッドから手を伸ばすと、クルーシェは優しく包んでくれた


「姫様、おやすみなさい。良い夢を」

「ええ、貴女もね」


 わたくしは進みます

 兄上が太陽のように物語の登場人物と主張できるように

 わたくしもせめて 月明りくらいに人々を照らせるように


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