聖火に誓い申し上げる~転生姫の役柄は舞台装置~

史月とお

第一章:王国の第一王女、そのお披露目

第1話 『私』が『わたくし』へ

 人は死ぬとき 走馬灯を見るという


 ボロボロの安アパート 4畳程度の広さ

 水道とガスと電気があるのは日本という環境が配慮したのだろう ただしろくに使ったことない設備はあっても無意味というのがうちの家庭を振り返ればよくわかる

 今もチカチカと明滅している豆電球はいつ変えたっけな 母さんも私も寝ること以外にこの家を使うことはないから興味はなかった

 

 だけどそんなことを考えているのは 今この時 母さんの顔がよく見えないからだ


「うっ、あっ、ごめ…んねえ…!わた、し……もう…どうすれ、ば…あっ…うあぁ…っ」


 仰向けに倒れる私の体は 今もぐしゃぐしゃに顔を歪め涙を流し呼吸を乱して何かを両手でつかむ そんな母さんの姿を失われそうになる視界で脳へと伝達され景色として認識する


「もう…っ、もういや…!だめなの…にっ、わたしはっ、こんなこと…を…!」


 景色と呼吸の苦しさ 首元の痛みがこの現実を私に伝えてくれる


「ご、め…えぅ…!わ、たしもぉ…ぃ、ぬか、らぁ……!ちゃん、と…!…ひとりに、しな…ぁぁぁ……」


 わかってた

 母さんが父さんから逃げて 逃げ続けて

 それでも母さんが いつでも私に笑いかけてたのは


 私の姿に 父さんの面影を見ていた


 家族にすら 暴力をふるうような 酒浸りの父さん

 母さんだけでなく それを向けるのは当然私にも

 ただ いまいち記憶があいまいだったのは その時できた傷によって父さんの罪が露見したからだ


 私が14になった今でも 刑務所で過ごしている父さん


 でも それは母さんが唯一安心できる 事実だったのだ

 脱獄を実行し その付近で強盗を働いて さらに罪を重ねるという事実がいま 母さんに伝わるまでは


 私の顔に残っている傷を 暴力の怖さを再認識するまでは


「はぁー…はぁー…っ!にげ…るのっ、にげな、いと…!また、また…いやっ、いやぁ…っ!!」


 声が出せない

 防衛本能で首にかかる強大な力を 必死に外そうとする自分の手は 火事場の馬鹿力で抵抗を続けて

 それでも外せないのは私の貧弱さが原因なのか それとも母さんがもっと必死なのか


 こんな時だから 思ったんだろうか

 今までどんなことをしてきたのか この先どうありたかったのか


 最低限の教育を受ける為に行っていた学校に

 お金がかからないからと行っていた図書館に

 いつも通るたびに気を遣う声がかかる交番に


 ああ そっか


 それ以上に 一番 伝えたい人が 目の前にいるじゃないか


 私は 貴女に


「…ぁ………ぅ」

「うあぁ!いやぁあああああっ!!」


 言えたかな 伝わったかな

 でも この先どうなっても

 私は言うだろうという言葉を選んだんだ

 

 母さんの叫び声も聞こえない

 明滅を気にしていた光もない

 身体の感覚はもうない


 私の後悔は多分 母さんをこの後残すことだけ


………

……





 ひかり?


 ひかりって なんだろう

 めのまえにみえる みえる?


 みえるようにするには めをあけて

 どうやる?


 わからない


 ふあんでしかたない なみだがとまらない

 おおきなこえが ぎゃんぎゃんと みみにはいって


 はいって くるのは わたし?


 ………


『ありがとう…エレノア。其方は命を賭して、この子を残してくれた』

『陛下…。わたくしはこの子に、果てしない運命を…感じました。きっと……世界が…この子、を……』

『エレノア!其方が一番待ち望んだ命だろう!?ちゃんと、お前の手で…っ、せめて、寝かしつけてやれ…!』 

『…ええ。…ふふ、とても…元気。生まれてきて、くれて…ありがとう…わたくしたちの、宝。ファナリィ……』


 いってることは わからない

 だけど しってる このぬくもりは


 わたしが いちばん わらってられる ばしょなんだ


 よくわからない だけどまた

 わたしのいのちは はじまった



 ………



 カーテンを開け、窓を開ける音が聞こえる。

 窓の外にあった綺麗な空模様と、風と小鳥たちのさえずりがわたくしに起床を促す。


「姫様?今日は随分とお寝坊さん…、ってまた夜通し本を読み漁ってました?」

「…うぅ~ん。…まぁ、それは否定はしませんが…」

「お願いですから否定できる生活を心がけてください。メイド長に「貴女は随分と腑抜けた従事をしているのね?」ってそれをもう小言を何べんも…うぅ、悪寒がするにゃ…」

「ふふっ、言いそうね。大丈夫よ、その時はわたくしも共に怒られますから」

「いやそもそも怒られないようにしてくださいにゃ…」


 そう言って、その身にまとうエプロンドレスの裾を少しあげ、今では気の知れない仲になった獣人のメイドは礼を交え向き直る。


「おはようございます。ファナリィ=エルクレイス=アトライア姫殿下」


 そう、わたくしを表す今世の名に敬意を込めて伝えてくれる。

 わたくしはその居心地のよいベッドから降り、礼ではなく代わりに誰よりも綺麗に見えるよう叩き込まれた姿勢をとり、そのメイドに笑いかける。


「おはようクルーシェ。今日も良い朝ね」


 エルクレイス第一王女、齢は6歳。それがこの世界で用意された二つ目の人生の最中である。


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